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第6章 大統領暗殺

 キャスターがニュースを読み上げていた。

『……昨夜未明、SHL初代大統領ロバート=グローバル氏が暗殺された事件で、元GPS特別犯罪課特殊捜査官テア=スクルト少佐を犯人と断定いたしました。なお、この事件に関しまして、GPS総帥ユーリ=フランコ氏は次のような声明をSHLに発表しました……』

「何ですってッ!」

 ジェシカが思わず叫んだ。


『……GPSは全力を挙げて、逃亡中のテア=スクルト元少佐の捜索及び逮捕を行います。また、SHL政府に対しては心から遺憾の意を表し、国際的な政治責任を……』

 シュンが恒星間受信システムのスイッチをオフにした。

「どういう事……?」

 ジェシカが呆然と呟いた。


「はめられたんだよ」

「はめられた……? 誰に……?」

「分からん。<テュポーン>か、それとも……」

「……」

「GPSか……」

 シュンがアクセルを踏み込みながら言った。エアカーのスピードメーターが百八十キロをオーバーした。


「GPSにはテアを罠にかけるメリットがないわ」

「それはこのMICチップを解析してから判断するんだな」

 シュンがMICチップをスペース・ジャケットの胸ポケットから取り出して言った。

「この事件に<テュポーン>が絡んでいることは、ほぼ間違いない。奴ら以外に<銀河系最強の魔女>を操れる組織は存在しないからな」

「操る……? テアほどのESPがやすやすと精神(サイコ)コントロールされるとは思えないわ」

「薬物という手もあるさ。<テュポーン>は銀河系最大の麻薬ギルドだぜ」

 シュンの言葉に、ジェシカが黙り込んだ。


 彼女はシュン=カイザードの彫りの深い横顔を見つめた。

(この男、テアの味方なの? でも、テアの生命を狙ったって言った……)

「テア=スクルトは、俺の手で殺してやりたいだけだ」

 ジェシカの思考を読んだかの様に、シュンが告げた。


「ジェイは俺の誇りだった……」

「……」

「DNA戦争で両親を亡くした俺を引き取り、本当の兄貴のように接してくれた。そのジェイの死を俺が知ったのは、彼の死後三ヶ月経ってからだ。何故だと思う?」

 シュンは、ステアリングを握りしめながら言った。


「GPS特別犯罪課の上層部が、彼の死を公表しなかったからだ。当時、彼は<テュポーン>の総統ジュピターを追っていた。全宇宙系最強のESPと呼ばれるジェイにとって、相手が例え<テュポーン>の総統でも敵ではないはずだ。たぶん、ジェイはジュピターの尻尾をつかんだのだろう。あの惑星ジオイド消滅事件で、ジェイはジュピターを倒せるはずだったんだ。それを邪魔したのが、彼の最愛のパートナーであるはずのテア=スクルトだった!」


「証拠はあるの?」

 ジェシカが訊ねた。

 彼女は、親友であるテアがジェイを殺したとは信じていなかった。まして、テアにとっても、ジェイ=マキシアンはこの世で一番大切な存在であったはずである。

「ある!」

 シュンが即座に答えた。


「ジェイが死ぬ三日前に俺宛に送ってきたビデオレターだ。これを見れば、俺が真実を言っていることが分かる」

「……。テアとジェイの関係は、二人の親友である私が一番知っているわ。私には、テアがジェイを殺すなんて信じられないし、あなたの言っていることは信用できない」

「あんたに信じてもらう必要はない。ただ、テアを俺の手で殺すために、今は彼女を助け出すことに協力して欲しいんだ」

 シュンが乱暴に言い放った。


「私は、テアの生命を狙う手助けをするつもりはないわ! MICチップを解析したら、あなたを逮捕するつもりよ!」

 ジェシカが、先程シュンから借りたSRW197オートマグナムの銃口をシュンに向けた。

「あなたはテアの生命を狙ったと認めた。それだけでも、充分に殺人未遂は適用できるわ!」

 SRW197のセーフティを解除しながら、彼女が言った。太陽の反射でSRW197の銃身が黒い閃光を放った。


「私たちSHは、人を殺す事をためらったりしない。ためらいがあれば、自分が殺られる。そういう教育を受けているわ」

「本気か……?」

 シュンがジェシカの瞳を見つめながら訊ねた。黒曜石のように輝く美しい瞳には、強烈な意志が浮かんでいた。

「MICチップを渡しなさい!」

 ジェシカが短く命令した。


「今、エアカーの操縦をセミ・オートからマニュアルに切り替えた。時速百八十キロは出ている。少しでもドライビング・ミスをしたら即死するぞ!」

 シュンはジェシカの美しい表情を見つめながら、ステアリングにあるスイッチを押して言った。

「私はAクラスESPよ。テレポート出来ないとでも思っているの?」

「期待通りの答えで感謝するよ。このエアカーは少し改造してあってね。マニュアル・ドライビングの時には、強力なESPシールドが張られるんだ。試してみるか?」

 ジェシカは素早くエアカーの周囲を見渡した。


 その一瞬の隙をシュンは見逃さなかった。

 シュンは時速百八十キロから急ブレーキをかけたのである。

「キャアッ!」

 慣性制御ベルトをしていなかったジェシカの体が、フロントガラスを突き破り、大きな弧を描いて空中に投げ出された。

 美しい黒い髪が舞い、ジェシカの体が五メートル下のハイウェイに叩きつけられた。


「甘いな! あんな女がSHのナンバー2なのか?」

 制動距離の約五十メートルを過ぎたところで停止したエアカーの中で、シュンが不敵に笑った。

 彼の背後には、血塗れになったジェシカの遺体が横たわっていた。

「テアがMICチップを渡そうとした女だ。もう少し、頼りになると思ったんだが……。仕方ない。一人でやるか……」

 シュンがエアカーのギアを入れ、アクセルを踏み込んだ。


「……?」

 エアカーのエンジンの回転数が急激に上がった。しかし――。

(発進しない……?)

