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怪獣たちのハート  作者: ねこじゃ・じぇねこ
7章 長く生きた怪獣─10月
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2.十年ぶりの町

 考えてみれば、誰かに自分たちの町を案内するというのもあまりない事だった。特に観光スポットがあるわけでもない住宅街なので、どこをどう案内するのがベストなのかもわたしには見当がつかない。

 小雨ちゃんもそれは同じだったようで、迷いながら、そして若干の緊張を覚えながら、わたし達は乙女先輩と共に町をうろうろしていた。


「突然ごめんなさいね。久しぶりに時間が出来たから、町を見て回ろうって思ったのだけれど、何処に何があるのか、この十年ですっかり忘れちゃって。それに、私の記憶とはだいぶ変わってしまったみたいで……」


 乙女先輩はそんな事を言いながらきょろきょろ周囲を見渡していた。

 聞くところによれば、本当は今日もこれまでのように仕事に身を投じるつもりであったらしいのだが、さすがに連日連戦が続くのはよくないと黒百合隊長にストップをかけられ、暇になってしまったのだという。

 乙女先輩は不服だったようなのだけれど、そこに逆らうつもりもなく、かといって、やる事もなくてわたし達を頼ったというわけだ。


(熟練の怪獣と言っても体力や精神は消耗するものだ。乙女の中にいる古椿がどう思っているのかは分からぬがね)


 レッドドラゴン様がそう言うのなら、その通りなのだろう。

 ならば、いつも頑張っている大先輩のためにも、しっかり案内しようとは思うのだが、これがまた難しい。この短時間においても、少なくともわたしには案内ガイドの才能はないらしいことが身に沁みて分からされた。

 そして、何より不安なことは、乙女先輩がどんな感想を抱いているのかが全く読めないところだった。決して、仏頂面なわけではない。どちらかと言えば、にこにこ微笑んでいる。しかし、微笑んでいるから良いというわけでもない。不機嫌そうであるよりも朗らかなのはありがたいことだが、内心どう思っているのか一度疑問に思うと分からなくなってくる雰囲気が何故かあるのだ。

 いうなれば、感情を押し殺しているかのような。


「何かご希望とかありますか?」


 歩きながら、乙女先輩にそう訊ねたのは小雨ちゃんだった。


「今どうなっているか知りたい場所とか、行ってみたい場所とか、新しい場所とか……。お店だったり、景色だったり」

「そうですね。それなら、町の北側の商店街がどうなっているか見てみたいですね」


 乙女先輩の希望を聞いて、わたし達はふと顔を見合わせた。

 その場所は天狗たちのお屋敷から少し歩いた場所にある。もっとも、比較的広い町ではあるので栄えていた商店街はいくつかあった。しかしながら、“あった”と言ったように、過去のものとなっている場所も少なくない。今でも生き残っている店はあるけれど、わたし達が幼い頃のような賑わいはほぼなくなってしまっている。

 乙女先輩が言ったその場所もまた、今となっては過去の存在だった。

 連れて行った先にあるのは、シャッターが下りたままの廃墟と化した酒屋や八百屋、そして、店舗自体が新築アパートに変わってしまったかつてのスーパー跡地。他にも駐車場になっている場所や、住宅になっている場所など、色々だ。少し歩けば安さが売りの新しい大型ディスカウントストアが一件だけ建っている。


 ここが様々なお店で栄えた商店街だったことを、わたしや小雨ちゃんは辛うじて覚えている。しかし、あまりにも幼い頃だったので、その記憶もだいぶ薄らいでいる。古いスーパーマーケットの周囲に駄菓子屋や八百屋に魚屋、米屋に薬屋、肉屋、さまざまな品物が揃う商店や酒屋などが立ち並んでいたものの、それぞれ後継者の不在や経済的理由により閉店となって久しい。店自体がなくなっている場所もあれば、建物だけは残っている場所もあり、それがまたどことなく寂しさを生んでいる。

