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怪獣たちのハート  作者: ねこじゃ・じぇねこ
1章 赤い竜のマナ─4月
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2.協力か死か

 バタ子に連れられてわたしが向かったのは、町はずれの小高い丘に建つお洒落な一軒家だった。あまり来たことないその場所は、大変見晴らしがよかった。

 特に印象深いのは、東側に見える湾とその向こうに聳える火山の姿だ。わたしたちの暮らす地域のシンボルでもあるその山は、今日も元気に噴火している。

 さて、それはともかくとして、バタ子が屋敷のインターホンに体当たりをすると、程なくして中から二人の少女が現れた。年齢は小学生くらいだろうか。赤い服と黄色い服を着た彼女らは、どちらも目を見張るほどの美少女だった。


『ただいま、林檎、それに蜜柑。隊長はいる?』


 バタ子が声をかけると、二人の少女は顔を見合わせた。そして、口々にこう答えた。


「隊長は珍しくお留守。お外で皆と打ち合わせだって」

「代わりに藍姉さんがお留守番中」


 二人の返事にバタ子は身体を傾けた。


『うーん、藍かぁ。むしろちょうどいいわ』

「呼んでくる?」


 赤い服の少女──恐らくこっちが林檎ちゃんだろう──が訊ねると、バタ子は『ううん』と返事をし、わたしの背後に回り、背中をぐいぐい押してきた。


『こっちから会いに行く。ほら、マナ。早くこっちに来て』

「えっ、あっ、はい……!」


 戸惑いながらわたしは歩いた。歩かされたといった方が正しい。林檎ちゃんと蜜柑ちゃんに見上げられ、やや緊張しながら屋敷の中へと入っていった。

 中は外観と同じく小奇麗にしてあった。突然お邪魔するのは気が引けるが、何故か命がかかっているとなれば是非もない。バタ子に言われるまま、そして林檎と蜜柑に無邪気に導かれるままに、わたしはその藍とかいう人物の待つ部屋へと進んでいった。


「ここだよ!」

「藍姉さん、お客さんだよ!」


 林檎ちゃんと蜜柑ちゃんが慌ただしく入っていったその場所は、書斎のような部屋だった。大きな本棚が並び、机が一つにパソコンが一台。座っていたのは青いワンピースに身を包む女性。彼女もまた、驚くほど美しかった。

 だが、美しいだけじゃない。彼女に見つめられ、わたしはさらに緊張してしまった。初対面だったからというだけではない。彼女に見つめられると、危機感や不安、威圧感といったものがこみ上げてきて、心臓がちくりとしたのだ。

 藍姉さん。そう呼ばれたその女性は、しばらくじっとこちらを見つめてきた。そして、少しだけ目を細めると、ようやく口を開いた。


「林檎、蜜柑、ありがとう。遊んでらっしゃい」


 その優しい声に、二人は元気よく返事をして、あっという間に立ち去ってしまった。

 扉がバタリと閉められると、その女性──藍さんは静かに言った。


「バタ子、その子が……さっきの報告の子ね」

『ええ、詳細は報告の通り。ばっちりこの目で見たから間違いないわ。寄生されたてほやほやの赤ちゃんドラゴン。まあ、あなたなら証拠を出さなくても何となく分かるんじゃないかしら』


 バタ子がそう言うと、藍さんは小さく頷いてからこちらに向かって言った。


「マナだったわね。そこに座って」


 言われた先には椅子がある。大人しく言われたとおりに椅子に座ると、藍さんは少しだけほっとしたように微笑み、そしてすぐに真顔になった。


「ここに連れられてきた理由は分かる?」


 問いかけられて、わたしは俯いてしまった。


「えっと、な、なんか……わたしの生死が決まるとか言われたんですけど……正直、何のことかよく分からなくて」

「そうでしょうね。でも、そのままの意味よ」


 そう言って、藍さんは椅子から立ち上がった。

 ゆっくりとこちらに近づくと、彼女は静かに言った。


「バタ子からもう聞いたと思うけれど、今のあなたには不思議な力が宿っている。剣を出してみて」


 何のことかすぐに理解し、わたしは再び見えない剣を抜いた。

 心なしか道端で初めてやらされたあの時よりも、スムーズにそれは現れた。

 赤い竜の剣と言われたその剣。手放すとすぐに消えるらしいその剣を、わたしはまじまじと見つめてしまった。これは夢なのではないか。そのくらい、現実味のない光景だった。

 藍さんはしばらく剣を見つめると、溜息交じりに頷いた。


「もういいわ。手放して」


 言われたとおりに手放すと、剣は灰となって消え去った。

 わたしは剣の消えた場所を見つめたまま、恐る恐る藍さんに訊ねた。


「これって……何なんですか?」

「赤い竜の剣。レッドドラゴンの牙とも呼ばれる炎の剣よ」


 そう言って、藍さんは本棚に向かって歩き出した。


「赤い竜は何千年も前に世界の西側を炎で支配しようとした恐ろしい怪獣のこと。戦いの果てに有翼の戦士たちに討伐され、封印されたのだけれど、その後も何度か人間の体に寄生して、復活しようとしてきた。そして今はあなたの体の中にいる。赤い石に触れた、あなたの心臓の中に」

