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怪獣たちのハート  作者: ねこじゃ・じぇねこ
5章 楽しい夏休み─8月
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1.夏休みを楽しみたい

 立秋とは名ばかりの八月半ば。南国らしい厳しい日差しの下で、わたしは汗だくになりながら歩いていた。

 向かっているのは天狗たちのお屋敷である。ただし、お仕事などではない。天子が討伐されてこの一か月ほど、わたしの仕事はめっきり減った。

 時たまハートは目覚めるものだし、その度に身を削る捨て身の回収劇はあったものの、一学期の間のように学校生活との両立もないせいか、随分と楽であった。


 それに、天子のような強大な敵がいないという事が影響しているのだろう。

 すっかり解放された白蓮様および月夜先輩がこの町の端から端へと駆け回るお陰で、わたしのような新人の仕事は本当に少なくなってしまった。

 これが平和というもの。そして、普通の女子高生というもの。しかし、決して暇になったわけではなかった。わたしとしては何も予定がないならば、クーラーの利いた部屋で一日中まったり過ごしたい気持ちが強かったものの、それを許さない存在がいたのだ。

 小雨ちゃん、ではない。その従妹である真昼ちゃんだった。


(で? 今日も真昼とげーせんか?)


 頭の中で呆れたようなレッドドラゴン様の声が響く。

 そりゃ呆れるよね。だって、夏休みが始まって以来、わたしも小雨ちゃんも真昼ちゃんに連れ回されて、昔ながらのゲームセンターにばかり行っているのだもの。

 封印すべき敵対者がいない場合、聖獣というものは随分と暇になるらしい。真昼ちゃん以外の四人がどのように過ごしているのかは知らないけれど、少なくとも真昼ちゃんに限っては毎日が退屈と言わんばかりだった。

 きっと月夜先輩──真昼ちゃんのお姉さんが忙しくて寂しいということもあるのだろう。わたしや小雨ちゃんが暇であっても、強くて頼りになる月夜先輩は何かと駆り出されているようだから。


 それに、同情も少しあった。

 真昼ちゃんの誕生日は七月七日。七夕の日だったのだが、天子の討伐騒動のせいでろくにお祝いも出来なかった。それどころかプレゼントすら用意できず、渡せたのは夏休みに入ってからのことだったのだ。

 その分の取り返しもかねて、わたしや小雨ちゃんは付き合い続け、プールに行ったりゲーセンに行ったり、図書館に行ったりゲーセンに行ったり、カラオケに行ったりゲーセンに行ったり、美術館に行ったりゲーセンに行ったり、ゲーセンに行ったりゲーセンに行ったりした。


(後半げーせんしか行っとらんじゃないか)


 レッドドラゴン様のツッコミが冴え渡る。その通り、ここ一週間ほどは誘われる度にゲーセンにしか行っていない。

 真昼ちゃんの希望でもあるが、それでよしとしているのはわたし達であることもまた間違いない。あとはゲーセンついでにカラオケに行ったり、ファミレスに行ったりしたくらいだろうか。

 なんだかキラキラした青春の夏休みとは程遠い気がするが、一応、プールに行った日もあるのでそれなりに過ごせている……はずだ。


(まあ、ふぁみれすは毎日でも良いのだが)


 肉料理食べられるからね。

 さすがに毎日はしんどいけれど。

 それに、前のようにあまりじゃんじゃんとお金は使えない。最近は仕事が舞い込まない都合上、わたしもだいぶけち臭くなっている。頭の中でブーブー文句を言われながらも、澄まし顔で百円以上安い別のメニューを選ぶ図太さが身についてきた。

 これもレッドドラゴン様のお陰。肉体だけでなく精神も打たれ強くならなくては。


(我はただ、ちーずいんはんばーぐか、さいころすてーきが食べたいだけなのだ)


 ほらきた。

 うっかり美味しいものを知ってしまうとこれだ。

 月夜先輩のようにばりばり稼げる怪獣になるまでは、あまり贅沢なんてしない方がよさそうだ。


(むう、げーせんではあんなに金をつぎ込むくせに)


