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怪獣たちのハート  作者: ねこじゃ・じぇねこ
4章 九尾の狐─7月
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3.化け狐退治

 太陽がすっかり身を潜めた時刻。外をうろつくような時間ではない。優等生というわけでもないけれど、不良というわけでもないわたしとしては、家で大人しくしていたい時間でもあるわけだけれど、断って帰るという選択はどうやらないらしい。

 わたしはバタ子に誘われるままに山林を歩き、そして、たどり着く場所が裁きの聖域と呼ばれる異次元の結界だ。常識では考えられない不思議な力によって開かれるその場所は、霧に包まれていて殆ど何も見えなかった。

 ここにいる間も時間は淀みなく進んでいくという。その言葉通り、空を見上げるとそこには霧がなく、雲一つない星空と聖域の外よりも見事な月が輝いていた。


『捕まった天子はきっとどうにか逃げ出そうと暴れるでしょう。どうやったら逃げられるのかは、かつて仲間だった彼女ならよく知っているわ。白蓮様が戻って来るまでの間が勝負と言ってもいいわね』


 それはつまり、再びこの空に太陽が昇る時間までということ。

 さすがにそんな時間まで帰らなければ心配されそうなものなのだが。


『大丈夫。家族に心配されることはないわ。あなたの帰りが明日の昼頃になったとしても、結界の外の人々はあなた達がいないことに気づかない』

「それってどういうこと?」

『機械蝶々の技術とでも言いましょうか』


 答えになっていない気もするが、ともかく今はいよいよやってきた大仕事に身を投じるしかないだろう。

 大人しくバタ子に連れられて歩いていくと、次第に霧が晴れていく。見えてきたのは神社の境内のような風景と、見慣れない巨大な物体だった。角のある竜と馬の間のような姿をした巨大なからくり人形だった。

 異様なその姿にしばらく目を奪われていると、バタ子がそっと教えてくれた。


『あれは麒麟よ。足元におりんがいるでしょう』


 バタ子の言う通り、麒麟のすぐ傍におりんは立っていた。麒麟に生えている角と同じようなデザインの杖を手にし、地面に突き立てていた。

 おりんのすぐ傍で鉄砲のような武器を手にしているのは銀という天使。その名の通り銀色の翼を持つ彼女は、鳥を模したお面越しに周囲を睨みつけていた。そして、彼らの傍で剣を構え、警戒しているのは小雨ちゃんだった。

 恐らくあの場所は地属性で固められているのだろう。


(うむ、その通り。そして、我らの持ち場は後ろのようじゃの)


 レッドドラゴン様の言葉を聞いて、わたしはすぐさま振り向いた。いつの間にか、バタ子と共に歩んできた道はなくなっており、背後には見慣れぬ空間が広がっていた。

 代わりに見えたのは、麒麟のからくり人形によく似た巨大な物体。赤い鳥を模しているその人形が孔雀のような翼を広げて、こちらを睨みつけていた。

 よく見ると、鳥の頭の上に誰かがいる。


『あれは朱雀。頭の上にいるのはカザンよ』


 バタ子が教えてくれた。


『朱雀は南を守る聖獣。炎の羽根を弓矢のように飛ばすの。林檎ちゃんがもう少し大きくなったら、あの場所を守ってもらうことになるわ。でも、今はいないから、カザンと二人きりで頑張ってもらうことになるわね』


 二人だけ。そう思うとなかなか気が重い。


『とにかく、まずはカザンの所に行って。そこでカザンから指示があるはずだから、その通りに動くといいわ』

「わ、分かった……」


 どうにか頷くと、バタ子は「説明は以上よ。じゃあグッドラック」という軽い挨拶と共にどこかへ飛んでいってしまった。

 マジか。出来ればずっと一緒に居て貰いたかった。


(あの機械蝶々は怪獣全体を見なきゃならないからの。心配するな。我がついておる)


 そ、そうだ。わたしにはレッドドラゴン様が一緒だ。

 がくがくしながらわたしは朱雀の元を目指して歩いて行った。睨みを聞かせる作り物の鳥の眼差しはなかなか不気味で威圧的なのだが、それでもどうにか近づいていくと、朱雀の人形が突然その首をさげてきた。

 頭が地上に近づいてくるその動きに怯んでいると、鶏冠にしがみつきながらカザンが大声で呼びかけてきた。


「よお、来たな新人! えっと、マナだっけ?」

「あ、はい。よろしくお願いしま──」

「さっそくだけどよぉ、ここはオレ一人で大丈夫だ。今回、マナにはオレに出来ねえことをやってもらいたい」

「出来ない事?」

「ああ、ここを動けないオレの代わりに、月夜を手伝ってやってほしいんだ。九尾の属性は金。金は炎に弱い。攻める人数が多ければ多いほど、奴もろくに抵抗できねえはずだ!」