「わたしの……?」


 呟きつつ、わたしは恐る恐る自分の胸元に触れた。

 心臓がどくどくと音を立てている。その中にドラゴンがいるなんて信じられるはずもない。しかし、実際に剣は出せるのだ。おかしな力が宿っている事、そして、その力のせいで、とんでもない選択を突きつけられていることは確かだった。


「あの……わたし、このままだとどうなっちゃうんですか?」


 すると、藍さんは一つの本を取り出してから、こちらをふり返った。どこか冷めたような表情に感じるのは気のせいだろうか。ともかく、藍さんはとてもクールに言ってのけた。


「このままだと、いつかあなたは竜そのものになる。けれど、それがいつになるかは分からない。明日かもしれないし、千年後かもしれない。いずれにせよ、その時あなたは人類の敵として世界に存在することになるでしょう」


 それは、あまりにも絶望的で、現実味のない断言だった。

 受け止めきれずに茫然とするわたしわたしの前に藍さんは一冊の本を置いた。開かれていたページには、古い竜の絵に文章が添えられている。


「ここに記されているのが赤い竜に寄生された者の記録よ。その当時、怪物に成り果てたその人間を討伐したという青い翼の戦士の証言が元になっているわ」


 読むように促され、わたしは静かに目を通した。


〈その者の眼光は鋭く、感情の暴走と共に炎もまた熱くなっていった。咆哮は次第に人のものではなくなり、輪郭が歪むと体まで溶けだして、見る見るうちに古き伝承にあった血のように赤い鱗を持つ竜そのものの姿へと変わっていった。竜は再びこの世界を燃やすと宣う。そこにはもはや我々に友好的だった人間の面影はなく、私がハートを貫くその瞬間まで、世界を滅ぼさんと暴れまわった〉


「ハート?」


 その言葉を繰り返すと、バタ子が近くに寄ってきた。


『ハートっていうのは、あなたが拾った石のこと。今、あなたの心臓で輝き続けるその石は、怪物の魂みたいなものなの。気に入った人間に寄生し、超人的な力を与えて長い時間をかけて融合していくの』

「超人的な力って、さっきの剣とか?」


 わたしの問いに、今度は藍さんが答えた。


「武器だけじゃないわ。寄生されたことで、あなたは不死身となった。この先、何人たりともあなたを殺すことは出来ない。老いることもないし、寿命もない。そんなあなたを殺せる者がいるとすれば、あなたに寄生したそのハートを正確に貫ける者だけ」


 そして、藍さんはわたしの目をじっと覗き込んできた。


「その一人が私なの。赤い竜の炎を消し去る水の力を持つこの私なら、死ねないあなたをいつでも殺すことができる」


 ぞくりとした。

 威圧感の正体はこれなのだろうか。脅しでもなんでもなく、この人は、今すぐにでもわたしの命を奪いそうな顔をしていた。

 きっと気のせいなんかじゃない。わたしの返答次第では、この場で殺されてしまうかもしれない。

 嫌な汗をかきながら、わたしはどうにか藍さんに訊ねた。


「あなたは……あなた達は、何者なんですか?」


 すると、藍さんは静かに答えた。


「私は怪獣を監視する者の一人。青い翼を持つ者の一人」


 そう言った瞬間、藍さんの背中に言った通りの青い翼が現れた。

 青く染めた白鳥のような翼。見事なその姿にわたしは目を奪われてしまった。

 不思議だった。初めて見るはずの非現実的な姿なのに、昔見た事があるようなそんな感覚に陥ってしまう。わたしが見たのだろうか。

 それとも、と、わたしはそっと左胸に触れた。ここに何かいるのなら、その何かの記憶なのだろうか。

 息を飲むわたしの目を見つめたまま、藍さんは語り続けた。


「私たちの名称はたくさんある。女神と呼ぶ地域もあれば、天使と呼ぶ地域もある。けれど、この国での名称はずっと変わらない。私たちはいつも天狗と呼ばれてきた。怪獣から人々の世界を守る天狗様と」


 わたしは呆気にとられたまま藍さんを見つめた。


 人々の世界を守る。そんな存在に、わたしは警戒されている。

 返答次第で、わたしの生死は決まる。

 淡々と状況を理解していきながら、わたしは震えを感じ始めた。

 このままだと、わたしは怪獣になってしまうのか。


「わたしは……どうしたらいいんですか?」


 真っすぐ藍さんに視線を返しながら訊ねると、彼女は少しだけ目を細めてから頷いた。


「なるべく長生きしたいか、そうでないかで決まるわ」

「出来れば……長生きしたいです」

「そう。それなら協力して。あなたに宿る竜の力を私たちに貸してほしい。その強大な力を、この町の人々を守るために使うと約束して欲しいの」


 藍さんは言った。


 それは、あまり悩む必要のない依頼でもあった。

 わたしは今や人類の敵になり得る存在。そんなものに成り果てても尚、人々の役に立てるかもしれない。そのことは、わたしにとって……まだ人間のままでいたいわたしにとって、非常に受け入れやすい取引だった。


「分かりました」


 だからこそだろう、返答にもまた迷いは生じなかった。


「わたし、協力します!」

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