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怪獣たちのハート  作者: ねこじゃ・じぇねこ
4章 九尾の狐─7月
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2.昼夜の捕獲作戦

 結局、バタ子の説明会が終わった後も、天子を捕まえたという朗報が飛び込んでくることはなかった。日も暮れかけているとのことで、わたしと小雨ちゃんは一時的に帰宅することになり、天狗たちのお屋敷を後にした。

 帰り道の途中で小雨ちゃんと別れ、真っすぐ帰宅するつもりだったのだが、気づけばわたしは家までの道のりを外れに外れて、呼び寄せられるようにある場所を目指していた。

 そこは、町の外れにある山林に近い場所。ここずっと天狗様たちと天子が戦い続けている辺りを一望できる丘の上だった。

 

 小雨ちゃんといつも語らう眺めの丘と比べると、木々が生い茂っているせいもあってか薄暗くて気味が悪い場所でもある。昔ならばあまり立ち入らない方がいいと注意されることもあったが、怪獣となってしまった今のわたしは不審者など怖くはない。怖い事があるとすれば、この山林の中で繰り広げられているはずの戦いの行方だった。

 しばらく眺めていると、山林の中から白い何かが飛び立つのが見えた。人型の鳥。天使のようなフォルム。目を凝らさずとも、天狗の一人であることがわたしにはよく分かった。


 白蓮だ。

 彼女が向かう先は、恐らく先ほどまでわたしがいたお屋敷だろう。


(日はとっくに暮れているがしばらく粘ったようだな。焦っているのかもしれない)


 竜の言葉を聞きながら、わたしはしばらく白蓮の背中を目で追った。

 わたしの目には、はっきりと見えるあの姿も、殆ど全ての人の目には見えなくなっているという。それだけ秘密裏に繰り広げられるこの戦いに身を投じるのは、やっぱり怖いと思ってしまった。

 と、その時、反対側から犬の遠吠えが聞こえてきた。

 その声に釣られて視線を向けると、空を飛ぶように跳躍する不思議な生き物の姿が目に移った。二足歩行の狐のような何か。あるいは、犬だろうか。


(あれは犬神だ。犬神に憑かれ、姿の変わった人間と言った方が良いかの)


 犬神。その言葉で思い出した。

 ならば、あれは真昼ちゃんのお姉さん──月夜先輩だ。実際に会ったことは一度だけある。と言っても、あまり会話は出来なかった。夜通し戦った後だったらしい月夜先輩はくたくたで、今にも眠ってしまいそうだったのだ。

 だがこれだけは断言できる。わたしが会った月夜先輩はあんな姿をしていなかった。ごく普通の人間の女性。真昼ちゃんに少し似た綺麗な印象のお姉さんだったはず。

 あれが憑依型のハートってやつなのか。


(うむ。武器を授けるのが面倒なんだろうな。確かにあれなら多大な力を貸せるからの。しかしな、良い事ばかりでもない。強すぎる力は負担にもなる。酷使し続けるのも、我はどうかと思うがの)


 レッドドラゴン様の言葉に、わたしは口を閉ざしてしまった。

 月夜先輩だってこの町を守るために戦っているはずなのだ。そして、真昼ちゃんはそんなお姉さんを支えたくて聖獣になった。

 その気持ちを思うと、いかに相棒とはいえ賛同できなかった。


「それだけ必死なんだよ。それに、追い詰めてはいるんでしょう?」

(ああ、相当追い詰めているようだ。あの機械蝶々が言っていた通り、時間の問題だろう)


 それなら、きっと大丈夫。

 この町は守られるはずだ。

 そう強く思った時のことだった。突如、風向きが変わったかと思うと、さっきまで全く感じなかった背後から急に視線を感じたのだ。

 慌てて振り返ってみて、さらに驚いてしまった。

 そこにいたのは、覚えのある人物だったのだ。かなり久しぶりに目にした彼女。山羊の角を持つ、異形の女。

 透という名前で呼ばれる人物が、そこにいた。


「久しぶりだね、マナ」


 話しかけられて、わたしはとっさに口を閉じた。

 会話してはいけない。バタ子にも、天狗たちにも言われたことだ。しかし、強い態度で追い返すほどの勇気がなく、わたしはただただ彼女を見つめ、突っ立っていることしか出来なかった。

