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怪獣たちのハート  作者: ねこじゃ・じぇねこ
7章 長く生きた怪獣─10月
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1.秘密の特訓

 秋も深まり肌寒さを感じるようになった十月の上旬。

 夏休みの日々も遠ざかりつつあるここしばらく、わたしも小雨ちゃんも実に普通の高校生らしい日々を送っていた。

 というのも、怪獣としての仕事が全く回ってこないのだ。

 オロチは早々に退治されてしまったし、それ以外に暴走しそうな敵対怪獣も今はこの町の近くにいない。さらにこの町にポコポコ出現するハートの回収すら、わたし達の手を借りるまでもなく気づけば終わってしまっている。

 おかげさまでわたしは高校生らしく学校の勉強や趣味に時間を使うことが出来ていた。実に平和な一か月だった。

小雨ちゃんも同様だが、彼女はどこか退屈そうだ。ここ半年以上、怪獣として奔走してきただけに、普通の高校生活というものの刺激の足りなさを感じてしまうのかもしれない。かくいうわたしもちょっと気持ちは分かった。本当の本当に、何もしなくていいのだろうかと焦燥感ばかりを覚えてしまう。


(とはいえ仕事ないからの)


 レッドドラゴン様の言う通り、仕事はない。

 いつもならばわたしや小雨ちゃんの仕事になりそうなことを、たま先輩やイズナ先輩が片付けてしまっているからだ。では、これまで彼女たちがやっていた仕事を誰がしているのかといえば、乙女先輩であった。

 そもそもオロチ騒動だって乙女先輩がいたからこそ早期解決だったわけで、そんな彼女が戻ってきてこれまで通りであるはずもない。たま先輩にイズナ先輩が二人がかりでやっていたことを、乙女先輩がたった一人で易々とこなしてしまうものだから、天狗たちにも協力者たちにも余裕が出来てしまったわけだ。

 おかげでこの一か月。わたしは激痛を感じる機会とは無縁でいられている。この先、久しぶりにハート回収に駆り出された時にちゃんと動けるか心配になってしまうほどだ。


 けれど、何もしていないわけではない。ここ最近のわたしは、小雨ちゃんに誘われて稽古をするようにもなっていた。

 場所は町の外れにある林の中。仕事ないなぁと呑気に構えていたわたしとは違い、小雨ちゃんは非常に真面目に将来の事を考えていたらしい。

 乙女先輩だってロボットではない。分裂も出来ないし、怪獣ではあっても元は人間。神様などではないのだから、やれることには限界がある。いつ、どこでお声がかかってもいいようにするには、訓練が必要だという小雨ちゃんの意見に引っ張られる形で、わたしも怪獣としての訓練に身を投じていた。


 せっかくの暇をこれで潰すことに不満はなかった。わたしにとってこれは、進学を見据えた勉強と並行して勤しむ部活動のようなものだ。しかし、訓練は訓練。それも、多忙な天狗たちの手を借りることなく自主的にやっている練習である。そこに意味はあるのかと聞かれれば、わたしも小雨ちゃんも分からないと答えるしかない。

 わたし達の原動力。それは焦燥感なのだろう。乙女先輩という高すぎる目標が何でもやってしまい、天狗さまたちもすっかりそれに頼っている様子をここしばらく目の当たりにして、じわじわと感じてしまったのが自分自身の存在理由だった。


 人の役に立つ存在で居続けること。

 そのためにも、ただぼんやりと過ごしているだけではいけない。

 わたしは常々そう思っていた。


(焦る必要はない、と我は思う。だが、そなたが納得するのならそれでよい)


 レッドドラゴン様もそう言っていることだし、今日もまた放課後の特訓を始めよう。

 わたし達が勝手に訓練場にしている林の中は相変わらず人の気配がない。ちょっと歩けば住宅街だと言うのに、野生動物や野良猫やカラスの姿すら見かけないのはいささか不気味だが、思いっきり暴れるのにはちょうどいい。

 そう、最近のわたし達の訓練は少々過激だった。小雨ちゃんの希望でもなければ、わたしの希望でもない。ただ自然にそうなっていったのだ。


「じゃあ、始めようか」


 わたしがそう言うと、わたしも小雨ちゃんも本来ならば敵対怪獣や回収すべきハートに向ける剣を、お互いに向けあう。その後は、会話もせずに訓練が始まった。迷うことなく小雨ちゃんは向かってくる。それを防ぎつつ反撃しなければならない。

