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怪獣たちのハート  作者: ねこじゃ・じぇねこ
10章 犬神─1月
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2.聖獣の反逆

 林檎ちゃんと蜜柑ちゃんは、まだ幼い。

 難しい会議に参加することも、恐ろしい戦いに身を投じることも出来ない年齢だ。年の割にしっかりしているように見えることはあっても、やはり小学生。いくら天狗であるといっても、何が起こっているのかをきちんと理解できているわけではないようだった。


 それでも、遊んでいなさいと言われて会議室にわざわざ駆け込んでくるような子たちではない。白蓮様が乱暴に、けれど、やや困惑気味に何故、言いつけを破って会議室に入ってきたのかを問いただすと、林檎ちゃんがどこか楽しそうな様子で答えたのだった。


 ──だって、何かおかしなことがあったら教えなさいって銀様が言ってたんだもん。


 その言葉に焦った銀様が周囲の視線を一斉に受けながら、優しく二人に問いかけた。


 ──何があったんだい?


 すると、二人は言った。


 ──あのね、真昼ちゃんがさっき来て、また出かけて行ったの。

 ──誰にも内緒だよって言って、犬神のお姉さんを無理やり連れてっちゃった。


 それからの展開は、実に慌ただしかった。白蓮様の怒号が飛び交い、天狗たちが一斉に動き出す。先輩怪獣たちもまた全てが駆り出され、黒百合隊長が聖獣たちを集めて話し合いを始めていた。そんな騒々しい会議室の隅っこで、わたしと小雨ちゃんは、バタ子にひっそりと声を掛けられたのだった。


『あなた達も、行ける?』


 いつになく気遣うようなその声に、わたしは小雨ちゃんの顔色を窺った。だが、小雨ちゃんはこちらを見ようともしなかった。じっとバタ子だけを見つめ、彼女はしっかりと頷いたのだった。


「勿論。できれば、誰よりも先に私が見つけたいの。……でないと、白蓮様が真昼たちに何をするか」


 深刻なその横顔に、わたしはすっかり言葉を失っていた。何と言えばいいのか。そして何より、何と言ってはいけないのか。頭の処理が追い付かなくて、全く判断がつかない。そんな状態の中、バタ子はわたし達に言った。


『希望は分かったわ。でも、無理をしては駄目よ。気負い過ぎても駄目。心配せずとも、他の天狗様たちは真昼に問答無用で乱暴を加える気はないわ。白蓮様だって天狗様よ。本心は同じはず』

「そう信じたいところだけれど」


 小雨ちゃんはそう言って、俯いてしまう。

 どうしても信じきれない。その気持ちは、今なら痛いほど分かる。非常なことを平然と言ってのける白蓮様。そんな彼女に何一つ苦言を呈すことが出来ない他の天狗たち。短い会議であっても、不信感を募らせるには十分すぎる時間だった。

 それに、わたしの頭にはある言葉が渦巻いていた。いつだったか透に言われ、脳にこびりついた言葉である。


 ──天狗たちの選択だけが唯一の答えではないのだ。


 その言葉に縋りたくなってしまう気持ちを抑え、わたしは小雨ちゃんに声を掛けようとした。だが、その手前で、黒百合隊長がわたし達に声をかけてきた。


「小雨、マナ。頼みがあります」


 歩くことの出来ない彼女の傍に二人でそっと寄ると、黒い瞳がじっとわたし達を見上げてきた。下から見上げられているのに、見下ろされているような威圧感を覚えてしまう。だが、そんな印象にも関わらず、黒百合隊長は決して命令ではなく、心から願うような声で言ったのだった。


