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血の機構  作者: みーむあーる
Prologue Number.33
2/6

Ep.1.回帰




『ダメだ、洞窟は……行き止まりだ』



 スキャナーの地図を見ながら私は答えた。6000フィートは先の安全地帯まで、遮蔽も何もない場所を移動する事が決定した瞬間だった。皆口々に、行かなくていいじゃないかと意見を出した、私もその意見には賛成だった。


 暫くの時間が経って、恐怖と混乱が落ち着いてきた頃に私達は空腹に見舞われることに気づいた、そんな事に気づくのに時間がかかったのは相当の混乱と恐怖が場に支配していたからに思える。手遅れになる前に、いくべきだ。私は愚進し、管理官は承諾した。

 作戦はあったが、幼稚園児でも考えらそうな程にはシンプルだった。散開しながら走る。それだけだった。まだ時計が壊れていなかった頃、私は時刻を確認しながら合図を出す為にカウントダウンを口にしていた。



「3……2……1………」



 先鋒は私だった。それなりの勇気を要したが、1600人程の職員の中から私が死ぬ確率などの低いと決めつけた。それは、あまりにも小さな精神安定剤で効果は微量だった。

 若干ながらの防御魔法を身体にかけて走り出した。あれが防御魔法を貫通する自信しかなかった。撃たれたら、気付かず死ぬのだろうな。そんな当たり前となった常識を再確認しながら最後の遮蔽を抜ける。同時に、三色の煙幕があたりに蔓延する。残りは6発だった、一番の遠回りをしなければならない私にとって少ない弾数だった。



「ラスト……っ」それは自分に言い聞かせる為に言った言葉だった。



 まだ私は死んでいない。しかし、精神安定剤ももうなかった。ただ走るしかない。右前方が光り輝く、反射的だったがそちらを見た。中央で黒く変色した人型の何かがあった。それだけじゃない、横を見ると同僚達の姿が忽然と消えていた。無音の悪夢に近しい、いやここは地獄か。

 人命がそこらへんの塵芥同然の如く消えていく、これは意味のない死だ。無意味な死だ。しかしそれを無意味だからと言って私達に何かができるわけでも、何か意味を持たせる事もできない。ただただ、無意味でありただただ残酷だ。


 ………何故、連続で放たない。光線は連続して撃てないのか?強力過ぎるからか?それとも愉しんでいるのか。わからないがそれは朗報だった。


 機構に入って、ジョークのような存在と何度も対面したし、見てきた。最高クラスの怪物を見た時は冗談だよと笑い飛ばして欲しかった。これはその程度ではなかった、何故これらの怪物をアルカナムは発見できなかったのだろうか、後ろを見てみろと、機動部隊に向けて叫びたくなった、あれはなんだ、ジョークであるべき存在だろう。


 七度目の光線。確実に誰かを焼いた。


 遥か遠くから雄叫びが聞こえた、何らかの怪物の魂の咆哮だった。


 

「そうだ」



 私は意識を現実に戻した。その発見は決定的だったからだ。


 怪物の咆哮の後、光線は放たれたか?答えはノーだ、放たれていない。倒された?それとも蜘蛛が仲介したのか?



「ファートン、あなたで最後よ」



 声に反応して立ち上がる。私は今、あの鳥がいないんじゃないかという僅かな希望に賭けている。

 

 

 





 彼女は今のところ、 いやここ数年は実体には遭遇していない。キャストウットには詳しい説明を与えなかったが、最も強い言葉を用いて彼らに近付かないように警告した。それはよろしくない判断だった事を後に悟ったが後の祭りだった。クラス5が向かっている、状況的には全焼した家を消火しただけで元に戻せと言っている様なもので、久し振りに暴言を吐いた。【00-0】は確実に侵されている。それが事態を急速に加速させる、ライフは1つも残っていなかった。無限にリスポーンできるわけではないのだ。


