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怪獣たちのハート  作者: ねこじゃ・じぇねこ
11章 切なる願い─2月
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3.天狗たちの言葉

 小雨ちゃんはそろそろ解放されただろうか。聖獣たちの会議に参加させてもらったあと、わたしはそんな期待とともに天狗たちのお屋敷を訪れた。日は暮れていたけれど、まだまだ時間はある。インターホンを押すと、すぐさま出てきたのが林檎ちゃんと蜜柑ちゃんだった。


「ヒーローだ!」

「ヒーローだ!」


 口々に同じことを言うと、二人とも無邪気な笑みを向けてくる。眩い笑みに怯んでいるすきに、両手をぎゅっと握られて引っ張り込まれてしまった。わたしも一応は未成年という括りだから滑稽かもしれないけれど、子供って本当に元気だ。その無敵感すらあるエネルギーはいったいどこから来るのだろう。


(にしても、ヒーローとはね。初めて言われた)


 レッドドラゴン様の言葉が頭に響く。

 でしょうね。だって、悪魔の竜とか言われていなかったっけ。それがあの一件以来、少なくともこの小さくて無邪気な天狗コンビの中では正義の味方のような存在になってしまった。いうなれば、聖獣の一種のような。

 もちろん、林檎ちゃんと蜜柑ちゃんはこれまでのようにあの場に居合わせていない。二人が知っているのは、二人にすっかり懐かれてしまっている銀様の口から語られたおとぎ話染みた物語だった。

 あの一件の直後、しばらくは月夜先輩の具合も思わしくなく、屋敷の中で体を休めていたため、それを幼い二人に分かりやすく説明するための脚色でもあったのだろうけれど、おかげさまでわたしは二人にとってちょっとしたブームになってしまった。


「ねえ、炎を見せてー」

「じょうかのほのお!」


 玄関先で無邪気にねだってくる二人に手を引っ張られ、わたしはたじたじだった。


「えー、困ったなぁ。ここじゃ狭くて危ないからさ」

「大丈夫だよ。お屋敷は頑丈だもの。怪獣の力は通用しないって白蓮お姉ちゃんが言っていたもん」


 食い下がってくる林檎ちゃんを前に困惑していると、すぐそばの一室からとても有難いことに翠さんが顔を覗かせてきた。


「こらこら、駄目じゃない」


 優しい声で二人を咎める後ろから、今度は銀様も顔を覗かせてきた。


「林檎ちゃん、蜜柑ちゃん。宿題がまだ終わっていないんだってねえ。残しておくとあとで大変だよ?」


 にやりと笑って手招く銀様に、林檎ちゃんと蜜柑ちゃんはそろって不満そうな顔をする。しかし、手招かれるとおとなしくそちらへ向かっていった。

 二人が部屋へと入っていく中、わたしは少しだけ期待を膨らませた。同じ地属性として一緒に行動しているはずの銀様が帰ってきているということは、小雨ちゃんも解放されているに違いない。


「ごめんね」


 そこへ翠さんが声をかけてきた。


「疲れていたでしょう? 今日も練習していたんだってほかの子たちから聞いたよ」

「お疲れさま」


 銀様もそれに続く。


「小雨を探しに来たんでしょう? 惜しかったね。ついさっき出て行ったところだったんだ。でも、すぐ帰ってくると思う。荷物はいくらか置いてったみたいだし、忘れ物を取りに行くだけって言っていたからさ」

「しばらく待っているといいよ」


 翠さんにも優しく言われ、わたしは軽く頭を下げた。


「ありがとうございます。そうします」


 向かう先は主に協力者の怪獣たちが寛ぐために使う広間の一つになりそうだ。とりあえずそちらへ向かいかけたその時、翠さんの声が再びかかった。


「ああ、そうだ」


 立ち止まると、翠さんは少しだけ深刻な顔をしてわたしに言った。


「隊長が言っていたんだった。マナちゃんが帰ってきたら来るように伝えてほしいって。いつもの部屋にいるはずだよ」

「あ……はい、分かりました」


 返事をするなり翠さんも銀様も部屋へと引っ込んでしまった。ぱたりと扉が閉められると、廊下の空気が一気に冷えたような気がしてしまった。

 黒百合隊長。いったい何の用事があるのだろう。妙な胸騒ぎがしつつも、わたしはとぼとぼと彼女がいつもいる部屋へと向かった。


「マナです。入りますよ」


 返事を待ってから中へと入ると、窓から差し込む夕日に照らされながら、黒百合隊長はこちらを振り返ってきた。逆光で表情はよく見えない。しかし、その雰囲気はいつもと変わらなかった。


