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怪獣たちのハート  作者: ねこじゃ・じぇねこ
1章 赤い竜のマナ─4月
3/48

3.とても簡単なお仕事

 藍さんによれば怪獣は赤い竜だけではなく、たくさん存在するらしい。そして、今も大なり小なりの怪獣のハートたちが復活を目論み、人々に寄生しようとしている。

 天狗たちはそれを未然に防ぐために奔走しているが、中にはわたしのように間に合わないこともある。そうして生まれた寄生者の中には、身勝手に生きることを選択し、完全に怪獣になる前から天狗たちの手を逃れて社会を脅かす者もいるそうだ。


 今、天狗たちを悩ませているのは、まさにそんな身勝手な者の一人の存在だった。

 それがどんな者であるかという説明は残念ながら省かれたが、とにかくそういった人物の存在もあって、わたしは約束させられたというわけだ。

 協力か、死か。少なくとも完全に怪獣になってしまうまでの間をどう過ごすのか。

 天狗たちの誘いを蹴った者が成り果てるのは、何をしでかすか分からない怪獣だ。その存在のせいで藍さんやその仲間たちの多くは時間をとられ、虎視眈々と人々への寄生を目論む他の怪獣のハートたちへの対応が疎かになっているという。


 新参者のわたしの初仕事は、そのハート回収だった。

 バタ子が感知したハートの気配を頼りに現場へ向かい、誰かに寄生してしまう前に回収して藍さんに引き渡せば完了という、実に分かりやすい簡単なお仕事だった。

 その上、それなりのお手当もあるというので、少しだけモチベーションもあがった。


 とはいえ、案内された現場にたどり着いてみると、気後れしてしまった。何故ならそこは、地元でもちょっとばっかり有名な心霊スポットだったからだ。

 長らく放置されている廃墟で、若者たちの肝試しの場にもなっている場所。これまで極力避けてきた場所でもあるだけに、しばらく眺めてしまった。


「え、ここの……中?」


 案内してくれたバタ子に訊ねると、バタ子はこくりと頷いた。


『ええ、この中よ。地元の若者たちに大大大人気の肝試しスポット。なんと今回は特別に管理者の方から許可もいただいて参りました!』


 そんな、心霊ロケみたいなことを言い出され、わたしはますます怖気づいた。

 だが、びくびくしてはいられない。生きるか死ぬかがかかっているんだ。それに、これを乗り越えたらお手当もあるというわけで。

 わたしは息を飲んだ。


「中、真っ暗かな?」

『ご安心を。そう言う時のために、ほら!』


 と、バタ子はカチカチと目を光らせた。


『この光があれば、暗い所でも大丈夫。とはいえ、あまり遅くなると良くないわ。さ、早く行きましょ』


 明るい声でそう言われ、わたしは内心泣きながらも観念して頷いた。

 なに、このくらい。自分の未来には代えられない。


 進め、わたし。負けるな、わたし。

 震える心身に活を入れている間に、バタ子は手品でも披露するかのように鮮やかに玄関扉の施錠を解いてしまった。

 管理者の許可は頂いているという言葉を信じて、いざ行かん。


 だいぶ油の足りない音と共に扉は開かれた。文字通り目を光らせるバタ子に先導される形で中へと入っていくと、すぐさまわたしは寒気を感じてしまった。

 どうしてこんな事に。そんな言葉ばかりが頭を過ぎる。もしも、数時間前のわたしに会えるのならば、その石を拾うなと強く制したことだろう。

 しかし、時間は巻き戻らない。今はただ、心霊的な何かが起こらないことを祈りながら進むしかなかった。

 そして、だいぶ足を踏み入れた先で突然、バタ子の触覚がピコピコ音を立て始めた。


「ひゃっ!」

『おっと、どうやらハートが近くにあるみたい。気を付けて、たぶんそこの部屋の中!』

「あ、あのさ……バタ子」

『ん?』

「今回わたしがやる事って、誰にも寄生していないハートの回収だよね?」

『そうよ。新人怪獣にも安心のとても簡単なお仕事!』

「じゃあ、どうして気を付ける必要が?」


 恐る恐る訊ねると、バタ子は答えに詰まってしまった。

 詰まらないでほしかったところなのだが、結局、明確な返答はないまま、バタ子はわたしを先導する。


『細かい事は気にしない。ほら、ここの襖よ。オープンっ!』


 無責任なくらい元気よく促され、わたしは覚悟を決めた。決めるしかなかった。

 こうなったらさっさと終わらせて、笑顔で帰ろう。そんな思いと共に襖を思い切り開けてみれば、だだっ広い和室が目の前に広がった。

 外の光が差し込んでもなお暗い。心霊スポットだということを忘れたいのに思い出させてくるその雰囲気は、来るものを全力で拒む威圧感すらあった。本当に入っていいのだろうか。

 なんて思っていると、バタ子が瞬きでもするように目の光をぱちぱちとさせた。


『見て。床の間のところ。黄色く光る石が落ちているの、分かる?』


 バタ子に促されてみてみれば、確かにそれはあった。

 薄っすらと黄色く発光するその石。宝石のようで美しいが、あれが人に寄生する得体のしれない物体だと知ってしまった今となっては本当に触れて良いものか躊躇われる。

 怖気づくわたしにバタ子は言った。


『ほら、勇気を出して』

「でも、本当に触って大丈夫なの?」

『大丈夫よ。マナはもう寄生されちゃったもの。あれが寄生しようとしても、すでにいる赤い竜が追い出してくれるから大丈夫!』


 それって大丈夫なの?

