表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪獣たちのハート  作者: ねこじゃ・じぇねこ
2章 怪獣仲間─5月
8/48

4.わかばマークからの卒業

 明確な体の異変を実感したのは、天狗たちのお屋敷から小雨ちゃんと一緒に帰ろうとしていた時の事だった。

 その時、わたし達は真っすぐ帰るのは気が引けて、町の西側にある眺めの丘と呼んでいる場所でたむろしていた。隣町の向こう側に沈んでいく夕日が良く見える場所で、中学生の頃は時折そこで長時間駄弁っていたものだった。

だが、高校生になってからは初めてだ。

 久しぶりだと何だか妙に緊張する。その緊張をほぐすべく、わたしはそっと呟いた。


「なんだか疲れちゃったね」


 小雨ちゃんもまたため息交じりに頷いた。


「憑依型……噂に聞いていたけれど、スピードもパワーも全然違ったわ」


 淡々と述べる我が幼馴染の横顔をわたしは見つめた。

 一緒に戦った際の姿が少しだけ蘇る。わたしたちの間にあったのは経験の差だけだっただろうか。小雨ちゃんの動きは華麗で正確に思えた。

 力任せに勝利をもぎ取るわたしとは大違いだ。


「──小雨ちゃんも強かった。憑依型に負けず劣らずって感じ。センスがいいんだね。それに、地属性だっけ? いろんな属性に有利なんだっけ。それもちょっと羨ましいな」


 そう言って軽く笑ったその時だった。


(我が炎も決して劣らぬ。そなたがその気にさえなれば、海をも干上がらせられよう)

「──え?」


 突如、その声は聞こえてきた。

 耳元……いや、頭の中だろうか。とにかくすぐ傍からお爺さんともお婆さんとも言えないしわがれた声が聞こえてきた。


「え、誰?」


 急にきょろきょろするわたしを、小雨ちゃんが怪訝そうな表情で窺ってきた。


「どうしたの、マナ?」

「いや、その、なんか声が聞こえた気がして」

「声?」


 その様子だと、小雨ちゃんには聞こえていないらしい。

 だが、しばらくわたしを見つめると、小雨ちゃんは何かに気づいたように表情を変えた。


「ああ、なるほど、声ね。それなら心配はいらないわ」

「心配いらない?」


 戸惑うわたしに追い打ちをかけるように、あの声はまたしても聞こえてきた。


(その通り。心配はいらぬぞ。我が声が聞こえるのは宿主としての成長の証。我が炎を自在に操るには必要な事。そなたにとって悪い事ではない)


 我が炎。

 それってつまり。


「レッドドラゴンの……声?」


 ぽかんとするわたしの顔が相当面白かったのか、小雨ちゃんは愛らしく笑いだした。そんな彼女の姿を見て、わたしはふと我に返った。

 小雨ちゃんが笑った。中学生の頃のように。学校でも毎日会っていたのに、こうやって普通に笑っている姿は何だか久しぶりに見た気がした。


「え、なんで笑うの?」

「ごめん、気にしないで。マナの顔がちょっと面白かっただけ」


 そして、小雨ちゃんは笑うのをやめて、クールな声で言った。


「声がしたのなら多分その通りよ。わたしも時々話すの。わたしの中にいるメガセリオンと。最初は何も聞こえなかったけれど、力を使っているうちに、話せるようになったの」

「小雨ちゃんも?」

「うん。メガセリオンと話せるようになってから、何だか強くなった気がした。だから、マナもきっと強くなる。強くなれば、もっと色んな依頼をこなせるようになるわ」

「そっか……」


 色んな依頼。そういえば、天狗たちに協力する怪獣はこの町にももっと居て、中堅クラス以上は天狗たちを悩ませるある人物との抗争に駆り出されているって話を前にバタ子がしてくれた。

 もしかしてわたしも、そこに駆り出されることがあるのだろうか。


(あるかもしれぬ。まあ、もっと先だとは思うが)


 ヤバい。思考を読まれている。

 え、この竜、独白にもいちいち絡んでくる感じなのかな。

 それはウザイな。なるべく黙っていて欲しいかも。


(そこまで言わんでも……)


 あ、落ち込んだ。この竜、もしかしたら可愛いかも知れない。


(でしょ? だからもっとお話しよう)


 お家帰ってからでもいいかな。


(うん、分かった)