 初めのうちは抵抗があった。仲の良い幼馴染を傷つけてしまわないかと怖れるのは当然のことだ。通常ならば訓練は飽く迄も訓練。相手に怪我をさせないこともまた当然のことだ。

 しかし、今のわたし達はただの人間ではないし、これは普通の訓練ではない。小雨ちゃんはいつも容赦なく襲ってくるし、それを防ぐためにわたしの方も釣られて行動が乱暴になっていく。いつの間にかわたし達の訓練は、相手が怪我をしないかという配慮すら忘れてしまうほどに、荒々しいものになっていた。


 とはいえ、わたしも小雨ちゃんも怪獣になってまだ一年も経っていない。

 本気で行くとお互いに約束していたとしても、見つめ合ってしまえば、その身体を躊躇いなく切りつけるなんてことは難しい。その証拠に、いつもならば迷いなく使える炎をこの訓練でわたしは常に封印してしまっている。どうせ死にはしないと分かっていても、自分の炎に包まれる幼馴染の姿なんて見たくなかったからだ。


「力がこもってないわね。少し休む?」


 剣をぶつけ合ってしばらく。小雨ちゃんのそんなひと言で、わたしはようやく緊張を解いた。剣を手放すと解放感で身体が浮いてしまいそうなまでに手が疲れていた。気のせいだろうか。この訓練は実戦よりもだいぶ疲労がたまるようにすら思えてならない。


「今日はこのくらいにしておかない?」


 わたしがそう言うと、小雨ちゃんは愚かな人間に呆れた猫のような目でわたしを見上げてきた。


「マナは休んでいて、あとは一人でやるから」

「で、でも、小雨ちゃん。明日も学校だし、あまり無理をしないほうが……」

「別に大丈夫。疲れたりしないもの。だってわたしは怪獣だもの」


 そう言って、小雨ちゃんはぷいとそっぽを向いてしまった。

 疲れたりしない。そんな事を小雨ちゃんは言うけれど、本当だろうか。確かに、わたしもハートに寄生される前と今では比べ物にならないほど体力があるように思える。滅多な事では死なない身体なんてものも、ただの人間にはないものだ。

 けれど、忘れてはならないこともある。それは、怪獣もまた生き物であるということだ。食べ物は食べるし睡眠も必要だ。当然ながら、休息だって必要のはずではないか。


(メガセリオン。我が旧友はどう思っておるのやら)


 竜の声が聞こえてくる。

 レッドドラゴン様も心配しているのだろうか。

 いずれにせよ、わたしは少し小雨ちゃんのことが心配になった。しかし、かけるべき言葉がすぐに出てこない。それだけ、わたしの気が利かないという事でもあるし、それだけ小雨ちゃんが本気で声をかける隙すらないという事でもある。

 だが、そんなこの場において、一瞬にして場を支配する者は突如現れた。


「お疲れ様、ずいぶんと頑張っていますね」


 優しく穏やかな印象の口調ながら、そのたった一言で、小雨ちゃんの動きは止まった。

 わたしもまた驚いてしまった。そこにいたのは、天狗でもなければ、神出鬼没の透でもない。先輩怪獣の一人であり、わたしや小雨ちゃんが焦り気味な要因の人物──乙女先輩がいつのまにか近くに立っていたのだ。


「乙女先輩……」


 その名を呼ぶと、乙女先輩は妖艶な微笑みを浮かべながら言った。


「バタ子に教えてもらったのです。たぶん、ここで稽古をしているだろうって」

「私たちに……何か?」


 小雨ちゃんは剣を捨て、深刻な表情で訊ねた。その様子にわたしもまたピリッとした緊張を覚えた。けれど、乙女先輩の様子は始終穏やかだった。


「そうですね。用事というか、お願いがあってきました。と言っても、忙しかったら、また今度でいいのだけれど」


 お願い。その言葉にわたしと小雨ちゃんは顔を見合わせた。

 他ならぬ乙女先輩のお陰で人手が足りているこの状況において、わざわざ新人怪獣のわたし達にお願いっていうのは何だろう。天子、そしてオロチの件を思い出しながら、わたしは恐る恐る乙女先輩に訊ねた。


「お願いって……何でしょうか?」


 すると、乙女先輩は目を細めて静かに言った。


「この町を案内していただきたいの」

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