 それはそれ。これはこれ。

 しかし、確かにこれもまた目をそらしてはいけない話でもある。真昼ちゃんに誘われて何となく来たはずのゲーセンにおいてわたしは、ついついムキになってしまう瞬間がある。

 リズムゲームやレースゲームなどは勿論、クレーンゲームのように景品があるようなものは、景品がとれるまで粘りたくなってしまう瞬間がある。

 自分ではあまり自覚したことなかったのだけれど、わたしは自分で思っているよりも頑固で負けず嫌いなのかもしれない。

 お陰で自宅の部屋はぬいぐるみを始めとしたグッズだらけだ。欲しいものはだいぶ揃っている。家に帰り、それらコレクションを眺め、すっかり満足して冷静になった時にいつも思うのだ。

 たとえ実年齢が二十歳をこえたとしても、わたしはギャンブルに手を出さない方がいいかもしれない、と。


(どうでもいいが、肉料理を食べられる分だけは残しておくのだぞ)


 うん。レッドドラゴン様のためにも心得ておこう。

 さて、それはそれとして、この夏休みの間、ずっと真昼ちゃんに振り回されてきたわけだが、実を言うと相当楽しかったりもする。お金のかかることは慎まねばと反省するのだが、それと同時にお金なんてかけなくとも──たとえば、公園などでまったりと三人で過ごしているだけでも充実した時間が過ごせたからだ。

 それは、小雨ちゃんと二人きりでも同じだったが、二人より三人。真昼ちゃんの明るさと強引さが、わたし達には良い刺激となっていた。

 気づいたら真昼ちゃんもわたしにとってはかけがえのない友達になっていた。


(で? 今日も真昼とげーせんなわけか)


 レッドドラゴン様が再び呆れた声を漏らす。

 確かに、これから向かうところは真昼ちゃんのいるところだ。しかし、驚かないでほしい。今日向かう先は、ゲーセンでは──ない。


(お? じゃあ、ふぁみれすか?)


 姿は見えぬが目をキラキラさせているドラゴンのイメージがわたしの頭の中に浮かぶ。

 しかし、申し訳ない。ファミレスでも、ないんだ。


(そっか。ほんなら、おやすみ)


 って、おい。

 ツッコミもむなしく、レッドドラゴン様は冷たくそう言い放ち、気配もまたすっと遠ざかっていった。

 しょうがないな。おやすみ。


 だが、まあ今日の予定はレッドドラゴン様が起きていてもつまらないかもしれない。わたしも少しだけ気が重かったりもするし、楽しむ予定ではないのでしんどい。

 何故なら、今日の予定は遊びなどではなく、さすがに無視できなくなってきた夏休みの課題を消化するための集会なのだから。


「はあ……いくら何でも課題出し過ぎじゃない?」


 興味を失ったレッドドラゴン様は返事をしない。わたしの愚痴は夏の日差しの中に溶けていくだけ。どれだけ文句を言うと課題の数が減るわけではない。それでも愚痴らずにはいられなかったし、愚痴ったところで自業自得でもあると分かっていた。

 真昼ちゃんに何度も駆り出されていたのは事実だが、課題を終わらせるタイミングはいくらでもあった。あったはずなのだが、その貴重な時間をわたしは無駄に消費してしまっていたのだ。漫画を読んだり、小説を読んだり、テレビを見たり、ネットを見たり、ゲームをしたり、ラジオを聞いたり、その繰り返しだ。

 全く不思議なものだよ。自分の部屋ってどうしてあんなに集中できないのだろう。


「愚痴っても仕方ないか」


 ため息を吐きながら、向かう先は天狗たちのお屋敷である。図書館でも良かったし、誰かの家でも良かったわけだけれど、気が散るくらいならここでやったらどうかな、と、翠さんが黒百合隊長に掛け合ってくれたのだ。

 優しい。とても優しい。優しいだけに気が引き締まる。せっかくの気遣いを無駄にしてはならない。出来るだけ早く課題が終わるように集中しなければ。

 炎天下の中を歩き続けてたどり着いたお屋敷で、そんな決意を胸にわたしはいつものようにドアホンを押した。しばらくして屋敷から出迎えてくれたのは、いつもの無邪気なあの二人──ではなく、気怠そうに出てきて腕を組む藍さんだった。

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