「白蓮を足止めして欲しいのです」

「え?」


 顔を見合わせるわたし達を見て、カザンが口を挟んできた。


「あのな、白蓮様には内緒なんだが、真昼の逃げた場所にオレらは心当たりがある」

「心当たり?」


 小雨ちゃんが問い返すと、おりんが深く頷いた。


「いつも聖獣たちで集う小屋があるのです。決して広い場所ではありませんが、隠れるには絶好の場所です。もちろん隠すにも」

「もしそこにいるのなら、私たち、真昼を説得したいの」


 竜子が胸に手を当てながら言った。

 鈴もまた、それに続いた。


「このままじゃ、真昼まで白蓮様に斬られてしまうかもしれない。そんな事、月夜さんが望んでいるとは思えないんです」


 それが、聖獣たちの総意なのだろう。

 誰もが月夜を助けられない。恐らくそれは、わたしも同じ。けれど、真昼ちゃんまで見殺しにすることはない。


「この子たちが真昼を見つける頃には、白蓮も察知して向かってくるかもしれません。その行く手をあなた達には阻んで欲しいのです」


 黒百合隊長にさらりと言われ、わたしは息を飲んでしまった。

 そんな事をすれば、白蓮様はきっとわたし達まで敵視するに違いない。


「勿論、あなた達に丸投げするわけではありません。この事はすでに出て行った他の協力者たちや天狗たちにも伝えます。誰も彼もが白蓮に対して不利な属性ですが、天狗たちならばあなた達と違って殺されることはありません。彼女たちが到着するまで、どうにか凌いで欲しいのです」

「……分かりました」


 小雨ちゃんが頷くのを見て、わたしも慌てて頷いた。


「案内してください」


 それから、わたしと小雨ちゃんは聖獣たちに連れられて、秘密基地と呼ばれる場所へと向かったのだった。

 そこは天狗たちのお屋敷からだいぶ離れた土地にあるプレハブで、黒百合隊長と聖獣たちだけが鍵を持っているという場所だった。黒百合隊長は殆ど外に出られないので、実質的に聖獣たちだけの場所となっている。


 おりんが鍵を開けると、真昼ちゃんは本当にいた。隊長以外の天狗が──特に白蓮様が鍵を持っていないことを知っていたからだろう。プレハブの中のさらに鍵のかかる部屋に、憔悴している月夜先輩を閉じ込めて、その外に座り込んでいた。


「真昼……お願いだから、わたくし達の話を聞いてください」


 おりんが声をかけるものの、真昼ちゃんは無視をするばかりだった。わたしは小雨ちゃんと共にその様子をしばらく見守っていた。だが、小雨ちゃんが何かに気づき、わたしの手をぐいと引っ張ってきた。


「来る」


 その短い声に、わたしは慌てて聖獣たちに声をかけた。


「わたし達、外にいるから」


 カザンが深刻な顔で頷き、プレハブの扉を閉めた。鍵がかかる音がしたその直後、異様な殺気がわたし達の背中を突きさしてきた。


「どういうつもりか説明して貰おうか」


 白蓮様の声に、振り返ることすら怖かった。だが、わたしの隣で小雨ちゃんはすでに武器を握っている。そんな彼女の様子に勇気づけられながら、わたしもまた振り返った。

 白蓮様はそこにいた。夕日を浴びながら、わたし達を睨みつけていた。


「事と次第によっては、お前たちのハートも貫かねばならない」


 脅しとしか思えないその言葉に、小雨ちゃんは怯みもしないで剣を抜いた。


「もう少しだけ時間をください」


 小雨ちゃんは言った。


「いま、聖獣仲間たちが説得しているんです。お願いだから、真昼の気持ちを置いてきぼりにしないで」


 悲痛とも思える小雨ちゃんの訴えを、だが、白蓮様は鼻で笑った。


「おままごとをしている場合じゃないんだ。邪魔をするというのなら、二度と邪魔できない身体にしてやろうか」


 そして、白蓮様は輝かしい真っ白な翼を大きく広げた。夕日を受けて今はオレンジ色に染まっているその翼。羽根を散らしながら彼女は、鷹のように迫ってくる。その手にはあの見るだけでもぞっとする大剣。斬られれば、わたしも小雨ちゃんもただでは済まないだろう。

 それでも、退くわけにはいかなかった。覚悟を決めて、わたしは小雨ちゃんと共に武器を抜く。いつも戦っている怪獣たちとは訳が違う。斬られれば、最期。


 けれど、迫りくる白蓮様の大剣がわたし達を傷つけるようなことはなかった。武器を構えるわたし達の目の前に、突如として割り込む者がいたのだ。耳を劈くような金属音が響いたかと思えば、わたしの視界が青色で妨げられる。ばさりと散らばる青い羽根の間に見えたのは、いまだ万全とは言えない藍さんの姿だった。氷のような透明の槍で、白蓮様の大剣を懸命に防いでいる。