 あっさりと了解を得られたところで、わたしは再び頭の中で情報を整理した。急に龍と会話できるようになったのは、やっぱり無茶な戦いを経験したせいなのだろうか。

 しかし、小雨ちゃんの話がわたしにも当てはまるならば、これからわたしは強くなれるかも知れないとのこと。

 期待してもいいのだろうか。


「メガセリオンが言っていたの」


 小雨ちゃんが夕日を見つめながら呟いた。


「大地の力は強くとも、強大な相手には打ち破られる。レッドドラゴンの吐く炎はその一つでもあったのだと。結果的にふたりとも仲良く封印されちゃったのだけれど、その後もハートは世界各地を飛び回り、その先々で天使や女神、仙女や天狗とか呼ばれる戦士たちに協力してきた過去もある。その際にメガセリオンにとって心強い味方となったのは、いつの時代もレッドドラゴンの炎だったって」


 わたしにはそのメガセリオンの声は聞こえない。

 けれど、小雨ちゃんの語る姿を見ていると、素直に信じることが出来た。


(ああ、メガセリオン。懐かしい名だ。それに懐かしい匂いを感じる。そうかそうか。奴はそなたの友の中にいるのか。また同じ場所で目覚めることが出来て嬉しい。愛してる……を伝えてくれんかの)


 やだよ。恥ずかしいもん。


(しゅん)


 また落ち込ませてしまった。まあ、今はこの竜の事は放っておこう。

 わたしはふと小雨ちゃんに訊ねた。


「過去も、ってことは、昔もこのハートを宿した人たちがいたってことだよね。その人たちの事は──」

「その事は、あまり考えない方がいいわ」


 小雨ちゃんは静かに言った。


「考えたっていい事はないもの」


 その言葉にわたしはハッとした。

 確かに、そうかもしれない。知らぬが仏という言葉だってある。

 竜が宿っている左胸にそっと触れ、わたしは素直にそう思った。


「でも、昔の人がどんなふうに力を使ったのかくらいは中にいる怪獣たちに聞いてみてもいいかも知れないわね」


 小雨ちゃんの言葉に、わたしはこくりと頷いた。

 いつか色んな事を知る日が来るかもしれないけれど、少なくとも今はそのくらいにしておこう。 


 そんなこんなで新生活から一か月。

 ゴールデンウィークの始まりは、わたし自身の成長を強く実感する日となった。たった一か月。されど一か月。このまま順調にわたしは強くなっていくのだろうか。

 だとしても、この力はこのままずっと世のため人のために使っていきたい。


(わかばマークからの卒業ってやつだな)


 それは早くないかな。一年経っていないのに。


(早い奴は二日で卒業する)


 そうなんだ。じゃあ、むしろ遅い方なのかな。


(安心せい。平均くらいだ)


 平均。それならいいか。

 ともかく、炎の剣に不死身の身体、そして竜の声まで加わった。ますます普通の女子高生ライフとはかけ離れて行くわけだけれど、不思議とわたしは怖くなかった。

 きっと小雨ちゃんが一緒だからだろう。

 明確な生き方を示唆してもらえているからだろう。

 死ねない身体で生き続けることは、ひょっとしたら不幸を生むかもしれないけれど、少なくともその未来は今のわたしにとって途方もなく先の事に思えた。


 絶望するにはまだ早い。

 まだまだ人間らしく生きられるのなら、それでいいじゃないか。


(その通り。それに、我も目覚めたばかり。新しい世の楽しみを色々と享受したい。マナ、新しい我が相棒よ。末永くよろしく頼むぞ)


 頭の中で声が響く。

 恐ろしい怪獣。世界を支配しようとしたという赤い竜。

 散々脅されたものの、実際にこうして聞こえてくる声は、思っていたよりもずっと穏やかでフレンドリーなものに感じられた。


 ──よろしく。


 静かに答えると、まるで猫が喉を鳴らすかのような音が聞こえた気がした。

 満足そうなその様子に、わたしもまたホッとしてしまった。

 いずれわたし自身が赤い竜になってしまう日が来る。バタ子や藍さんはそう言っていた。それが明日なのか、千年先なのかは分からないのだと。

 実際にそのドラゴンと話してみると、ますます分からなくなってしまった。

 想像がつかない。本当にわたしは人々の世に仇なす怪獣になってしまうのか。信じることが今はどうしても出来なかった。


 けれど、これだけは強く言える。

 どんな未来が待っているにせよ、今のわたしがやれることはただ直向きに依頼をこなす事。天狗たちに協力し、秘密裏に故郷を守ってお手当を貰う事だけだ。

 そして、貰ったお手当で、たまには気晴らしをしてもいい。

 同じ運命をこの世でもっとも親しい友が背負っていたのは神様のくれた希望かもしれない。小雨ちゃん。彼女と共に生きることを楽しむ。

 今はただ、それを忘れないようにしたかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