4.きっと未来は明るいはず
煌びやかなイルミネーションに囲まれながら、わたしは小雨ちゃんを見つめていた。小雨ちゃんも同じくじっとわたしを見つめている。無意識にその肩をぎゅっと掴んでいたことに気づいたけれど、そのままの勢いでわたしは言った。
「確かに透は怖いよね。乙女先輩があんなことになってしまうなんてさ。でも、小雨ちゃん。小雨ちゃんの中にいるメガセリオンは言っていない? わたしの中にいる赤い竜は言っていたよ。未来はわたし次第だって」
小雨ちゃんは黙ったままわたしを見つめている。
その猫のような目にどんな感情が宿っているのか、少しばかり読み取りづらい。ただ、少々の反発と戸惑いがあるように思われた。それでも、わたしは小雨ちゃんに強く訴えかけていた。
何故だろう。こんなに力強く言う必要はあるだろうか。強引に彼女に納得させようとしているだけなのかもしれない。ただ、わたしは怖かったのだ。小雨ちゃんが不安にさいなまれていることが。だから、その心配をいち早く吹き飛ばして、安心したかったのかもしれない。
「マナは、強いわね」
小雨ちゃんは静かにそう言った。気のせいではないだろう。その声に若干の距離を感じてしまうのは。冷静なその声に、わたしもまた興奮が少しだけ冷める。けれど、小雨ちゃんの肩は握り締めたまま、わたしは彼女に言った。
「強くなんかないよ。わたしも必死なんだと思う」
必死。そう、必死なのだ。自分の口から出た言葉に、遅れて納得した。
「わたし達ってさ、事故に遭ったようなものじゃない。突然、ハートに寄生されて、突然、こんな事に巻き込まれて。でも、世の中には想定外のことで明日を迎えられない人もいるわけで。それと比べたらさ、わたし達はまだ恵まれている方なのかもしれない」
「……そうかもね」
小雨ちゃんは落ち着いた声で肯いた。
「選択肢があるって恵まれているかもしれないわね。そうそう、メガセリオンだけれどね、あなたの中にいるレッドドラゴンとだいたい同じ事を言っていたわ。わたしがどうしたいのか。突如、与えられたこの力をどう使いたいのか。それは誰にも制御できない。天狗たちの望むまま協力者としてあり続けることも、透の望むまま怪獣に成り果ててしまうことも、全てわたしの本心がどうしたいかにかかっているはずだって」
──本心。
では、メガセリオンに言わせれば、結果的に怪獣になってしまった乙女先輩の本心は──。ふとそんな事を考えかけて、わたしはすぐに思考を止めた。乙女先輩はもうこの世にいない。その心をあれこれ勝手に決めつけることは望ましくない。その結果、わたしの心にも悪影響が出るならば尚更のことだ。
「マナ、わたしはね」
小雨ちゃんは言った。
「わたしだって、勿論、怪獣になりたいわけじゃないの。マナが仲間入りする少し前から、わたしはずっと人間としてこの町を守らないといけないって思ってきた。だから、ただ直向きに任務について、この力を天狗様の勝利のために捧げてきたの。それが間違っていたなんて全く思わないわ。でもね、時々ふと考えてしまうことがあるの。一年前のわたしは、もっと無邪気に将来の夢なんかを考えていたなって。どんな職業に就きたいのかとか、どんな生活を楽しみたいのかとか、その為にはどんな進路に進めばいいのだろうとか、そういう事を考えていた。でも、今のわたしはそんな当たり前の暮らしはない。そうなると、いったい何を目標に生き続けたらいいのだろうって虚しくなってしまうのよ」
じんじんと刺すような肌寒さを感じる中、小雨ちゃんはいつになく真剣な眼差しでそう言った。ここまで深い気持ちを聞いたことはあっただろうか。何も言えずに深刻なその眼差しをただ見つめていると、小雨ちゃんはわたしに問いかけてきた。
「マナ。あなたは、そういう虚しさを感じたことはない?」
あるかどうか。改めて考えるのは怖かった。いったいいつまで、わたしはレッドドラゴンでいるだろう。長生きすればするほど、祖父母世代、親世代、そして同世代はきっとこの世を去っていく。思い出のものは段々と消えていき、懐かしさを感じられるものはごくわずかになっていくだろう。そんな時にわたしはどう思うのか。想像したときに思い出すのが、いつか見た乙女先輩の涙だった。
──ここはいつ見ても変わらないな……。
その言葉の重みを今になって味わいながら、わたしはそれでも不安を押しつぶして小雨ちゃんに言った。
「わたしはね、あるよ! 目標!」
途切れ途切れになりながらも、わたしは必死に訴えた。
「小雨ちゃんと楽しく明日を過ごす事。それがわたしの目標なの。ウザイって思われるかも知んないけど、一緒に色々と経験してきた幼馴染だもん。小雨ちゃんが頑張るなら、わたしも頑張れる。小雨ちゃんがいるなら、世界から取り残されたって構わない。前にさ、一万年は生きようなんてデカイ目標掲げちゃったけど、そのためにもまずは今日と明日を楽しく過ごす事。それが大事だって、わたし思うの。だ、だからさ。今日は今日をとことん楽しもうよ」
そう言って、わたしはふとある事を思い出した。ずっと抑え込んでしまっていた小雨ちゃんの肩から両手を離し、鞄から取り出すのはプレゼントの包みである。
「メリークリスマス。ささやかだけど用意したんだ、プレゼント」
手渡すと、小雨ちゃんはきょとんとしたまま包みを見つめていた。だが、やがて、小さな声で「開けていい?」と訊ねてきた。頷くと、すぐさま彼女は包みを開ける。中から出てきたのは、本当にささやかなマフラーだった。黒猫の絵柄のそのマフラーを見つめ、小雨ちゃんは微かに笑う。そして、ハッと気づいたように彼女はわたしを見つめた。
「……わたしからも」
そう言って彼女もまたプレゼントを渡してくれた。開けてみると中には手袋が入っていた。手の甲には可愛くデフォルメされた赤いドラゴンのイラストが刺繍されている。さっそくはめてみて、ふとわたしは思い出した。そう言えば、小雨ちゃんがいま嵌めている手袋と、わたしがいま巻いているマフラーは、それぞれ去年のクリスマスにお互いに送り合ったものだったと。
「あったかい。ありがとう、小雨ちゃん」
お礼を言うと、小雨ちゃんは安心したような微笑みを浮かべた。そして、すぐにその笑みはかつてよく見た得意げな笑みへと変わった。
「──そうね。あなたの言う通りだわ」
小雨ちゃんは言った。
「先の事を悩みすぎたって意味はない。わたし達には力があるもの。未来を切り開けるだけの意思があるはず。なんたってわたし達は伝説の怪獣を宿しているのだもの。ねえ、そうでしょう、レッドウィッチリー」
あ、その設定まだ生きていたんだ。
笑いながら強く頷くと、小雨ちゃん──いや、ブラックレインもまたにこりと笑って、わたしのあげたマフラーをくるりと巻いた。
明日からの日々がどうなるかなんて保障はない。それでも、小雨ちゃんと笑い合っていると、根拠はなくとも確かな希望が炎のように胸に灯された。
わたし達は大丈夫。きっと未来は明るいはず。




