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怪獣たちのハート  作者: ねこじゃ・じぇねこ
2章 怪獣仲間─5月
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2.春休みからずっと

「──というわけで、あなた達の活躍を期待しています。バタ子、なにかあったらすぐに連絡を入れるように」


 そう言ったのは、黒い翼を隠そうともしない天狗の一人だ。

 翼の色から分かる通り、この天狗は藍さんではない。バタ子が最初に引き合わそうとしていた、黒百合隊長と呼ばれる天狗であった。

 隊長と呼ばれている通り、彼女はこの町の天狗たちのリーダーでもある。しかし、彼女自身は戦えず、町にいる天狗や協力者である怪獣たちに指示を送っている。


 戦えない理由は、初めて会った時からわたしにもすぐに理解できた。身体が傷跡だらけで、満足に歩くことも、飛ぶことも難しいのだ。

 だから彼女はこの屋敷に留まっていることが多い。

 常に傍にいるカラスアゲハのような機械蝶々──名前はフウ子というらしい──を通して、天狗たちやその他の協力者たちに指示を送っている。

 初めて来た時は留守だったが、あれは例外中の例外だったというわけだ。


「水に強い木の力を持つ天狗──みどりにも手が空き次第向かってもらうわ。厳しい場合はそれまでどうにか持ちこたえて」

「わ、分かりました」


 緊張を隠せないまま頷くわたしの横で、小雨ちゃんは実に堂々と頷いた。


「心配はいらないわ、黒百合隊長。このブラックレインの大地の力があれば、いかなるハートも沈黙せざるを得なくなるでしょう」

「そうだといいんだけれどねぇ」


 強い。

 小雨ちゃんの謎テンションを軽く受け流した。さすが隊長。


「今回、回収してもらうハートは河童の一種のもの。河童というと、もしかしたら軽く見てしまう事もあるかもしれない。でも、侮っては駄目。怪獣のハートは何だろうと危険なもの。それに、目覚めたばかりの怪獣の機嫌はとても悪いの。憑依型は武器型と比べて出来る事も多い。己の力を過信しては駄目。分かった?」


 冷静に窘められて、小雨ちゃんは渋々頷いた。

 わたしの方はというと、すでに帰りたい気持ちでいっぱいになってしまった。

 本当の、本当に、大丈夫だろうか。不利属性のわたしは、小雨ちゃんの足を引っ張らずにいられるのだろうか。


 だが、帰るわけにもいかない。ここはもう、ある程度耐えれば助っ人が来るという約束を頼りにするしかない。

 自信がゴリゴリ削られながら黒百合隊長のお話は終わり、わたしと小雨ちゃんはバタ子に率いられて現場へと向かう事になった。

 場所は、ここから少し離れている。徒歩で向かうには十数分ほどかかるだろう。


「ところで小雨ちゃん」


 バタ子の先導に従って歩いている途中、わたしはそっとこの度の相棒に訊ねた。


「ブラックレイン」


 ご不満そうな返事だったが、黒百合隊長を見習う形でわたしは続けた。


「いつの間に寄生されちゃったの?」

「春休みよ」


 単純明快に小雨ちゃんは答えてくれた。


 春休み。ああ、春休み。

 思えばその頃から小雨ちゃんは素っ気なかった。入学してからもずっと。部活動もバイトも恋人の形跡もないのに、放課後になるや否や小雨ちゃんはいつも気づいたらいなくなっていたのだ。

 そして、それはわたしも同じだった。

 赤い竜に寄生されたあの日以来、わたしもまた放課後になると足早に学校を去り、バタ子たちに言われるままにハートの回収に明け暮れていた。


「そっか。そうだったんだ」


 入学当初の憂鬱さが、一か月後の今になって解消される。

 わたしは妙にすっきりとした気持ちになっていた。


「じゃあ、春休みからずっとハート回収を……?」

「そうね。でも、最近は違う依頼もあった」

「違う依頼?」


 ハート回収以外の依頼。そう言えば、わたしはまだその詳細をよく知らなかった。バタ子たちの話によれば、同じ境遇の者はまだまだたくさんいるらしいし、天狗ももっとたくさんいるらしいのだけれど。


「ハート回収と同じくらい……いいえ、ひょっとしたらさらに重要な依頼でもあるわ。今のあなたにはどうやらまだ話が行っていないみたいだけれど、焦らずともそのうちきっとあなたも駆り出されることになるはず。嫌でもね」

