1.ブラックレイン
春が終わり夏へと移り変わる五月。
新生活にも少しずつ慣れてきたところで訪れるのが、ゴールデンウィークだ。
連休を利用して、家族旅行する人も多いようなのだが、生憎、わたしにはそんな予定もない。家族旅行はともかく友達との遊びの約束すらなかった。
クラスメイトたちとはそれなりに関係を築けてはいるつもりだ。けれど、誰も彼も一定の距離を保った付き合いしか出来ていないのは認めざるを得ない。
言わせて貰いたい。
それもこれも四月の過ごし方のせいだと。
赤い竜のハートとかいう謎の物体に寄生されたあの日から、わたしは度々バタ子に呼び出され、天狗たちのためにこの力を使う羽目になった。
依頼される内容は、いずれも雷獣の時と同じようなとても簡単なお仕事で、報酬も三万円前後。
しかし、失われた時間はお金で解決するものでもない。いくらお金がたまっても、わたしが明らかに高校生活のスタートを踏み間違えてしまったことは取り返しがつかなかった。
そして、やって来た貴重なゴールデンウィーク。
どうやらわたしはこの余暇すら、バタ子たちに奪われてしまうらしい。しかし、どうして逆らうことが出来よう。呼び出されるままに、わたしは天狗たちの暮らす屋敷を訪れていた。
『マナが協力してくれて、もうすぐ一か月。その間の活躍は目覚ましいものがあったわ。さすがレッドドラゴン』
応接間に座らされ、わたしは肩を落としながら頷いた。
「はあ、それは良かった……」
『あら? せっかく褒めているのに元気がないわね。まあ、いいわ。それよりも、ちゃんと聞いて。今回からは今までよりもちょっと難しいお仕事に移る事になるの』
「ちょっと難しいお仕事?」
正直不安すぎる。
何せ、今までのアレをとても簡単とか言ってのけた人たちが言うちょっと難しいだなんて。
『今までのお仕事は、マナの炎にめっぽう弱い金属性って分類されるハートを担当してもらったの。でも、その金属性のお仕事がなくなっちゃったから、有利ではない属性のハートを回収してもらいたいの』
「わたしに出来るかな……」
『大丈夫! あなた一人じゃないから』
「一人じゃない?」
『そう。今回のお仕事は仲間がいるの。つまり協力プレイ。あなたと同じ宿命を背負うことになった同い年の女の子が一緒よ』
「ああ、そういう人もいるんだね。良かった。仲間か……」
安心したのも束の間、わたしはまたしてもすぐに不安になった。
いきなり仲間とか言われたけれど、大丈夫だろうか。
内心ドキドキしているところへ、応接間の扉が開いた。入って来たのは林檎ちゃんと蜜柑ちゃんだ。無邪気な二人に導かれ、やって来たのは一人の少女。
天狗ではないというのは、ちらりと見えた時から何となくわかった。だが、その顔がはっきりと見えた瞬間、わたしはきょとんとしてしまった。
「あ……あれ……」
『紹介するわ! こちらは──』
「小雨ちゃん!」
バタ子の言葉を遮って、わたしは思わず立ち上がってしまった。
間違いなかった。通されてきたのは正真正銘、ここ一か月くらい釣れない態度ばかりとっていた、あの幼馴染だったのだ。
学校で会う時と何も変わらない表情で、小雨ちゃんはわたしを見つめてきた。正面から見れば見るほど可愛い。何を着ても似合いそうなまごうことなき美少女だ。
いや、それはともかくとして──。
「どうして小雨ちゃんがこんなところに?」
『もう、マナったら。ちゃんと紹介させてよ』
「あ、ごめん」
思わず謝ったものの、混乱は醒めなかった。
そんなわたしを真っすぐ見つめ、小雨ちゃんは自ら口を開いた。
「名前なんてものはない」
「ん?」
「あるのはかつてこの地を支配し、敗れ去ったという過去のみ。ただ名乗るならば、そうね、ブラックレインとでもいいましょうか」
「あの……小雨ちゃんだよね?」
もしや、完全に乗っ取られているのだろうか。
深刻な不安が沸き起こる中、バタ子は呑気に説明を始めた。
『今回のお仕事もハート回収なんだけど、水属性でマナの炎がちょっと効きづらいの。いつもなら、水に有利な人に頼むんだけど、ちょっと今は手いっぱいでね。ちょうど小雨も怪獣始めたばかりだったし、水に弱くない地属性だからちょうどいいかなって』