「来てくれてありがとうございます」

「お話がある……って?」

「ええ。実はかねがね、あなたに相談しておきたいことがあったのです。けれど、様子を見なくてはならなかったので。それに少しだけ私側の覚悟のいることだったので。でも、もういいんです」


 謎めいたことを言ってから、黒百合隊長はわたしの顔をじっと見つめてきた。逆光ながらも目が慣れてくると、その表情にどこか安らぎのようなものが浮かんでいることが分かった。けれど、不穏なのは何故だろう。その得体のしれない印象の正体を探っていると、黒百合隊長はいよいよ切り出した。


「先月は見事でした。フウ子を通してしか見ることは叶いませんでしたが、怪獣のハートが秘める可能性をまた一つ知ることができました。白蓮の評価は大変厳しいものでしたが、私はあなたの可能性に希望を持ってしまいました」


 ですが、と黒百合隊長は声を潜めた。


「奇跡の代償として、月夜はこれまでのように働けなくなりました。もちろん、それが悪いわけではありません。人間らしく、無害な存在に、それこそ本来の天狗たちが望む結果のはずですから。ですが、彼女の怪獣としての力に我々がすっかり頼っていたことも確かです。ほかの町にも月夜のような力を持つ協力者はおります。けれど、彼らにいちいち協力要請することは難しいでしょう」


 そこまで言うと、黒百合隊長は深くため息をついた。


「元はといえば、私がこんな体のまま生き長らえてしまっていることがいけないのです。かつては違いました。昼は白蓮のような日の力を持つ天狗が、夜は私のような月の力を持つ天狗が、それぞれついていましたので問題なく立ち向かえたのです。けれど、私は戦えなくなってしまった。戦えないからこそ、月夜に無理させてしまったのです」


 日が少し陰り、黒百合隊長の表情が少しだけはっきりと見えてきた。いつもと変わらない表情に口調。しかし、その奥に憂鬱なものを感じてしまい、わたしは息を飲んでしまった。肩に止まっていたフウ子が何か言いかけるも、黒百合隊長は聞く素振りすらみせない。


「レッドドラゴン。メガセリオン。もともとこの国に限らず、世界を飛び回る形でやってくる怪獣のハートには強大な力があるとされてはきました。だから、私も薄々考えていたのです。このままではいけない、と。林檎も蜜柑もだいぶ大きくなってきた。びゃくれんはもちろん、翠も銀も藍も今のところ戦える。そして、協力者にも恵まれている。ならば、そろそろ潮時ではないのかと」

「隊長……あの……」


 耐えきれなくなって口を挟もうとしたが、黒百合隊長はきっぱりと告げた。


「どうかあなたの炎で、私を焼いてほしいのです」


 聞かなかったふりなどできず、わたしはそのまま固まってしまった。

 そんなわたしの反応を待つことなく、黒百合隊長は話を進める。


「分かっております。無理な願いをしているのだと。それでも、いつかは誰かに頼まねばならないと思っておりました。月夜に願ったこともありましたが、彼女の力が満ちるときは私の力も満ちるとき。瀬戸際になって恐怖した私が無意識に反撃でもすれば、月夜も無事ではすまない。けれど、あなたならば。あなたの持つ浄化の炎ならば或いは──」


 或いは、どうなるというのだろう。

 息を飲むわたしの頭の中でレッドドラゴン様の言葉が響く。


(我にも分からぬ。あの力を発揮したのは、あまりに遠い過去の話だ。天狗の傷を癒したという話があったかどうか)


 もしも試してみて癒せなかった場合は。


(その場合、我らの炎はそのまま凶器となる。天狗の身は焼かれ、残った灰より何も出来ぬ赤ん坊が生まれるだろう)