 透はというと、全く気にせずに言葉を続けた。


「赤い竜と自由自在に話せていたね。おめでとう。君は着実に、偉大な存在へと近づいている。だが、だからこそ、君には今一度、深く考えて貰いたい。あれをどう思うのか」


 そう言って、透は戦いが起こっているだろう場所を指差した。

 ここからは何も見えない。それでも、彼女が指し示している先に、天子がいることはよく分かった。

 彼女と会話をしてはいけない。

 あれだけ分かっていたはずなのに、わたしは思わず答えてしまった。


「天子さんを放っておくと、この町がおかしくなってしまう。そんなのは嫌なんです。だから、わたしは天狗様たちを支持します」


 精一杯の強気の口調でそう言うと、透は目を細めて手を下ろした。


「そうか。それが君の答えならばそれもいいだろう。その上で、君にはあらゆる選択を教えておこう。天狗たちの選択だけが唯一の答えではないのだ。悪に転じた化け狐から愛する故郷を守りたいならば、君は君として、新たな竜神となって戦えばいい。天狗たちに付き合わず、独自の立場を守るという道もあるのだよ」


 独自の立場。

 笑い飛ばそうと思ったのも束の間、頭の中で竜は意外な反応を見せた。


(確かに奴の言う事も間違ってはおらんな)


 間違ってない?


(ああ、我には力がある。気に食わない相手をなぎ倒すだけの力が。その力をそなたが真の意味で受け入れるならば、我らは天狗たちの顔色を窺う事もなく、この町を自分たちの力で守る事が出来るのだ)

「でも、それって敵対怪獣になるってことじゃないの?」


 思わず口で呟くと、透は小さく笑ってから答えた。


「敵対怪獣になる。果たしてそれは悪い事なのか。天狗たちにとってみれば、確かに怖い存在だろう。それこそ、天子のように封印したくなるほどに。しかし、それは本当に悪いことと言えるのか。天狗たちの方が間違っていないとどうして言える」


 わたしは、黙ってしまった。

 一理ある、と思っているわけではない。透の言葉をはねのけたかったし、何かしら言い返したかったのだ。しかし、言い返す言葉が見つからず、黙っていることしか出来なかったのだ。

 それでも、わたしの立場は揺るがなかった。

 だって、今のわたしには天狗様たちに従う理由はあれども、逆らう理由なんてどこにもなかったからだ。


「わたしは……わたしの望む未来があるんです」


 どうにか見つけた言葉を口にし、わたしはそっぽを向いた。


「そのためにも、天狗様たちを支持し続けます」


 わたしの望む未来。それは、これからも今までのように暮らし続けることだ。

 何しろわたしは怪獣になったばかり。不老不死が何たるかも分かっていない。家に戻れば家族がいるし、学校に行けばクラスメイトや教師がいる。怪獣になってしまって変わったことはいっぱいあったけれど、変わっていないことは数えてみればそれ以上に多い。教室の片隅がわたしの居場所であることから分かる通り、輝かしい青春の日々を送っているわけでもなかったし、これからもそれは変わらないだろう。何でもない日常が続いてきたと同じだけ、これからも続いていくだけ。

 それでも、わたしはこの日常を壊したいほど恨んではいなかった。恨んでいない以上、平穏な日々を守ろうとする天狗たちに逆らう理由なんて、どこにもない。


 それに、わたしには共に生きていきたい相手がいる。

 小雨ちゃん。かけがえのない友人の存在は、それだけわたしには大きかった。

 彼女と生きる未来を願うならば、尚更、この町はこの町であり続けて欲しい。その為にも、町に怪しい影をおとす天子のことは放っておけない。


(それがそなたの想いならば、我もそれを支持する他ない。相棒よ、そなたの信じる道を歩め。我はそれを間近で見守ろう)


 レッドドラゴン様の言葉が頭の中で響いた。

 人生を共に歩む怪獣のお墨付きだ。一気に自信が宿り、わたしは透を睨むことが出来た。一方で透の方は澄まし顔を一つも歪めずに口を開いた。


「良いだろう。君の果実はまだ青い。熟すまでには相当時間がかかるだろう。その上で、君に一つ予言をしておこう。将来、君は必ず天狗たちの方針に疑問を持つはずだ。その時は、私の名前を思い出すがいい」


 そう言って、透は突然姿を消してしまった。

 後に残されたのはわたしだけ。誰もいないその場所は、さっきまで山羊の角を持つ女がいたことなんて忘れてしまったかのように静まり返っていた。

 気味の悪さと気分の悪い余韻を忘れようと顔を背け、再び山林へと視線を向けたその時、わたしはすぐに異変を感じた。

 妙に静かだ。


(ふむ……これは)


 頭の中で竜が言いかけたその時、不意にわたしの真横にバタ子がワープしてきた。


『こんな所にいたのね!』

「バタ子、もしかして……」


 さっきまで天狗たちが戦っていた辺りを指差すと、バタ子は力強く頷いた。


『ええ、天子を捕獲したの。封印の準備が出来たのよ!』

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