色々とツッコミたいところはあるのだけど、とりあえず小雨ちゃん本人なのは間違いないっぽい。
それが分かっただけでもわたしとしては収穫が大きかった。
『現場には二人で行くことになるわ。でも、その前に、お互いのことをもうちょっとよく知った方がいいわね。幼馴染同士……とはいえ、怪獣としてのお互いはまだ何も分からないでしょう?』
バタ子に言われ、わたしはぎこちなく頷いた。
小雨ちゃんの方もクールに同意を示す。こうして見るといつもの小雨ちゃんなのだけど。
「では、説明させて貰いましょう。獣の王。メガセリオン。それがわたしの中にいる怪獣の名前。まさしく六が三つ並ぶ時に生まれたわたしに相応しいともいえるわね。そして、幼馴染であるあなたに宿った赤い竜とも深い結びつきがあるの」
「へえ……そうなんだ」
正直、よく分からない。怪獣オタクでも神話オタクでも何でもないわたしとしては、軽く流す以外のことが出来なかった。正直言って、今の小雨ちゃんの話の半分すら頭に入ってこなかった。
どうしよう。お仕事前にちゃんと把握しておかなくてはいけないことだとしたらと思うと、絶望しかない。
『つまり、簡単に言えば、小雨とあなたの相性は最高ってこと。小雨に宿る大地の力はあらゆる怪獣の属性に有利。マナに宿った炎が通用しない水属性にも有利に立ち回れるわ』
バタ子ありがとう。
お陰で少し掴めた気がする。
「ん、でも、それなら小雨ちゃん一人でも出来るお仕事なんじゃないの? わたしが一緒に行く意味ってあるのかな?」
『意味はあるわ。一人ではできないことも、二人ならばできる。特に今回の回収対象のハートは、今までよりもちょっと難しいタイプなの』
「というと?」
わたしが問いかけると、バタ子は突如壁に向かって目を光らせた。
なんとスライドだ。そんな機能まであったなんて。
『怪獣のハートには種類があって、その大半はあなた達にも宿る武器型のハートよ。細かく言えば武器型にも色々な種類があるのだけれど、いずれにしても完全に復活していない時は武器としてしか現れないのは一緒。宿主に武器を授けるのも一緒よ』
とりあえず、納得した。
つまり、わたしがここ一か月ほど扱ってきた赤い竜の剣のようなものを、小雨ちゃんほか多くの宿主たちが扱えるということなのだろう。
『でも、ハートの中には武器を授けてくれないタイプもいる。それが、今回のターゲットである憑依型と呼ばれるハートなの』
「憑依型……?」
名前からして不気味なものを感じてしまった。
何かこう、狐憑きとか悪魔憑きとかそういうのっぽい。
『憑依型はその名の通り、怪獣の力が宿主に憑依するハート。とっても凶悪な力を持っていて、完全に目覚めていないうちから怪獣だった頃のように動き回ることが出来るの。
回収しようとすると、どのハートも抵抗するものだけれど、中でも憑依型のハートの抵抗は凄まじいわ。だから、一人よりも二人。特に今回、マナにやって欲しいのは、小雨のサポートよ。会心の一撃をくわえるために相手の隙を作ってもらいたいの』
「わ、わかった。やってみる!」
しかし、不安だ。
そんなに凶悪なハート相手にうまく立ち回れるのだろうか。隙を作るとは。アクションゲームですらそんなに自信のないわたしが、たかだか一か月ほどアクションに身を投じただけでそんな器用な真似が出来るのだろうか。
「心配せずとも大丈夫よ、レッドウィッチリー」
小雨ちゃんは言った。いつも以上にクールな面持ちで。
レッドウィッチリー。
それはわたしの事で間違いないのでしょうか。
「あなたの中のレッドドラゴンとわたしの中のメガセリオンは旧知の仲。その呪われしカリスマ性でかつては世界を牛耳っていたこともあった。そんなわたし達が憑依型とはいえ寝ぼけ頭の怪獣に負けると思うかしら? 答えはノーよ」
「あの、小雨ちゃん。わたしの事は普通にマナって呼んで欲し──」
『ふふふ、ブラックレイン、レッドウィッチリー。禁断の力を持つ者たち。あなた達の仕事ぶり、期待しているわ』
バタ子まで何か悪ノリし始めた。
仕方ない。ここはもう多数決に従って、小雨ちゃんが飽きるまで好きな名前で呼ばせてあげよう。