 その有様を、乙女先輩はじっと見つめていた。


「昔、この近くに住んでいた時期があったんです」


 しばらく眺めてから、乙女先輩はわたし達にそう言った。


「協力者の中にたまちゃんとイズナちゃんっているでしょう。あの子たちが怪獣になったばかりの頃、この辺りのマンションで暮らしていたのだけれど、その頃に天狗たちに従わない派閥の怪獣たちが接近しようとしていて、黒百合隊長に言われてわたしもあの二人と一緒にこの近くで暮らしていたんです」

「天狗たちに従わない派閥……それって……天子って人の事でしょうか?」


 小雨ちゃんが訊ねると、乙女先輩は静かに頷いた。


「この間、とうとう封印されたって聞きました。その戦いに、あなた達も参加して、ずいぶん活躍したのだと」

「か、活躍したかどうかは分かりませんけれど」


 口籠りながらそう言うと、乙女先輩はくすりと笑った。


「オロチをひたすら追いかけて、長くこの町を離れていた身としては、感謝してもしきれないくらいです」


 そして、ごく小さな声で乙女先輩は続けた。


「出来ればその戦いに私も参加したかった。彼女の死をこの目で見届けておきたかった」


 その独り言に対して、何と声を掛ければいいか迷っていると、乙女先輩の方から明るい声で語り出してくれた。


「天子とは古い仲だったんです。協力者だった時は一緒に戦ったし、敵対者になった後も話し合った事がある。ちょうどこの辺りで話したこともありました。景色や雰囲気は多少変わりましたが、今でも鮮明に思い出せる。場所はこの近くで、たまちゃんやイズナちゃんを勧誘しようとして来たから割り込む形で……。でも、天子には……彼女には彼女の考えがあったのでしょうね。そこが神出鬼没の透とはちょっと違う。怪獣としてどう生きるのが幸せなのかを本気で考えて、迷っているようでもありました。結果として、私たちは天狗たちの方針に従うことを選んだわけですが……あの時の事を思い出すと、こんな結果になったのは少し寂しい思いもあります」


 そう語る彼女の横顔が、わたしには妙に印象深かった。

 思えば、天子についてわたしが知っているのは天狗たちの語った姿でしかない。バタ子や黒百合隊長らの説明しか知らないままで、本人と直接話したわけではない。かといって、討伐が間違っていたわけではないだろう。しかし、実際に彼女を知る立場である乙女先輩の複雑な表情を見て、わたしは初めて気づいたのだ。あの戦いの場において、自分がまったく疑問を持たずに立ち向かえたということを。


(新人だからな。そういうものだろう)


 竜の声が頭の中で聞こえた。


(あの戦いにおいて、そなたは勿論、天狗たちも別に間違っていたなどと我は思わぬ。欲望と力、そして独善にすっかり溺れ、乗っ取られた九尾が支配する町をそなたが望んでいたのならばまた話は変わるけれどね)


 レッドドラゴン様が言うように、間違ってはなかったのだろう。それは分かるのだけれど、それはそれとして、わたしは少し不気味さを感じてしまったのだ。

 もやもやするのは何故だろう。

 深く考えようとすると、心にしこりのようなものが生まれ、気になって仕方ない。


(あまりごちゃごちゃ考えるのも良くないことだぞ)


 レッドドラゴン様に言われ、わたしは心の中で肯いた。

 今はいったん、しまっておこう。


「ごめんなさい、なんだか暗い話になってしまいましたね」


 乙女先輩はそう言って、わたし達に微笑みかけてきた。


「そうだ。せっかくだし、何処か新しく出来た場所も教えてくれませんか? あなた達のような今の若い人たちが親しむようなお店とか」


 それなら、思い当たる場所がいくつかある。

 どれも、わたしや小雨ちゃん、そして真昼ちゃんが行くような場所だ。

 小さなパン屋さんや少しお洒落な喫茶店。飲食も出来るスイーツ店などなど。思い当たる場所はいくつかあった。


「分かりました。じゃあ早速行きましょう」


 わたしが元気よくそう言うと、小雨ちゃんもそれに乗っかるように続けた。


「今日中に全部回る勢いで」


 そんなわたし達に、乙女先輩は笑みを深めてこう言った。


「ありがとう。時間の許す限り、お願いします」

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