 彼女は臨時キャンプに入り、包装された食べ物や飲み水と一緒に、安物の腕時計を掠めた。日付機能が付いていた。今日は四月十七日、月曜日。昼過ぎの時間帯だ。


 時間は進み続けている。何処かの視点を借りれば、全て事実だ。実際に起こっていることだ。永遠に近しいほど侵食し失ってきた過去が証明され綻びは、想定外のガランドヴィリアという形で現れた。




*




 想定外だったとして、実際に起こっていることだとして、それがどうした?世界は侵食されていた、もしかしたらあの時もそうだったのかもしれない、その上でイレギュラーとして私があり、失ったシナリオの一つだったのかもしれない。何千回の思考はそれを否定したが、考えられずにはいられなかった。


 今となっては、何が起こっているかは明らかだ。ランネノイドを含む、誰の目を以てしても。疾うに世界は彼の手の中だった、弁解の必要を持たなかった。他にどんな在り方が考えられる?偽ったところで何になるのか、今更何が敵対するというのか。それは眼前に存在していて、ランネノイドに見えている。全ての意識ある者に見えている。全ての場所で、全ての者に対し起こっている。他の認識を得ることは物理的に不可能だ。


 現状は、考えられる最悪のシナリオだ。急ぐ理由は無い。終末を刻む時計も、最後の瞬間も無い。最後の瞬間は何年も前のことだった。斥けるべき敵は存在しない。これが終局で、人類文明が到達し得る最も洗練された形だ。これが、以後数百万年に亘る人類の姿だ。


 機構の敵はそこに立っていた。怪物のように、平然と、無関心に。


 長らく自分の思考の中に閉じこもっていたランネノイドにとって、他に考えるべきことは少ない。彼女は眉を顰め、長い瞬きを行い、もう一度その場所を見て、今まで見ていなかったものの存在に気付いた。


 救世主はそこに立っていた。一人の人間のように。



「管理官!」







 リクト値が大幅に下がったことによって、断片的ながら本当の世界が見え始めていた。雲一つない快晴、心地よい風、木々のざわめきなど存在せず、地獄に入る直前のような光景だった、色彩が極端に失われていたが、それを見ても尚、『此処は草原』だと認識する。見えているのではない、そう認識しろと上位存在が、さながら神とでも定義しようか。神が私の脳を変えているようだった。


 それによって、私の感情から恐怖は取り除かれるようになっていた。



「管理官、此処は………何処だ?」



 それは心の底からの疑問だったが、管理官は思考を走らせているようで聞こえている様子はなかった。肩を叩くが、一点を見つめ続けていた。


 管理官ではなく、他の職員とこの環境を雑談でもしようと思い何気なく足を進めた。ああ……そうだその前に水でも飲むか。



 「……………………」一切の言葉を出すことが禁じられたかの様に、虚無感と絶望が押し寄せる。幻覚、夢か、趣味の悪いジョークか。右を見て、左を見て、上を見て……そして前を見た。あたり一帯が更地になっている、上を見て真っ暗だった事を知る。周囲に誰もいない、管理官は何かを考えている。肩を揺らた、最初は片手で数秒経つと両手で肩を揺らした。



「………まさか…」



 少々の睨みを効かせた眼で管理官は私を見据えるとハンカチを取り出した。


 管理官は私の眼を見据えて独り言の様に呟く、焦点が一瞬ぶれると眼鏡を外した。それは眼鏡の曇りを吹くための物だったが、私は初めて管理官が眼鏡をつけていた事を認識した。いや、服もだ、白ではない、灰色の服だった掠れた文字でVen……、五文字で文字が書かれていた。魔杖スタッフは持っておらず、代わりに何かを持っていた。



「貴方、見えない?此処にあったはずのものが」



「………見え、ません」



 重厚感ある音だった、認識ができぬ間に私は倒れ伏していた。硝煙が管理官が持つ物の先端から出ていた、両手で対に存在する何かを狙っていた。ゆらゆらと空間内に人型の淵の様に浮かび上がる、高級な光学迷彩の様な……光学迷彩とは何だ?だめだ、駄目だ。おかしくなっている。



