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怪獣たちのハート  作者: ねこじゃ・じぇねこ
3章 聖獣たちの集い─6月
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1.猫耳パーカーのお友達

 六月。ぐずついた天気の続く梅雨の休日。お気に入りの傘を差しながら、わたしは天狗たちのお屋敷まで行こうとしていた。

 お屋敷で何が待っているのか。それは分からない。

 バタ子からの連絡を受けての事なのだが、お屋敷に集まるようにと言ったかと思えば、多くの説明を省いて何処かへ飛び去ってしまったのだ。

 一応、小雨ちゃんも一緒だということは辛うじて聞けていたので、渡したい荷物を持参していた。あいにくの天気で濡れてしまわないか心配だし、どうせ平日にはいつでも学校で会えるのだからマシな天気の日に渡せばいいかもしれないが、今日という日に会える機会があるのならばどうしても今日渡したかった。

 ただ思っていたよりも雨は強い。

 中身が濡れないでくれればいいのだけれど。

 そんな事を思いながら、わたしはてくてく歩いていた。


 詳しい内容は分からずとも、どうせ何かしらの依頼なのだろうというのは予想がついていた。だから、いつもの制服よりも動きやすい恰好で来たし、覚悟もあった。

 こんな生活が続いて二か月も経つと慣れたものだ。痛みによる恐怖も不安もほとんど気にならない程度になったし、武器型だろうと憑依型だろうとバタ子が感知したハートは単独、あるいは小雨ちゃんと二人で問題なく回収してきた。

 無限に存在しているように思えた野良ハートだったが、ここのところは目覚める数も減ってきた気がする。怪獣たちの数だって無限ではないということだろう。お手当が貰える機会が減るのは残念かもしれないが、故郷の平和を考えるとこれでいいと素直に思える。

 ところが、天狗たちの空気は出会った頃から殆ど変わらない。

 常にピリピリしていたし、ろくに顔も合わせたことのないベタラン怪獣たちは相変わらず要注意人物の対策に駆り出されていた。


 さて、そんな状況下。この度のわたしの仕事は何だろう。

 考えながら、あと少し歩けばお屋敷にたどり着くというその時、わたしの行く手を突如、一人の少女が阻んできた。

 年の頃は同じか少し下くらいに見える。ぼさぼさの髪をパーカーの猫耳フードで隠している姿こそ可愛らしいが、ガムを噛むその仕草や三白眼といってもいいその目つき、ワイルドなオオカミシルエットのシャツ等の服装から察するに、これまで仲良くしてきたタイプとはかけ離れた人物に間違いなかった。

 困ったな。絶対仲良くなるタイプの子じゃない。ちょっと避けて通ろう。そう思って道の端へと避けようした途端、あろうことかその猫耳女子はわたしに話しかけてきた。


「よお。アンタ、マナだな?」

「──ぇ」


 あまりの衝撃に、魂の抜けた声が漏れ出してしまった。

 こんな知り合いいたっけ。わたしは固まっていた。ちょっと顔貸せみたいな雰囲気で話しかけられて、怯えずにはいられない。思い出せないという現実もまたわたしの心を焦らせた。

 だからだろう、わたしは気づけば半ば無意識にこう答えていた。


「た、多分、人違いです!」


 あまりついたことのない類の、しかし渾身の嘘だった。

 身を守れるならばお天道様から噓つきの称号を得たって構わない。そのくらいの覚悟だった。

 しかし、相手には通用しなかった。


「おいこら、なんで否定すんだよ! アタシ、覚えてんだからな。アンタが小雨の幼馴染ってこと」

「小雨ちゃんの……え?」


 親しき友の名を出され、わたしはやっと少しだけ冷静になった。

 この子は一体、誰だったろう。


(ふむ、この匂いは)


 と、そこへずっと黙っていた赤い竜の声が聞こえてきた。

 もしかして、何か分かるのだろうか。

 期待の眼差しがわたしの中へと向けられる。


(たぶん、コーラ味だな)


 いや、噛んでいるガムの味はどうでもいい。

 役立たずドラゴンの役に立たない情報はさておき、猫耳ヤンキー少女はその大きな目でわたしをじっと窺うと、何かを察したように頷いた。


「なるほどね。マナもちゃんと怪獣と会話できるってわけだ。それなら安心か」


 怪獣。……怪獣。

 なるほど。少し分かった。分かった上で、ホッとした。つまり、この子もきっとバタ子に呼ばれたのだ。天狗には見えないし、天狗特有の雰囲気や緊張感がない当たり、ベテラン怪獣の一人なのだろう。

