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怪獣たちのハート  作者: ねこじゃ・じぇねこ
1章 赤い竜のマナ─4月
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1.そしてわたしは怪獣になった

 桜舞い散る四月の夕暮れ。

 新生活も始まるこの爽やかな季節に、わたしは一人寂しく帰宅していた。

 今年からは高校生。花の女子高生という言葉もあるが、己の性格からして誰もが予想するような和気あいあいとしたスクールライフは期待できない。

 とはいえ、不安はあまりなかった。何故なら同じ高校、同じクラスに小学校中学校と共に歩んできた幼馴染の小雨ちゃんがいたからだ。


 黒髪ロング姫カット。誰が見ても整っていると頷くだろう美少女の彼女とは、何故だかずっと気があった。

 お互いにクラスのムードメーカーになるようなタイプの人間ではないけれど、教室の隅でそれなりに楽しい時間を過ごせる仲。

 そういう友が一人でもいるならば、この新生活も怖くない……はずだったのに。


「小雨ちゃん、今日もどこに行っちゃったんだろう」


 どことなく憂鬱なのは、寂しさを感じる夕焼け空のせいではない。同じ方向に帰るはずの小雨ちゃんがいないからだった。部活を始めたというわけではない。バイトをしているというわけでもないらしい。

 ならば、恋人でも出来たのだろうか。だとしても、秘密にされているのは何故だろう。


「明日は思い切って聞いてみようかな」


 この心の靄を一瞬で晴らすにはそれしかない。全ては明日に託し、今はただお家に帰ろう。ぼんやりそう思いながら、歩き続けていた。靴のつま先に何かが当たったのは、その時のことだった。

 小石か何かだと思いつつ、わたしはただ何となく視線を落とした。

 そして、発見したのだ。赤く光る不思議な宝石を。


「なんだろう、これ」


 引き寄せられるように屈み、何の警戒もなく手を伸ばす。そして、指先がその宝石に触れた瞬間、静電気のような刺激が発生した。


「痛っ!」


 驚いて手を引っ込めた弾みだろうか、気づけば赤い宝石はどこにもなかった。


「あれ?」


 恐らく、転がっていってしまったのだろう。この時はそう考えていた。周辺を見渡しても見つからないとなれば、きっと側溝にでも落ちてしまったのだろう。

 ぼんやりと立ち尽くしたまま、わたしはまたしてもため息を吐いた。


「まあ、仕方ないか」


 言葉にならない何となくの憂鬱さに、また別の何となくの憂鬱さが重なってしまった。今日はついてない日なのかもしれない。こういう日はすぐに帰って、ゆっくり過ごした方がいいかもしれない。

 わたしはそんな事を考え、再び歩き出した。

 と、その時だった。あまり前をよく見ないで進もうとしたわたしの鼻先に、謎の物体がぶつかったのは。


『はい、ストップ!』

「ぎゃっ!」


 突然の声に驚き、体が凍り付いてしまった。

 落ち着いて目の前を見てみるも、そこにあったのは混乱をさらに深める光景だった。


 わたしの行く手を阻むのは一匹の蝶々。アゲハ蝶のような見た目をしているが、考えるまでもなく偽物の蝶々だった。機械であるのは間違いない。

 だが、よくできている。半透明の翅は美しく、体は本物の蝶のようにリアルだった。よく見れば小型カメラも付いているようで、その機会の蝶はパタパタと飛びながらわたしをじっと見つめていた。そして、恐らくスピーカーもついている。さっきした若い女性の声もそれだろう。


 さて、そこまで把握できたところで解決しない大きな疑問がある。

 これは一体、何だろう。


『突然ゴメンね! 脅かしちゃったかな? 怪しい者とかじゃないんで、安心してちょ。お時間とらせないから、少しだけお話聞いてくれるかな?』


 いいとも、と元気よく答えたくなるところだが、怪しさの塊でしかないこの物体の誘いに乗る道理なんてあるだろうか。いやない。


「わたし時間ない今すぐ帰る」


 何故か片言になりながら、わたしは足早に去ろうとした。

 だが、相手は食い下がってきた。


『オッケイ! じゃ、移動しながらお話するわ』


 なんとついてきたのだ。これはまずいと思いながら、出来るだけ相手をせずにわたしは歩き続けた。だが、このまま真っすぐ家に帰れば特定されてしまう。どうしたものか。どうしたらいいのだろう。防犯のプロならどうするのだろう。

 色々なことが頭の中を巡っている間、機械の蝶々はベラベラと喋り続けた。


『まずは自己紹介から行きましょうか。アタシはバタ子。見ての通り、機械の体を持つ蝶々なの。こう見えて六千年前から起動し続けているんだけど、一度も壊れたことがないのが自慢なの。まあ、それはいいとして、今回、アタシが話しかけたのは、他でもないあなたにしか出来ないお仕事を依頼したからで……ってちょっと!』