 困惑するわたしの思いは顔に出ているだろうか。

 黒百合隊長はため息を吐き、俯きながら言った。


「いいえ、失敗したとしても、それで良いのです」


 これまでになく力ない言葉だった。


「いつまでも戦えない天狗が足を引っ張るわけにはいきません。十五年ほど待てばいい。そうすれば、今のような困難もないのです。白蓮ばかりに頼らなくてもいい」

「……できません」


 思わず言ってしまったわたしに対し、黒百合隊長は薄っすら笑った。


「すぐにとは言いません。林檎と蜜柑が実戦に迎える年齢……あと数年先でもいいのです。それまでにあなたが無事でいられれば、の話ではありますが」


 と、黒百合隊長が言い終わったちょうどその時、わたしの背後で部屋の扉がやや乱暴に開かれた。驚いて振り向いてみれば、そこには白蓮の姿があった。日が沈みかけている今、その力はだいぶ弱まっているだろう。にもかかわらず、白蓮の気迫は異様だった。わたしへの敵意は相変わらずだが、それよりも黒百合隊長への怒りの方が強いらしい。


「外まで聞こえていたぞ」


 白蓮は言った。


「俺への断りもなく、何の話をしている」

「盗み聞きとは良くありませんね。けれど、聞いての通りですよ。私は私の終わり方について考えていたのです。いつかは決心しなければならない話ですので」

「駄目だと言っているだろう」


 白い狼のように白蓮は吠え、黒百合隊長に迫っていく。そして、わたしの真横でぴたりと立ち止まると、人を刺せそうなほど鋭い視線でわたしを睨みつけてきた。


「それで、お前はどう答えるつもりだ、新人」


 威圧的な口調に怯えてしまいそうになりつつも、わたしは勇気を振り絞ってしっかりと、はっきりと答えた。


「もちろん出来ません……そんなこと」


 泣きそうになりながら答えてみれば、白蓮はわたしをじっと見つめ、ようやく肩の力を抜いた。深くため息を吐くと、わたしから目を逸らしてぼそりと言った。


「怒鳴って悪かったな。もう下がっていい。今日のことは忘れるんだ」

「まだ話は──」


 黒百合隊長が言いかけるも、白蓮はわたしに向かって短く吠えた。


「帰っていい」


 外を指さされ、わたしは慌ててその場を去った。乱暴ではあったけれど、白蓮の命令はこの場においてむしろ有難いとすら思えた。


(マナ)


 レッドドラゴン様の声が聞こえ、何度かため息が漏れる。恐ろしい相談を受けてしまった。そのことに震えている間に、レッドドラゴン様は語りかけてきた。


(天狗も一枚岩ではないようだ。たとえ同じ拠点にいても。この力を誰に使い、誰に使わぬかは、そなたが決めてよい事。それを忘れてはならぬ)


 寄り添うようなその言葉にほっと一息ついていると、廊下の向こうから声がかけられた。


「マナ」


 ちらりと見てみれば、突き当りの部屋の前に藍さんが立っていた。


「大丈夫? 顔色が悪そうだけれど」


 心配してくるその眼差しに、わたしは慌てて笑みを返そうとした。だが、うまく笑うことができなかった。


「大丈夫、です。今日もいろいろあったからちょっと疲れちゃったのかな」


 そんなわたしの元へと藍さんは近づいてきた。いざとなれば、わたしを殺すことができる人。そんな彼女のことはやっぱり白蓮様のような怖さがあるけれど、気遣うように頬に手を添えられると、不安だった心が少しだけ落ち着いた。


「先月のことは、確かにすごかった」


 藍さんは言った。


「けれど、多くの人の期待に応えられるほど、その力は確かなものではないわ。あなたはまだ若すぎる。怪獣としても、一人の人間としても。だから、全てを背負い込まなくていいの。分かった?」


 幼子に言い聞かせるような藍さんの言葉に、わたしの心はどんどん落ち着いていった。何故だか泣き出しそうになるのを必死にこらえてから、わたしは藍さんを見上げた。どこからともなくバタ子が飛んできたのは、そんな時だった。


『あーいたいた。やっほ、マナ。小雨が捜していたわよ』


 ちょうど帰ってきたらしい。

 そして、バタ子に引っ張られる形で藍さんと別れると、小雨ちゃんの待つ部屋へ向かうまでの短い間に、バタ子がそっと話しかけてきた。


『なあんか、暗い顔してるわね。隊長のお部屋で何かあったの?』

「いや、別に、その……」

『ま、言いたくないならそれでいいの。何だろうとアタシは協力者の怪獣ちゃんたちの味方として作られたのですからね。別に用事なんてなくても、マナが愚痴りたいこととかあったら、いつでも頼っていいんだからね』


 からっとしたその口調がなんだか妙に心地よい。わたしもまた小さく笑い、機械のアゲハ蝶に向かって言ったのだった。


「ありがとう、バタ子」

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