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怪獣たちのハート  作者: ねこじゃ・じぇねこ
3章 聖獣たちの集い─6月
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2.聖獣と呼ばれる者

 天狗たちのお屋敷には、すでに小雨ちゃんの姿もあった。けれど、雑談もままならないうちに約束の時間は来てしまい、わたし達はまとめて大部屋へと案内された。せっかく持ってきた渡したい物の件も後回しになりそうだ。

 それはともかく、今日のお仕事はどうやらいつもとだいぶ違うらしい。通された部屋に集まっているのは真昼ちゃんを含むよく知らない五名もの少女たちだった。おそらく全員が、わたしと同じ年頃だろう。そして、天狗ではないとわたしの怪獣としての直感が伝えてくる。ならば彼女たちは、恐らく真昼ちゃんと同じ存在。


「紹介します」


 そう言ったのは、この場を取り仕切る黒百合隊長だった。今日も機械蝶々のフウ子を肩に乗せ、椅子に座ったまま、彼女はわたし達を交互に見つめた。


「こちらは新人怪獣のマナ。小雨と対になる赤い竜を宿す協力者です」


 黒百合隊長はまず真昼ちゃんたちに向かってそう言った。

 そして、次にわたしへと目を向けると、穏やかな声で続けた。


「マナ、こちらは私たちの頼れる助っ人たちです。特にここにいる五名についてはあなたも覚えておいて。おりん、そして皆、自己紹介をお願いします」


 黒百合隊長がそう言うと、おりんと呼ばれた少女が頷いた。

 何処となく小雨ちゃんに似た雰囲気の少女だが、だいぶ落ち着いている。見た目からはよく分からないが、恐らく年上なのだろう。

 そして印象的なのはもう一つ。おりんの近くには見知らぬ機械蝶々が飛んでいた。黒百合隊長の肩に止まるフウ子でもなければ、わたしと小雨ちゃんの間にいるバタ子でもない。美しい水色の翅を持つ、初めて目にする機械蝶々だった。

 おりんは優しい眼差しでわたしを見つめ、にこりと微笑んだ。


「はじめまして、マナさん。おりんと申します。わたくしを含めたここにいる五名は、あなたや小雨さんと同じようにハートを宿し、不老不死と特別な力を授かった者です」


 しかし、と、おりんはそっと目を伏せた。


「あなた方とわたくし共は少し違います。怪獣たちに選ばれたあなた方と違い、わたくしたちは自らこの運命を手にしたのです。やむを得ない事情があって、明日の生活のため、単なる好奇心、或いは大切な人のため……さまざまな背景と共に、わたくし共は天狗様の管理される特別なハートを宿したのです」

「特別なハート?」


 思わず聞き返すと、おりんは目を細めた。穏やかで眩い微笑みだが、どこか緊張感を覚える眼差しでもある。天狗とは違うプレッシャーが彼らにはあった。


「わたくし共に宿るのは、世を乱す怪獣ではありません。いただいたのは、聖獣と呼ばれるハート。その力を駆使し、わたくし共は天狗の治世に逆らう悪しき怪獣たちを封印すべく作られた、善なる獣なのです」


 ──聖獣?


 心の中で繰り返すと、わたしの中で小さな声が聞こえてきた。


(うむ、時と状況次第で我らの味方にも敵にもなる奴らだ。つまりはここで天狗と呼ばれるあやつらの手駒ってことだな。分かったか、相棒よ)


 よく分かんない。


(マジか。まあ、そのうち分かるから気にするな)


 一蓮托生のはずの相棒に説明をあっさり諦められてしまった。なんか悲しい。

 そんなわたしの気持ちは置き去りに、おりんの話は続く。


「わたくしに宿るのは、『麒麟』と呼ばれる聖獣のハートです。敵対怪獣と戦う天狗様たちをサポートしています。そして、これより紹介する他の聖獣たちの長でもあります。以後、お見知りおきを」


 そう言うと、おりんは隣に立つ別の少女へと目を向けた。

 まるでくノ一のような一つ結びが印象的な、いかにも活発そうなその少女は、おりんの視線に頷き返すと威勢のいい声をあげた。


「オレはカザンだ。変わった名前だろ。本当は違う名前だったんだが、お前もカザンで覚えておくれ。『朱雀』と呼ばれるハートの持ち主でな、お前と同じ炎使いだから、これから先はきっと何度も協力することになる。よろしくな!」


 カザンが元気よく言い終えると、隣にいた少女がすぐに続いた。三つ編みポニーテールが特徴的なその少女は、実にクールな様子で自己紹介を始めた。


「私は竜子。同じ年頃に見えるでしょうけれど、ちょうどあなたや小雨さんが生まれた頃に『青龍』のハートを授かって今に至るわ。もしかしたら色々とお世話になる事があるかもしれないけれど、とにかくよろしくね」


 生まれた頃あたり。その言葉にハッとした。つまり、おりんもカザンもわたしと同じ年代生まれとは限らない。ともすれば、わたしのお祖母ちゃんやさらにその昔の先祖でもおかしくない時代に生まれた可能性だってある。

