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怪獣たちのハート  作者: ねこじゃ・じぇねこ
10章 犬神─1月
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1.憑依型の宿命

 クリスマスから年末年始の盛り上がりも薄れつつある一月の上旬。

 あっという間の冬休みも終わり、そろそろ三学期が始まろうとしている頃になって、わたしと小雨ちゃんはまたしてもバタ子に呼び出されて天狗たちのお屋敷へと駆けつけた。


 冬休みの間も、主にハートの回収に駆り出されることはあったけれど、このように呼び出されることはなかった。最後に呼び出されたのは、クリスマスの頃。それも、わたし達がお願いして黒百合隊長に時間を作ってもらった時のこと。

 今回はそうではない。呼び出されたのはわたし達だけではなく、天狗たちや他の怪獣、そして聖獣たちの殆ど全員だった。


 会議室では重たい空気が漂い、わたしは居心地の悪さにひたすら耐えていた。

 正面には黒百合隊長と共に白蓮様が座っている。深刻そうな二人の表情を見ていると、それだけでこれから語られる内容を聞くことが怖くなってきた。


「皆、集まりましたね」


 黒百合隊長はそう言って、一息つき、そして切り出した。


「新年早々。暗い話をしなければなりません。もうすでに知っている人もいるかもしれませんが、また私たちの仲間に武器を向けなくてはならない時がきました」


 ああ、やっぱり聴きたくもない話だった。

 いったい誰だろう。そう考えた矢先、はやくもその名前が白蓮様の口から告げられる。


「相手は月夜だ」


 その名前に会議室全体がざわついた。わたしも同じだった。小雨ちゃんもそうだった。青ざめた顔でじっと前を見つめ続けている。そして、隣にいるわたしにしか聞こえないほどの小声で、彼女は呟いた。


「月夜姉さん……真昼……」


 その名前を聞いて、わたしはようやく気付いた。そうだ。真昼ちゃんだ。この会議室には、月夜先輩だけでなく真昼ちゃんの姿もない。


「すでに月夜の覚悟は出来ているようです。聖獣『白虎』であり、実の妹でもある真昼は納得していないようですが、少なくとも月夜本人は速やかに楽にして欲しいと」


 黒百合隊長は言った。


「ですので、私と白蓮は、本人の希望通りに事を進めると約束したのです」

「皆の準備と覚悟が出来次第、すぐにでも始めたいところだが……」


 白蓮様が言った。


「皆も知っての通り、俺は太陽が昇っている間しか動けない。今からだと間に合わないだろう。だから、明日の朝に行うことになった」

「月夜にはこの屋敷の一室で身体を休めて貰っています」


 黒百合隊長は暗い表情で続けた。


「今のところはまだ人間らしく言葉のやり取りが出来るようです。けれど、あまり時間も残されていないでしょう。今は協力的でも、そのうち生存本能が勝って、私たちとも敵対するかもしれない。彼女はそうなる前に、人間のまま逝きたいのだと」

「本人は今の所そのつもりだが──」


 白蓮様は険しい表情を浮かべる。


「いざ命を奪うとなれば、生存本能が目覚めて抵抗するかもしれない。乙女の時のようにね。そうなれば、あとはこれまでと同じ。聖獣を壊しに向かうだろう。

 いいか、皆。月夜は犬神。ただでさえ厄介な憑依型で、その上、月の力を持つものだ。昼の間に俺がうまく封じられればいいが、夜になってしまえばこちらが不利になる。これまでも、俺がいない間に月夜に助けられたことがあっただろう。それがなくなるどころか、牙を剥いてくることになる。

 犬神がこの町で暴れる事だけは阻止しなければならない。月夜を殺人鬼にしたくないならばね。だから、明日は躊躇わずに月夜を取り押さえるんだ。分かったか?」


 威圧的な声と眼差しに、会議室の空気が冷たくなっていく。

 誰もが逆らう気すら失い、言われたままに頷こうとしている。だが、そんな時に、すっと手を挙げたのが小雨ちゃんだった。


「質問があります」


 その顔は青ざめたままだった。

 黒百合隊長が視線で促すと、小雨ちゃんは息を飲みつつその問いを口にした。


「月夜姉さんは……どうしてこんな事に……」


 うまく言葉が繋げないようだ。無理もないだろう。だって、月夜先輩は小雨ちゃんの従姉なのだから。それでも、小雨ちゃんはなんとか質問を繰り返した。


「ま、真昼は……どうしているんですか?」


 その問いに、黒百合隊長も白蓮様も即答しないまま顔を見合わせる。その後、答えにくそうに目を逸らす隊長の横で、白蓮様が答えた。


「真昼なら、別室で頭を冷やして貰っているよ。相当取り乱して、作戦をやめるよう言って聞かなかったからね」

「無理もありません」


 黒百合隊長は言った。


「彼女は実の姉が犬神に憑かれたために、聖獣になることを決意したのですから。憑依型の怪獣として夜通し戦うことになる彼女を間近で手助けしたいと願っての事でした。ちょうど白虎の枠が空いていたのもきっと運命だと」