「そ、そうなんだ」


 それって、いったいどんな依頼なのだろう。

 今ここで聞いてもいいけれど、なんとなく聞くのが怖いと思ってしまった。

 焦らずともいつかは知れる。それなら、今はただハート回収のことだけを考えて生きていても悪くはないはず。

 とりあえず、心を落ち着けて、わたしは一息ついた。


「どんな依頼であれ、そういう事ならわたしも強くならないとね。春休みから頑張っていた小雨ちゃんにせめて追いつかないとな」


 我ながら能天気だったかもしれない。

 けれど、強くなりたいと言うのは間違いなく本心だった。

 寄生されて一か月。あれから変わらず自由自在に炎の剣を出せるわけだけれど、バタ子によれば怪獣のハートによる力はもっと強大であるらしい。

 もっと力を制御できるようになれば、もっとこの町の人々の役に立てるようになる。

 それがきっと小雨ちゃんの言う、違う依頼なのかもしれないと思うと、早くわたしも同じステージに立ちたくなる。


「春休みはどのくらい回収したの?」


 何となく尋ねると、小雨ちゃんは素直に答えてくれた。


「そうね。一日に複数の時もあったから、二十個は回収したかも」

「そ、そんなに?」


 驚いて訊ね返すと、バタ子がちらりと振り返ってきた。


『小雨は当初から筋が良かったの。それに、たくさんの相手に有利をとれる地属性ってことで、天狗たちもすっかり頼っちゃって。ある厄介者のせいでちょうど天狗やベテラン怪獣たちが手一杯だったから、春休みの小雨ちゃんはまさに救世主だったの』


 怪獣の救世主か。

 いや、それはいいとして、まさかそんなにも小雨ちゃんが大活躍していたとは。

 そんな話を聞いてしまうと、ますます気が引き締まった。


「それなら尚更、わたしも頑張らないとね」


 まずは小雨ちゃんの良きパートナーとして今日を乗り切るところからだ。


「よかった。あなたが一緒で」


 意気込むわたしの横で、小雨ちゃんがふとそんな事を呟いた。


「春休みからずっとバタ子や天狗たちにばかり時間をとられてきたの。他に会話をする人がいるとすれば、家族や親戚くらい。同じ境遇にないクラスメイトと話すのは、なんだか辛かった。あなたでさえもね、マナ」


 小雨ちゃんの言葉に、わたしはきょとんとしてしまった。

 マナと素直に名前で呼んでくれたから、ではない。小雨ちゃんの表情が、今まで見てきたどの表情よりもずっと寂しそうだったからだ。

 春休みからずっと。

 ひょっとして、わたしよりもずっと前から、小雨ちゃんは寂しい思いをしていたのだろうか。誰にも話せないまま、ひたすらハートを回収しながら。


「だから、わたし、新人があなただって知った時は、ちょっとだけホッとしたの。あなたも一緒なんだって。それなら、怖くないかもって」

「小雨ちゃん……」


 名前を呼ぶと、小雨ちゃんは照れくさそうに俯いた。

 ああ、よかった。やっぱりいつもの小雨ちゃんだ。

 いつもとちょっと趣が違うけれど、これもまた小雨ちゃんの顔の一つなのだろう。今まで知らなかった小雨ちゃんの一面なのだろう。

 それってむしろ、光栄なことかもしれない。


「さあ、レッドウィッチリー」


 と、小雨ちゃんの表情がまた変わった。


「春休み分の経験の違いを今日はあなたに見せてあげるわ。もちろん、あなたのサポートにも期待しているんだから」


 きりっとしたその表情は、一応、様になっている。

 そんな彼女にわたしは微笑み、頷いた。

 初めての協力プレイということで、もちろん不安ではある。しかし、バタ子たちだってわたしにならやれると踏んでの采配のはず。

 そう思うと、過度に不安がる必要もないだろう。

 恐れずともわたし達は不死身なのだ。それに、いざとなれば天狗が駆けつけてくれるという。さらに、相棒はこのブラックレインだ。獣の王が何なのかは詳しく知らないけれど、赤い竜とは相性がいいらしい。


 レッドウィッチリー。

 これ以上、何を怖がる必要があるだろうか。


『もうそろそろで現場よ』


 バタ子に言われ、わたしはしっかり頷いた。

 緊張はだいぶ解れていた。

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