 そう思うと不思議な感覚に陥った。


「次はわたしね」


 そう言って立ち上がったのは、お団子ヘアが可愛い少女だった。


「わたしは鈴。十四歳の時に『玄武』のハートをいただいて以来、この町を守り続けているの。本当の年齢は……ごめんね、忘れちゃった。直接関わることは少ないかもしれないけれど、仲良くしてくれたら嬉しいな」


 実にのほほんとした様子で鈴はそう言った。

 最後に残ったのは真昼ちゃんだ。うずうずとしながら待っていた彼女は、軽く咳払いをしてからカザンに負けず劣らず元気な声をあげた。


「そんでアタシは真昼。えへへ、さっきはありがとうね、マナ。もう知っての通り、そこで借りてきた猫のようにぶすっとしている小雨の従妹だ。アタシに宿るのは『白虎』のハート。武器はカッコいい手甲爪ってやつなんだ」


 にしし、と笑ってから、真昼ちゃんはふと何かに気づいたように笑みを引っ込めた。


「ところでさ、マナ、聖獣たちが具体的にどうやって天狗様たちをサポートするのかちゃんと知っている?」


 急に訊ねられ、わたしは戸惑いつつ首を振った。

 すると真昼は苦笑いを浮かべた。


「だよな。これは多分、実際に観てみないと分かんないと思う。チュートリアルを読むより実際にプレイして覚えるってやつ。ってことで……今からあの場所にマナも連れてくんだよな?」


 真昼ちゃんがそう言うと、おりんは答える代わりに頭を抱えた。そんな彼女の気持ちを代弁するように、彼女に付き添っていた水色の翅の機械蝶々が声を発した。


『そうなんだけど、肝心のターゲットがまだ捕まりそうにないのですって。だから、今日のところは、マナさんたちに今回のターゲットについて詳しく知ってもらうことにしたの』


 そう言って、その機械蝶々はわたしと小雨ちゃんの前へと飛び出してきた。

 バタ子よりも少し大きい彼女は、見るからに珍しい蝶を模している。ステンドグラスのように黒で縁取られた特徴的な水色の翅は、地元のニュースで何度か見たことがあるような気がする。確か、アサギマダラだっただろうか。

 種類はともかく、性格はどうやらバタ子よりもだいぶ大人しいらしい。

 黒百合隊長の傍にくっついてほとんど話そうとしないフウ子といい、本来の機械蝶々はこんな感じなのかもしれない。だとしたら、バタ子とは大違いだ。

 さて、そんな水色の機械蝶々は、改めてわたし達に目を向けた。正確には、目の位置にある小型カメラだ。


『申し遅れたわね。わたしはチョウ子っていいます。聖獣たちの連絡係が主な仕事なのだけど、今回のように大物を敵にする際は、とても大切な役目を担っているの。それが、裁きの聖域と呼ばれる結界づくり。ここにいる聖獣たちは、その四方と中央を守ることで、封印対象の怪獣を閉じ込めることが出来るの』


 結界。閉じ込める。

 今、わたしは生まれてこの方遊んだことのある全てのゲーム作品の知識を脳内図書館から引っ張り出し、全身全霊で想像力を働かせて、話について行こうとしていた。

 そんなわたしを手助けするように、チョウ子は壁に向かって目を光らせた。空気を読んだフウ子がパタパタと飛んでいって部屋の明かりを落とすと、壁にはどこかの地図が映し出されていた。

 どこかの神社やお寺の境内のような、そんな場所の地図だった。


『町を荒らす悪しき怪獣たちは、どうにかして捕えて裁きの聖域という結界の中に閉じ込めるの。その中は一般の人は立ち入れないし、見ることも出来ない。だから、天狗たちも人々の目を気にすることなく思う存分戦うことが出来るの』


 チョウ子はそう言いながら、瞬きをする。すると、地図にスタンプが表示された。怪獣らしきスタンプが、天狗らしきスタンプに囲まれていた。


『もちろん、怪獣たちは黙って封印されてくれたりはしないわ。だから、何度も結界から逃げ出そうと試みる。そんな時、中央と四方を守るのが聖獣たちなの』


 チョウ子が再び瞬きすると、地図の四方と中央に、五体の獣たちのスタンプが押された。北に亀、南に鳥、西に虎、東に竜、そして中央に角の生えた獣。それらがターゲットらしき怪獣のマークを取り囲んでいる。


『逆に言えば、彼女たちが倒されれば結界は破れ、怪獣はまた外へと逃げてしまう。だから、聖獣たちの護衛が常に必要なの』


 つまり、その護衛というのが。


(我らというわけだな)


 何故か得意げに竜が言うと、何かを感じ取ったのかスライドを見ていたおりんが、わたしの方をちらりと見つめてきた。


「やっていただけますでしょうか」


 お淑やかだが強みを感じるその声に、わたしは素直に頷いた。


「わたしに出来るのなら」


 すると、おりんはホッとしたように微笑んだ。


「よかった」


 フウ子が再び電気をつけ、辺りが急に明るくなった。


「では、ターゲットについても説明させていただきますが……それについては現地で」


 現地。それが意味するものがよく分からないままに、わたしは小雨ちゃん共々おりんたちに連行されていくこととなった。

 どうやらアレを渡すのは、もう少し先の事になりそうだ。

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