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怪獣たちのハート  作者: ねこじゃ・じぇねこ
12章 獣の王─3月
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1.きっとあなたなら

 暑さ寒さも彼岸まで。

 そんな言葉を思い出す三月の下旬。春休みという短い期間の中で、わたしはこの一年の事を色々と思い出しながら眺めの丘に沈む夕日を見つめていた。


 今日は実に平和な一日だった。

 相変わらず、浄化の炎をものにできたとは言えなかったけれど、たまには休んだ方がいいというレッドドラゴン様の助言もあって、小雨ちゃんと二人で学生の長期休みらしく過ごすことが出来たのだ。


 充実した時間を過ごしたというわけではないのだけれど、流れる時間を二人一緒の空間で、ただまったりとするだけでも癒されるものだ。それにいつも通りではあっても、小雨ちゃんとゆっくりお話ができるだけでも楽しかった。

 夕日を見つめながら、わたしは呟くように小雨ちゃんに言った。


「今日はありがとうね。おかげでリフレッシュできたかも」


 いつも遊ぶ時のようにそう言うと、小雨ちゃんはそよ風に遊ばれる髪をそっと手で押さえ、前を見つめたまま呟いた。


「こちらこそ、ありがとう」


 いつもと変わらないその横顔に、わたしはホッとした。そして、カラスたちが飛んでいく夕焼け空を眺めながら、わたしはふと言ったのだった。


「もうすぐ四月だね。わたしが怪獣になってから、もうすぐ一年経つんだ。あっという間だったな。悲しいこともあったけれど、でも、まだまだ希望は潰えていない。だから、新年度こそは浄化の炎をモノにしたいんだ」

「……そう」


 遊び疲れたのか、小雨ちゃんの返事は少しだけそっけない。そんな彼女の様子を窺うも、表情はいつもと大して変わらなかった。


「あのさ、小雨ちゃんは今日リフレッシュできたかな?」


 問いかけると、小雨ちゃんはようやくこちらを振り返ってくれた。じっと見つめられるとドキッとしてしまう。だが、そんな事よりも気になったのは、どことなく感じる彼女の暗さだった。

 何が原因なのか。だいたいは察しがつく。月夜先輩の事があって以降、小雨ちゃんは無理をしすぎているように思えてならない。

 もちろん、天狗たちだってそんなつもりはないだろう。定期的に休ませようとしているのはよく分かる。そうでなければ、今日こうして一緒に遊ぶことだってできなかった。

 それでも、わたしには分かってしまう。天狗たちがどんなに配慮しようと、結局のところ最後に決め手となるのは本人の気持ちなのだと。


 小雨ちゃんはここのところずっと焦っている。

 月夜先輩のようになろうと、どうにか代わりになろうと焦りすぎている。

 それは、わたしもまた少しだけ同じだった。天狗たちや先輩怪獣たちから忠告されるのは、焦りだった。浄化の炎をどうしてもモノにしたいという気持ちが先走って、気づけば視野がどんどん狭くなっていっている。その度に、誰かに指摘されて我に返るということが度々ある。だから、全く同じってわけではないけれど、小雨ちゃんの気持ちも少しは分かるような気がするのだ。

 だから、焦っている者同士、少しでも寄り添えたら、と、そう思うのだけれど。


「……そうね。楽しかったわ」


 淡々と呟く小雨ちゃんの感情は、少し分かりづらいものがあった。


「そっか」


 わたしは思わずため息を吐きそうになり、慌てて誤魔化した。


「楽しかったのなら何よりだよ。また暇が出来たら今日みたいに遊べたらいいよね」


 背伸びをしながらそんな事を呟いて、わたしは今日の事をもう一度振り返った。特別なことをしたわけではない。まったり出来る場所を陣取って、ジュースを片手に同じ空間で駄弁ったくらいのことだった。それだけの事が、わたし達にとっては何よりのご馳走で、矢のようなスピードで時間は過ぎていった。

 また同じような時間が過ごせたら。それは、なんてことはない希望でもあった。友達である限り、またいつでも楽しめるはずの暇つぶし。

 それでも、なぜかわたしは不安になっていた。小雨ちゃんの反応が鈍いからだろうか。小雨ちゃんは、答える代わりにわたしをじっと見つめてきた。


「ねえ、マナ」


 彼女は言った。


「前に目標があるって、あなた言っていたわよね」

「うん……?」

「クリスマスの頃の話」

「……ああ!」


 突然振られて戸惑ったものの、わたしはすぐに気を取り直し、はっきりとした口調で小雨ちゃんに告げた。


「小雨ちゃんと楽しく明日を過ごす事。それが積み重なれば、何千年、何万年って生きられるだろうね」

「でも、きっと寂しいでしょうね。時代はどんどん進んでいって、わたし達は置いてきぼりになって」

「うん……そうだね。でも、ひとりぼっちじゃない。わたしと一緒。それとも、わたしが一緒なだけじゃ不満? 心細いかな?」

「いいえ」


 小雨ちゃんは軽く首を横に振ると、わたしに体を向けて笑いかけてきた。


「マナ。わたしはね、あなたが友達でよかったって思っているの。この一年を振り返ってもそう思う。あなたが怪獣になったのも、何かの縁だったのかしらって。もしかしたら、神様なんてものがいて、わたしに贈り物をしてくれたのかもって。そのくらい、感謝しているの。わたし、そのくらい、あなたの事が好きなの」


 微笑んでくるその表情は、非常に愛らしいものがある。向けられる好意も、光栄なものだ。

 けれど、何故だろう。どうしてなのか分からないけれど、わたしはそこに切なさのようなものを感じてしまった。何故だろう。


「ありがとう、小雨ちゃん。わたしも小雨ちゃんのこと好きだよ。大好きだよ。だから、明日からもっともっと頑張んなきゃ」


 心からの笑みを向けたけれど、小雨ちゃんの表情は変わらない。

 彼女はそのまま猫のような目を沈みゆく夕日へと向け、ため息を吐いた。


「きっと、あなたならやれる。浄化の炎をモノにできる日が来るでしょうね」


 呟くようにそう言ってから、小雨ちゃんは笑みをスッとひっこめた。


「ごめん、マナ。わたし、これから行かないといけないところがあるの。だから、ここでさようなら」

「そうなんだ。うん、また明日ね?」


 コツコツと靴音を立てて小雨ちゃんは去っていく。その後ろ姿を見送っていると、ふと彼女は立ち止まり、わたしをもう一度振り返った。


「マナ」


 彼女は目を細め、ミステリアスな野良猫のように首を傾げた。


「この一年、本当にありがとう」


 そして、そのまま去ってしまった。

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