「何であれ」


 と、白蓮様は冷たい声で言った。


「これは月夜自身の希望だ。それだけでなく、この町を守るために必要な事だ。これまでだって同じ事を繰り返してきた。それを邪魔することは俺が許さない。だから、真昼には時間をかけてでも理解してもらわねばならないな。場合によっては……新しい白虎を捜す必要もあるかもしれない」

「それは……どういう意味ですか?」


 小雨ちゃんが透かさず問いかけた。動揺した声だが、白蓮様に負けず劣らず冷え切っている。隣に座ったまま、わたしは静かに友人の姿を見守った。だが、小雨ちゃんはこちらを見ようともしない。ただ真っすぐ、白蓮様を見つめていた。睨むわけでもなく、ただじっと。そんな小雨ちゃんを、白蓮様もまた睨み返した。


「全て言わないと分からないか?」


 他の天狗たちが不安そうに見つめる中、白蓮様は言い切った。


「俺の大剣で真昼から白虎のハートを抜いて、違うやつに埋め込むんだよ」


 会議室の空気がさらに重く、そして冷え切ってしまった。

 ハートを抜く。聖獣となった真昼ちゃんから。そうしたら、真昼ちゃんはどうなってしまうのか。


(分かっておると思うが、一度寄生した我らはそう簡単に剝がれない。たとえ、それが天狗たちの作った聖獣だとしても、同じだろう。我らによるそなた達への影響は変わらない。我らに寄生された者にとって、天狗たちの武器による傷は治せない呪いとなる。その武器で我らを抜かれるのであれば、無事ではいられないだろう)


 つまり、真昼ちゃんを殺して、新しい聖獣を用意するってこと?


(そういう事だ)


 そんな。


「遅かれ早かれ、月夜が長くは持たない事も分かっていた」


 白蓮様は言った。


「憑依型ハートの宿命でもある。武器型のハートに比べ、非常に強力な力を与えるが、それだけにハートによる悪影響も大きい。武器型ハートの宿主が百年も二百年も生きることがざらにある一方で、憑依型はたったの一週間で限界が来た例もある。それを思えば月夜はよく持った方だ」


 その言葉は、どこまでも冷たく感じられてしまった。

 だが、聖獣たちも、他の天狗たちも、そして怪獣の先輩たちも、誰も彼もが白蓮様の言葉に何も言い返せなかった。黒百合隊長でさえも、咎める事も出来ないまま黙している。そんな状況で、小雨ちゃんの表情はますます悪くなっていく。肩を震わせながら、彼女は白蓮様に……いや、この場にいる天狗たちに向かって言った。


「そんな事を分かっていながら、あなた達は月夜姉さんを酷使したの?」


 動揺している。

 その事が隣に居てもよく伝わってきた。

 だが、それはわたしも同じ。これまでだって白蓮様の事は少し苦手だった。わたし達には刺激の強すぎる太陽のようで、少し怖かったのだ。

 きっと小雨ちゃんもまた似たような印象を彼女に持っていただろう。それでも、睨み返してくる白蓮様に全く怯まずに、小雨ちゃんはしっかりと顔を上げたまま立ち尽くしていた。そんな小雨ちゃんに、いや、わたし達に対してだろうか。返答をしたのは、白蓮様ではなく黒百合隊長の方だった。


「言い訳はやめておきましょう。あなたの言う通り、月夜が限界を迎えた責任は私たちにあります」

「だからこそ、俺らは月夜を速やかに楽にしてやらねばならない」


 割り込むように白蓮様は言った。


「何度も言うが、これは月夜の望みでもある。月夜自身が選んだことでもある。憑依型の危険性なら俺らも彼女によく語った。それを踏まえた上で、彼女自身が限界まで力を尽くすことを望んだのだ。これ以上、俺らに何が出来る」


 小雨ちゃんは言い返そうとするも、けれど、口籠ってしまった。

 そんな小雨ちゃんに、白蓮様は追い打ちをかけるように言った。


「このまま放置すれば、月夜は完全に犬神に乗っ取られる。怪獣と化しても今のような価値観のままでいられると思うなよ。何度でも言う。彼女を野蛮な殺人鬼にしたくないならば、作戦は実行しなければならない」


 空気が重たくて押しつぶされそうだ。聖獣たちも、先輩怪獣も、他の天狗たちも、そして機械蝶々たちも、何か言いたげだけれど何も言えずにいる。わたしもそうだったし、小雨ちゃんもそうだった。


「分かったな」


 白蓮様が勝ち誇ったようにそう言った……その時だった。会議室の扉が急に開かれて、重たくて仕方がなかった空気が一気に抜けていった。

 扉を開けて無邪気に駆け込んできたのは、別室で遊んでいたはずの林檎ちゃんと蜜柑ちゃんだった。

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