 とそこで、バタ子と名乗った機械蝶々はすっと飛んでわたしの行く手を再び阻んだ。

 そして──。


『ちょっと、マナ! 少しは聞いてくれる?』


 ひと言も口に出していない、わたしの名を呼んだのだった。

 突然の事態にわたしは目を丸くした。もしや、名札を外し忘れていただろうかと見渡すも、名前が分かるようなものは身に着けていない。

 ならば、このバタ子とやらは一体。

 怯えていると、バタ子はこちらの表情に気づいたと見えて、慌てて弁明した。


『ああ、ゴメン。また驚かせちゃったわね。アタシたち機械蝶々はこの町に暮らしている人のことがすぐに分かるの。でも、犯罪とか悪事とかに巻き込むつもりはないから、そこはお願い信じて。あなたにとってもメリットのある話のはずだから』

「ど、どういうこと?」


 とうとうわたしは訊ねてしまった。

 明らかに怪しいし、詐欺の臭いしかしないのだけれど、あまりにもぐいぐい来るからついつい引っ張られてしまったのだ。


『ずばり聞くけど、あなた今、赤い石を拾ったわね?』


 ぎくり。

 とりあえず、嘘を吐いても利点はなさそうだ。大人しく頷くことにした。


「ひ、拾ったけど、盗んだりはしてないよ。……落としちゃったみたいで」


 最後だけは小声になってしまった。

 バタ子はふむふむと相槌を打つと、取り調べ中の刑事か何かのようにぐいとわたしの目の前に迫ってきた。


『落とした。はたしてそうかしら』


 思わぬ指摘に身構えてしまった。

 よもや疑っているわけではあるまいかと。


「どういう意味?」


 やや強めに訊ね返すと、バタ子は軽く笑って答えた。


『別に疑っているわけじゃないの。でもね、マナ。たぶん、あなたは勘違いをしているわ。その石だけど、落としちゃったわけじゃない。ここにちゃんとあるんだから』


 そう言って、バタ子は急にわたしの胸元へと近寄ってきた。

 途端に、わたしの体には変化が訪れた。胸元が炎でも灯ったかのように熱くなり、赤い光が仄かに見えたのだ。

 あまりの非現実的展開に、わたしは惚けてしまった。


「え……なにこれ」

『ほら、間違いない。マナ、説明は後よ。ちょっと利き手をお出しなさい。そして、剣を抜くみたいな……とにかくそんなパントマイムをしてみて』


 突然のリクエストにわたしは酷く動揺した。

 何故、このわたしがそんなリクエストに答えなきゃならないのだろう。何かのドッキリだろうか。悪質な誰かがカメラ越しに此方を見て陰で笑っているのだろうか。

 だとしたらすごく怖い。


 だが、そうは言っても、相手はこちらの名前も知っているような人物。仕方ない。とりあえず、従うだけ従って、隙を見て逃げた方がいいだろう。

 見えない剣を抜くパントマイムとは、と思いつつ、仕方なく映画やドラマ、ゲームや漫画、アニメなどで目にした殺陣を真似してみる。

 我ながら何をしているのだろうと思いつつ。

 

 けれど、そんなわたしの目の前で、それは起こったのだった。


 最初に見えたのは炎だった。メラメラと燃えるそれは幻覚でも何でもない。確かに熱かった。

 そして、何も握っていなかったはずのわたしの手には、突如現れた剣の柄が収まっている。

 炎はその剣の刃にまとわりついていた。


「え……」


 あり得ないことが、起こった。

 間違いなく、自分自身が出したものにわたしは混乱していた。


『ひゅう、久々に見る赤い竜の剣は、やっぱカッケェぜ!』


 バタ子がテンション高めに感想を述べている。

 わたしは訳が分からないまま、ただその燃える剣を見つめていた。


「え……赤い竜の……ん?」


 何もかもが分からないわたしに、バタ子はさらに追い打ちをかけてきた。


『さ、そろそろ本題に移りましょう。マナ、大切なお誘いだから、よく聞いて。ついさっき、あなたの心臓は怪獣──レッドドラゴンとか赤い竜とか呼ばれる者に寄生されちゃいました。今日よりあなたは人間社会を乱しかねない要注意人物として、天狗たちに監視されることとなります』

「えっ……えっ?」


 矢継ぎ早の説明に、わたしの心はハチの巣にされていく。

 しかし、バタ子は容赦ない。


『あなたの答え次第で、天狗の判断──つまりあなたの生死が決まります。これからもなるべく長生きしたいのなら、あたしと一緒についてきて』


 バタ子の目が……正確に言えばその目についた小型カメラがわたしを真っすぐ見つめている。

 きっとわたしのあほ面も綺麗に撮れていることだろう。


 よく分からない。

 よく分からないけれど、生死がかかっているらしい。

 ならば断れるはずもなく、わたしは黙って頷いた。

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