 そう言いたい気持ちは大いにあったが、今のわたしの最大の目的はさっさと終わらせて笑顔で帰ることだ。深呼吸を一つしてから、勇気という勇気を振り絞って、わたしはその石に近づいていった。

 回収するだけ。回収するだけ。回収するだけ……。

 だが、手を伸ばし、その黄色い石に触れた瞬間、恐れていた通りの異変は起こってしまった。石が強く発光したかと思うと、ばりばりと音が鳴り、直後、腹部に衝撃が加わったのだ。


「う……うごっ──」


 自分のものとは思えない鈍くて重たい呻き声が和室に響き渡った。だが、それよりも混乱を生んだのは、初めて味わう類の痛みだった。


「あっ……これ……ちょっとやばいかも……意識が──」


 何かに貫かれている。お腹から背中まで何かが貫いている。薄れゆく視界の中で、わたしはじわじわとその正体を確認した。それは、黄色い石の中から伸びていた。槍、だろうか。電気を帯びた槍の先端のようなものが伸びて、わたしの身体を貫いている。

 終わった。


『しっかりして! 大丈夫。気をしっかり保てば意識は戻ってくるはず!』


 何を言っているのだろう。

 あ、もしかして、機械だから分からないのかな。

 腹部を貫かれることの意味が。


『マナ、しっかりして! 今のあなたは不死身なの!』


 不死身。

 そういえば、そんな事を藍さんが言っていた気がする。完全に聞き流してしまっていたけれど、まさか本当に?

 確かに、痛みでどうかなりそうだけれど、一向に意識を失う兆しはない。


『さあ、槍を握って。今のあなたなら死んだりしないから』


 バタ子に言われるままに、わたしは手を伸ばした。直視は出来ない。痛みは酷い。それでも、バタ子の言う事を今は信じて、体を貫いた槍を握り締めた。


『その調子よ。お次はあの剣を使ってみて。炎で目の前の石を思い切り叩くの。とにかくやってみて!』


 赤い竜の剣。

 壮絶な状況の中で、わたしはとにかく言われたままに動いた。炎の剣を抜き、現れたかどうか確認するまでもなく目の前の石を叩く。

 動きはかなり大雑把だった。仕方なかろう。この状況だ。いくらなんでも無茶苦茶だ。それでも、バタ子の言う通りに動いて間違いはなかった。剣にまとわりつく炎が石に当たった瞬間、甲高い獣の悲鳴があがったかと思うと、わたしを貫いていた電気の槍が灰となって消えてしまったのだ。


「ぶはぁっ」


 解放されて蹲りながら、わたしは咄嗟に腹部を触った。大怪我しているはずのその場所。今も流血しているはずのその場所。しかし、触ってみて、わたしは茫然とした。さっきまで傷は確かにあったはずだ。制服も破れてしまっていたはず。それなのに、触れた場所は何ともなかったのだ。血の跡すらない。


「あ、あれ?」

『さあさ、もたもたしている暇はないわ。これからが本番!』


 バタ子に言われ、わたしは気づいた。

 黄色い石から半透明の獣が抜け出してきた。霊体と呼ぶべきそれは、タヌキのような子犬のような姿をしている。


『怪獣の真の姿よ。昔、この国の人々はあれを雷獣と呼んでいたのだとか。安心して、マナ。あなたの炎ならとても簡単に倒せるわ』

「信じていいんだね……?」


 わたしはそう訊ねながらゆっくりと立ち上がった。

 見るからに半透明だが、剣が通用するのか。そんな疑問をいちいち口にするのは時間の無駄というもの。さっさと終わらせて、笑顔で帰るんだ。

 そんな思いと共に、わたしは雷獣とかいうその怪獣に襲い掛かった。


 直後に生じたのは、雷獣の小さな悲鳴と確かな手ごたえ。


 バタ子は嘘をついていなかった。

 雷獣の霊体は、わたしの剣にあっさりと切られ、あっさりと消えてしまった。それからは黄色い石もすっと大人しくなってしまい、辺りはしんと静まり返った。バタ子に促されるままに石を拾ってみても、静電気すら起きない。

 どうやら終わったらしい。簡単、かどうかはちょっと分からなかったけれど。

 ほっとしていると、バタ子が話しかけてきた。


『お疲れ様。いい仕事っぷりだったわ』

「ありがとう……でも、もう二度とやりたくないかも」


 うっかり本心を漏らしながら、わたしはまたしても雷獣に貫かれたはずの腹部に触れてみた。やっぱりそこには傷なんてなく、制服も破れていない。もしやあれは幻覚だったのだろうか。

 首をかしげるわたしにバタ子は言った。


『びっくりしたでしょう? これぞ、怪獣のハートの力。致命的な傷を負っても、ハートがそれをただちに回復してくれるってわけ。お洋服が直ったのはおまけってやつかな』

「おまけで直るものなんだ」


 しかし、正直ありがたかった。

 決して安いものでもない、買ったばかりの制服だもの。

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