 タコメーターは、六千回転をオーバーしていた。だが、エアカーは一ミリと進んでいない。

(どうしたんだ……?)

 シュンは驚いて後ろを見た。

(まさか……!)


 アスファルトにうつ伏せで横たわっているジェシカの体から、青い閃光が放たれた。

(そんなバカな……!)

 シュンは目を疑った。致命傷を負っていたはずのジェシカが、ゆっくりと立ち上がったのだ。同時に、彼女の怪我が瞬時に完治していく。

(化け物か……?)

 シュンは愛用のXM535サブ・マシンガンを取り出した。


「くそッ!」

 XM535のセーフティを解除してジェシカに照準を合わせると、シュンはトリガーを絞った。強力な破壊力を持つ九ミリ・パラペラ弾が、秒速千九十メートルで飛翔した。

「何ッ……?」

 九ミリ・パラペラ弾が、アスファルトに直径二十センチほどのクレーターを作った。

(テレポート……?)

 シュンは驚いて周囲を見廻した。ジェシカが消滅したのである。


『MICチップを渡しなさい!』

 シュンの脳裏にジェシカの声が響いた。テレパシーである。

(何処だ……?)

 シュンは目を閉じて、ジェシカのプレッシャーを探った。

『SHを敵にするには、まだ能力不足ね。私程度のESPに手こずるようじゃ、<銀河系最強の魔女>は倒せないわよ』

「出てこい!」

 シュンが叫んだ。


 彼も強力な潜在ESPを有していた。しかし、ESPとしての訓練を受けていないため、その能力の全てを自在に引き出せないのだった。

「ジェシカ! 俺はテアを殺す! それを邪魔するなら、お前も倒す!」

 シュンがXM535を構えながら怒鳴った。

(何処にいる? 奴のプレッシャーは強い。探し出せないわけはない!)

 シュンがESPを集中した。

「……! そこだッ!」

 彼は振り向きざまに、トリガーを絞った。


「……!」

 九ミリ・パラペラ弾が、シュンの後ろの空間に浮遊していたジェシカの心臓めがけて飛翔した。

 彼は九ミリ・パラペラ弾に彼の全ESPを込めていた。Bクラス程度のESPが張るサイコ・シールドならば、間違いなく貫通したはずである。

 しかし……。

「ハッ!」

 ジェシカのサイコ・シールドの前に、九ミリ・パラペラ弾は弾け飛んだ。


 ジェシカ=アンドロメダは、AクラスESPの中でも、ランクαのESPを有していた。

「もう一度言うわ。MICチップを渡しなさい」

(この女も魔女か……?)

 シュンは約10メートル上の空中に浮遊しているジェシカを見つめた。


 ジェシカは、黒曜石の瞳に強い意志を浮かべてシュンを見下ろしている。白いスペース・ジャケットが陽光を反射して、眩いばかりに輝いていた。背中まで伸ばした漆黒の髪が風に靡き、神話の女神のような美しさであった。

「それから、一つ忠告しておくわ」

 ジェシカのメゾ・アルトの美しい声が響きわたった。

「ジェイの復讐ならば、テアに任せておく事ね」

「何ッ? どういう意味だ?」

 シュンが訊ねた。


「彼女は今でもジェイを愛しているわ。ジェイの仇敵を討つために、A級指名手配を受けてまでGPSを脱走したくらいね」

「違う! テアの脱走理由は、ジェイの仇敵討ちじゃない!」

 シュンが叫んだ。

「あなた、テアの何を知っているの?」

 ジェシカがエアカーのボンネットの上に降りてきた。


「さっき、ジェイからのビデオレターがあるって言ってたわね。その中で、ジェイはあなたに何を告げたの?」

「お前に話す必要はない!」

 シュンが、XM535の銃口をジェシカに向けた。

「分かったわ……」

 ジェシカが溜息をついた。そして、額にかかった漆黒の前髪をかき上げながら言った。

「ホテルを取ってあるって言ったわね。そのホテルにはMICチップを解析できるコンピューターがあるの?」

「……。当然だ……」

 シュンが銃口を下げながら答えた。


「私があなたに協力するかどうかは、MICチップの解析と、ジェイのビデオレターを拝見した後に判断するわ。それまで、休戦協定を結ばない?」

 ジェシカが微笑んだ。

「テアといい、あんたといい、SHってのは化け物か?」

「こんな美人に対して、化け物とは何よ!」

 ジェシカがシュンを睨んだ。


「ナビゲーターズ・シートに戻れよ。ホテルまであと十分くらいだ」

 シュンが、XM535を腰のホルスターに戻しながら言った。

「協定締結ね。この協定が長く続くことを祈るわ」

「それは、あんたの出方次第さ」

 ジェシカがナビゲーターズ・シートに座ると、シュンはエアカーを発進させた。


 <漆黒の女神>ジェシカ=アンドロメダ。

 <ノヴァ>の元エース・パイロット、シュン=カイザード。


 この二人の能力が銀河の歴史をどう変えてゆくのか。いや、変わりつつある歴史を取り戻すことが出来るのか。もし、それを知る者がいるとすれば、太陽神ルアーその人であったのかも知れなかった。

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