 少しだけ安心して、わたしは彼女に問いかけた。


「あの……あなたは?」

「ああ、ごめん。アタシは真昼だよ。ま・ひ・る。覚えてない? 小雨の従妹の真昼だよ。小さい頃、一度遊んだことあったんだけど……その感じだと覚えてないっぽいな」


 にしし、と苦笑いされてしまって、わたしはぽかんとしてしまった。

 小雨ちゃんの従妹。しかも遊んだことがある。今し方与えられた情報を頭の中に入れ込んで、わたしは慌てて真昼とやらに言った。


「ご、ごめん! そっか。小雨ちゃんの……」

「ん。まあ、遊んだのも数回程度だったから仕方ないよ。学校もなんやかんやで被らなかったしさ。それよか、お屋敷に行くんだろ? どうせだし一緒に行こうぜ」

「う、うん」


 正直気まずいのだが、断る方がもっと気まずいので、とりあえずわたしは頷いた。

 お屋敷。怪獣。

 やっぱりこの子もバタ子たち関連なのは間違いないのだけれど、小雨ちゃんからは何も聞いたことがない。

 そもそも、今の今まで過去に遊んでいたことすら覚えていなかった相手と共に、無言でてくてく歩くのはなかなかしんどいものがある。

 屋敷にたどり着くより先に沈黙が苦しくなって、わたしは彼女に声をかけた。


「あの……真昼さん」

「さん付けはなんか寂しいなぁ。同い年だからもっとフレンドリーに呼んでよ」

「じゃあ、真昼ちゃん」

「なあに?」

「真昼ちゃんも……その……怪獣なの?」


 すると、真昼ちゃんは振り返り、猫のような目をこちらに向けた。面白がるように笑うその姿はおとぎ話の化け猫みたいだった。


「似てるけど、ちょっと違うんだ」


 ややあって、真昼ちゃんはそう言った。


「ちょっと?」

「ん。アタシにもハートは宿っているけれど、マナたちみたいな天然物じゃないんだ。ついでに言えば、勝手に寄生されたわけでもない」

「え、それって……どういうこと?」

「ま、詳しい話は屋敷で。アタシが説明するよか、バタ子や天狗の姉ちゃんたちが話した方が分かりやすいと思うからさ」


 そう言って、真昼ちゃんは鼻歌交じりに再び歩き出した。

 仕方なく黙ってついて行く。こうやって煙に巻かれてしまうと却って気になるところだが、なに、耐えるのは今だけのこと。遅かれ早かれ分かる話だ。


(まあ、我が知る範囲で教えてやってもよいのだが)


 え、レッドドラゴン先輩、やっぱり何かご存知なんですか。

 ぜひ、説明お願いします。


(よし、任せろ。しかし、タダというわけには──)


 あ、やっぱいいです。


(おーい待て。待つんじゃ)


 竜はわたしの頭の中で慌てふためく。


(話くらい聞いてくれたって良いではないか。我、欲する、ちいず・いん・はんばあぐ!)


 全く。ここの所ずっとこうだ。

 それもこれも先月の末のこと、小雨ちゃんと再び協力プレイでハートを回収した後、何も考えずにファミレスに立ち寄り、お値段以上に美味しいチーズインハンバーグを注文したのが全ての始まりだった。

 前々から聞いていたことではあるが、わたしの喜怒哀楽や五感といったものは、ほとんど全て寄生している赤い竜も共有することになるらしい。

 別にそれはそれで構わないのだが、その仕様のお陰で、私はあの日以来、毎日のようにチーズインハンバーグをせびられることとなった。


(ケチ。金ならいくらでも持っておろう? たんまり稼いどったじゃないか!)


 お金の問題じゃない。お金の問題じゃないんだ。分かってくれよ、ドラゴン。

 私は女子高生。色々と気になるお年頃。いくら不老不死になったからと言って、体形維持にだらしなくなればそれ相応の結果がもたらされるのは並の人間の頃と変わらないのだと、ゴールデンウィーク期間に駄菓子をもりもり食べまくったわたしは履修済みだった。

 正直油断していた。その結果が恐怖の5キロ増だ。脂っこいものばかりそう頻繁に食べるわけにはいかないんだ。


(ケチ。食べた分だけ動けばよかろう。次の対戦でいつもより二、三回ほど多く貫かれて身体を修復すれば、その分カロリーとやらの消費も爆増のはず!)


 これが人ならざる者の感覚。

 恐ろしい。やはりまともに取り合うべきではなさそうだ。


(ケチ)


 その後、なんやかんやあってわたしがさらに五回ほどケチ認定を受けた頃、あと少しで屋敷にたどり着くという時に、鼻歌交じりに突き進んでいた真昼ちゃんが振り返ってきた。


「なあ、マナ。アンタの中にいるのって、赤い竜ってやつだったよな?」

「うん、そうだよ」


 返事をすると、真昼ちゃんは顎をかきながら言った。


「それってきっとスゲー強いんだろうな」

「さあ、それはどうかなぁ」


 苦笑しながらわたしは言った。


「赤い竜自体はともかく、わたしが声を聞けるようになったのは一か月前だし、小雨ちゃんと違ってわたしは相変わらず自分の血を見ずにお仕事が終わることもないし……」


 この一か月、小雨ちゃんとのお仕事は何度もあったけれど、彼女の流血を見たことはほぼない。あったとしても擦り傷程度。わたしのように気が遠くなるような深手を負うこともないまま、華麗に敵をさばいてしまう。

 わたしもそんな彼女に追いつけ追い越せと身を投じてきたものの、この差が少しでも埋まっているような気は全然しなかった。

 だが、真昼ちゃんは笑いながら言った。


「いいんだよ、それで。怪獣にとって大切なのは力の強さだ。傷を負わないことじゃない……って、アタシの中にいるヤツが言っていた」


 ヤツ。それがいったい何なのか、知れる機会はもうすぐそこまで迫っていた。

 そして、天狗たちのお屋敷の前にようやくたどり着いたところで、真昼ちゃんはドアホンを押し、呟くように言った。


「マナの参加で、姉ちゃんが少しでも楽になればなぁ」


 ──姉ちゃん?


 新たな謎が増えたところで、屋敷の扉は勢いよく開かれた。


「はーい!」

「お待ちしてましたー!」


 今日も元気そうな林檎ちゃんと蜜柑ちゃんに、わたしはいつものように両手を引っ張られた。

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