「どういうつもりだ」


 白蓮様は藍さんを睨みつけていた。


「お前も透のようになりたいのか?」

「そうじゃないわ」


 藍さんがそう言った直後、突風が吹き荒れた。白蓮様を弾き返すかのようなその風は、自然に生まれたものではない。いつの間にか駆けつけていた翠さんの羽団扇から生まれたものだ。間違いなく味方のはずの天狗に武器を向けられて、白蓮様はますます不機嫌な表情になっていった。


「お前たち、どういうつもりだ……?」


 牙を剥く狼のように問い質す彼女に答えたのは、同じくいつの間にか駆けつけていた銀様だった。離れた場所から間違いなく白蓮様へと銃口を向けたまま、銀様は言った。


「隊長に言われたんだよ」

「黒百合が?」


 唸りながら問い返す白蓮様に、翠さんが頷いた。


「白蓮ちゃんの頭を冷やして欲しいって。あなた、本当にこの二人を斬るつもりだったでしょう。協力者を斬るなんて禁忌に他ならないよ」


 咎めるようなその言葉にも、白蓮様はちっとも悪びれなかった。


「甘いな。黒百合も、お前らも。その甘さが過去の悲劇を生んだのではないのか。黒百合があんな身体になってなお、警戒を怠るとは」


 唸るように白蓮様はそう言うと、翼を大きく広げた。来る気だ。仲間の天狗たちが立ちはだかっていても、ちっとも躊躇う様子がない。荒々しく、ギラギラとした威圧的な眼差しに、焼き焦がされてしまいそうだった。


(立ち向かう気か?)


 竜の声がわたしの頭の中で木霊する。


(悪い事は言わぬ。ここは天狗たちに任せて隠れた方がいい。たとえ掠り傷だろうとあの大剣による負傷は重たすぎるぞ)


 ああ、やっぱりそうするべきなのだろう。けれど、わたしはやっぱり武器を手放せなかった。隣にいる小雨ちゃんが、全く逃げる気配を見せないからだ。


 翠さんの羽団扇と、銀様の銃弾が白蓮様を足止めしようとする。そして、わたし達の目の前では、藍さんが槍を構えていた。これが突破されてしまったら、白蓮様はきっとわたし達ごとプレハブの扉を斬りつけるだろう。そこに躊躇いなんてないのだろう。


 けれど、恐怖するわたしにとっては幸いな事に、白蓮様は手こずっていた。属性上は有利であっても、時間の流れが彼女に不利をもたらしていく。日は傾き続け、夕暮れ時も間もなく終わろうとしている中で、他の天狗たち──特に地属性の銀様の方が有利になっていくのが分かった。


「後悔するぞ、お前たち」


 白蓮様が吠えたその時、日は完全に沈んでいった。

 直後、わたし達の背後でプレハブの扉が勢いよく開かれた。驚いて振り向くと、そこには月夜先輩がいた。目を光らせるその背後では、聖獣仲間に取り押さえられながら泣きじゃくる真昼ちゃんの姿が見えた。


「行かないで、姉ちゃん!」


 悲痛なその叫びに月夜先輩はちらりと振り返った。


「ごめんな、真昼」


 そして、異様に力のない声で、彼女は聖獣たちに向かって言った。


「妹を、頼むよ」


 真昼ちゃんの悲鳴のような声が何度も上がる中、月夜先輩はふらふらと歩きだした。白蓮様のすぐ目の前に向かうと、その場に座り込んで呟くように言った。


「ここでいいなら、すぐに斬ってくれ」


 その言葉に、白蓮様の警戒が少しだけ解かれた。


「悪いがそれは出来ない。万が一のことがある。それに、時間切れだ。真昼に逆らってここまで出てこられたのだって、太陽が沈んだからだろう?」


 しゃがみ込み、視線を合わせる白蓮様に、月夜先輩は項垂れるように頷いた。


「苦しいんだ。血の味を身体が求めている」


 震えたその声は、本当に苦しそうだった。


「すまないね。明日の朝、すぐに楽にしてやるよ」


 白蓮様はそう言って、月夜先輩の頬を優しく撫でた。そして、すぐに立ち上がると、わたし達すべてを睨みつけながら大剣を手放した。


「これで分かっただろう。本人の希望だ。分かったのなら、月夜を明日の朝まで結界の中で休ませてやれ。パピ子! チョウ子!」


 命令染みたその言葉に反応し、二体の機械蝶々が現れる。乱暴に今後の指示をおくる彼女を止める者は誰もいなかった。

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