「分かりました。それで、月夜さんたちはどこに……?」

「あっちだ!」


 カザンがそう言うなり朱雀のからくり人形が再び動き出した。カザンが弓を引くと、朱雀の人形も翼を広げる。そしてカザンが矢を射ると同時に、朱雀の人形の羽根が物凄いスピードで飛んでいった。

 その動きを茫然と目で追っていると、カザンの大声がわたしの背中を押した。


「マナ、行けぇっ!」

「は、はい!」


 慌てて矢の飛んでいった方向に走っていくと、頭の中で竜の声が響いた。


(実に豪快な鳥だなぁ。相棒よ、場所が分からずとも心配はいらぬぞ。我ならば、敵の位置も分かる。だから、迷わず走れ)


 頼もしい言葉にさらに背中を押され、わたしは無心で走っていった。

 方角は、先ほど小雨ちゃんたちがいた麒麟の場所から少し外れた辺り。目印となるのは、青い竜を模したからくり人形だった。

 あれはきっと青龍だろう。青龍に向かって進んでいるらしい。


(青龍の属性は木だ。金属性の九尾にとって絶好の相手。樹木を斧が伐り倒すがごとく青龍を壊して逃げるつもりなんだろう)


 それならば急がないと。全速力で走り続けていると、いつの間にかわたしの隣を別の誰かが走っていた。


「小雨ちゃん!」

「おりんに言われて向かっているの。銀様も一緒よ」


 見上げてみれば、銀色の翼を広げて飛ぶ天狗の姿が見えた。手には鉄砲。睨みつける先は一つ。彼女を目印に進めば間違いないだろう。


「すでに月夜姉さんが戦っているわ。急ぎましょう」


 そう言って、小雨ちゃんは風のようにかけていった。

 彼女に置いて行かれないように必死になってついて行くと、やっと青龍の全身が見えてきた。巨大な竜の頭の上から睨みつけているのは竜子。彼女が手を向けると青い花びらのような手裏剣が地上に降り注ぐ。そして、青龍の足元では軽く挨拶したことのあるベテラン怪獣のイズナ先輩が鎌を構えていた。イズナ先輩がその鎌を振りかぶると、つむじ風が起こった。そしてそのつむじ風に勢いをつけるのが、天狗である翠さんの団扇だった。

 手裏剣とつむじ風が狙うのはただ一人。天子だ。けれど攻撃が当たるよりも先に、天子の姿は大きく歪んだ。


 現れたのは大きな狐。黄金の体を持つ、巨大な九尾の狐だった。

 あれが、怪獣。


(ふむ、すでに身も心も堕ちておったか。言っておくが、あれもまた間違いというわけではないぞ。ただ人間社会の価値観とは大きくずれるだけのこと)


 それがいけないから、封印されることになってしまうわけだ。

 わたしも、小雨ちゃんも、いつかああなってしまうのだろうか。


(そうかもしれないが、それはもっと先の事。今考えるべき事じゃない)


 レッドドラゴン様のお叱りで、わたしはハッとした。

 天子が狙うのは青龍のみ。後ろは無警戒だ。ならば好都合。そう言わんばかりに斬りかかっていくのが小雨ちゃんだった。さらに空中からは銀様が鉄砲を向ける。後れを取るわけにはいかなかった。

 だが、天子の方も侮れなかった。銀様の銃弾が当たるより少し早く、天子は黄金の尾を大きく振り払い、弾を弾いてしまったのだ。ギロリと睨みつけるその目が小雨ちゃんの姿を捉える。危ないと分かった時にはもう遅かった。


「小雨ちゃん!」

(恐れるな。そなたらは不死身だ)


 そうだとしても、分かっていても、わたしは焦ってしまった。友達が大怪我する光景を黙って受け入れられるほど、わたしはまだ人間をやめられていないのだろう。

 それでも、わたしの足では間に合いそうにない。血の気が引く瞬間が訪れようとしていた。そんな時だった。

 闇夜を震わせるような遠吠えがどこからともなく聞こえてきた。直後、空を切り裂くようなスピードで、人型の何かが跳躍し、流れ星のように天子の巨大な身体に体当たりをした。怯んだ天子が態勢を立て直すよりさきに、その何かは華麗に着地し、小雨ちゃんの身体を抱きかかえてわたしのいる場所へと退避してきた。


 間近で見るその姿はまさに異形だった。

 赤く目を光らせる猛獣。いかにも獰猛な山犬の表情で、常に敵を睨みつけている。しかし、体は大きすぎず、せいぜい背の高い女性という程度。伸びた鬣もまた女性の髪形のようだった。それが何者なのか、わたしが理解するより先に猛獣の方が口を開いた。


「援護を頼むよ、レッドドラゴン」


 月夜先輩。その声はだが、何者かの声と被って二重に聞こえる。

 犬神のハートによって狼人間のようにすっかり姿を変えてしまった彼女は、人型の魔物のように身構えた。捕獲までにも散々戦ってきただろう彼女は、ちっとも疲れを見せることなく天子に向かって飛び掛かっていった。

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