「逃げなさい、また危険になったらその眼鏡をつけて」



 何も言わずに立ち上がり、逃げ出した。訳が分からなかった。


 此処はガランドヴィリアだ、緑の大地だ。視界がぼやける。汗すらでていないのに拭う様な仕草を思わずした、右手を見る。それは私の知っている右手ではなく機械じみた、弾力もなく、力を入れているのにそれを目視することは叶わない。


 建物であったはずの場所から出る、誰かがそこにいた。上半身が人間の様で、下半身は金属型の……『怪邸』のように見える。



「ファートンか」



「…………カートか」それは、眼での認識を逸脱した本能からの理解だった。彼は錆びた剣を抜いた。ならない首を鳴らし、要らない涙を流した。



「殺すのか」








 ファートンは一般職員だったが博士号を持つほどには賢く、スクールで下位グループにいるほどには才能がなかった。仇となった、実態がある数少ない人間だったが、彼が言葉を発した時点で無意味な行為を重ねきたのだなと過去の自分を蔑んだ。しかし、あれが帰還後に承認を得る最善の手段だった事に変わりはない、今の環境に慣れすぎていた、心の中で見下しつつも表面上は対等を装っていたが為に出た怠慢だ。



「……?………」



「……理解できるのが怖くて仕方がない」



 連続する発砲音。彼女はそれが実体に対して多少の効果しかない事を知っていた。物語さながらの蹴りをお見舞いすると、腰にあった手榴弾のピンを抜いた。冷たく重いそれを石の様に全力で投げつけた。粉が沢山入った袋に石を投げつけた様な音がした、それは確実に衝撃を緩和していたが逃げろという行為を送信する機関が即時投入された二発の弾丸によって阻止された、それは迷彩を失って膝から下が無くなった状態で倒れ伏した。


 しかし彼女に油断の二文字は存在せず、リロード挟んで一番重要な機関がある腹を撃ち抜いた後、磨き抜かれた剣で叩き割った。ショートしたコンセントを横目に頭部分のネジを強引に外しUSBを差し込んだ。



「……?………」



 そして────起爆した。小さめの核融合とでも言おうか、その爆発はあたり数百メートルを吹き飛ばし、彼女肉体を粉々にした。




初めに知覚したのは眩しさだった。ままならぬ感覚、もがき苦しむしかない苦痛。それら全てに強かに締めあげられたそれの苦しみは、意識を容易く混濁させる。それらの環境の中、自我すら混乱してしまったソレが目を覚まして次に知覚したのは暗黒、その言葉が一番相応しいと言えるほどには暗い空だった。


多重ロック式のシェルターは開き、彼女の意識に関係なく、意識を持って行動するかの様に、100年振りの稼働にも見事に耐え、彼女の口に酸素ボンベをつけた。


理解不能の状況下だった。ソレはその状況下に置かれた前の自分が出した信号に気づいた。暗号化すらしていない。フラットな通信を彼女の作ったシェルターは容易に感知した。


暗号は急速に組み立てられ、独自のアルゴリズムによって最適解を生み出していく。



『タイムワープを実施します』



「……」



世界から色彩が消える。重力がかかり始める。二倍、三倍に増えていく。そして重力が肉体の限界に達した瞬間。彼女の視界は徐々に色彩を取り始めていた。筋肉、脳にかかった疲労とてつもないものだったが、少しづつ癒えていく。



「成功ね」



 でも、と彼女は付け足す。それは脳にかかる超負荷による記憶の損失と、気絶をさしていた。



 はるか遠くから声が聞こえる。厚底のブーツ、背は小さく威圧感もない。ただし、ここの長であることに違いはなかった。



「あっれれー?どうして倒れてるのかなぁ?ねぇねぇ?」



五十をすぎた。そんな年齢の男だった、彼女の体を棒でつく、反応はかえってこない。数泊キョトンとすると、今まで栓をしていた風呂のように流れ出す黒い感情、汚い言葉の数々。地団駄を踏み棒を投げつけた。


乱れた白衣と髪を直さず、彼女を蹴って鋭い眼光で睨みつけた。



「33?何してるのかなぁ?」

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