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第2章 死の翼

 MDZの空気は澱んでいる。

 街頭のニュース・モニターには、本日発生した事件の文字放送が流されていた。

「ロド麻薬による精神破壊者、老若男女二十名を虐殺し、逃亡……」

「人体改造医、自ら改造した両性具者に惨殺される……」

「αブロックにて、惑星警察機動隊とゲリラ組織<ガブリエル>が銃撃戦。死者三五名、重軽傷者一六七名……」

 モニターに映されたデジタル・クロックが、午前零時を告げる。狂熱と爛熟に支配されたMDZの一日がまた始まった。


「何処まで行く気……?」

 テアがシュンの背中へ声を掛けた。

 彼ら二人は、MDZの外れにあるスラム街へ足を踏み入れていたのである。MDZの中でも、惑星警察官でさえ絶対に小隊以下では入らないブロックである。

「レディを連れ出すにはあまり好ましい場所じゃないわよ」

テアは周囲を見渡しながら言った。


崩壊した家屋、廃虚と化した高層ビル。その蔭からは、欲望と悪意に満ちた視線がテアの全身に絡みついてきた。

(うまそうな女だ……)

(あの腰、見てみろ……)

(たまらねぇぜ……)

(やっちまうか……)


 テアの研ぎすまされた感覚に、あちこちから卑猥さと凶暴さを孕らんだ意思がまとわりついた。<銀河系最強の魔女>と呼ばれても、テアは若い女性である。言い知れぬ嫌悪感で全身が汗ばんだ。

「カイザード中尉。ここが何処だか知ってるの?」

 テアが沸き上がる感情を、強い意志で抑制しながら訊ねた。


「あんたほどのESPでも、恐怖は感じるのかい」

 シュンが面白そうに微笑んだ。

「バカ言わないで! それより、こんな所へ連れ出して、何の用なの?」

「ここなら誰にも邪魔されず、あんたと闘うことが出来る」

「……! どういう事……?」

 テアが驚いて訊ねた。


「あんたの恋人ジェイ=マキシアンは、俺の義兄だ」

「……」

 テアはシュンの言葉を無言で受け止めた。彼女は、彼が自分を仇敵と確信している事を知っていたのである。

「ジェイを見殺しにした女! たとえ、あんたが<銀河系最強の魔女>と呼ばれる女でも、絶対に許さない!」

 シュンの全身から、強力なESPが奔流となって噴き出した。同時に、周囲からも強力なESPがテア目掛けて押し寄せてきた。


「……! くうッ……!」

(何ていうパワーなの……?)

 瞬時にサイコ・シールドを張ったテアが驚愕した。彼女は持てるESP全てをシールドに凝集した。

 大地が鳴動し、大気でさえ激震を始めた。周囲の廃虚が崩れ落ち、巨大なコンクリートが粉砕され消滅した。


 単なる崩壊ではない。コンクリートが、鉄が、土砂が、分子構造から破壊され、粒子分解したのだ。ティアを中心とする半径百メートルは、一瞬にして巨大なクレーターと化したのである。


(信じられない……!)

 テアは凄まじい衝撃波を、間一髪サイコ・シールドでブロックし、目を見張った。

 シュンのESPは、確かに強力である。たぶん、AクラスESPだろう。だが、最強のESPであるΣナンバーの能力を持つテアの敵ではないはずだ。

 しかし、現実は、テアのサイコ・シールドが押されていた。<銀河系最強の魔女>ブルー・ウィッチが、持てる全てのESPを結集して張っているシールドが軋み、悲鳴を上げているのである。


「……!」

(あれは……、ESP増幅装置……?)

 テアの前後左右四カ所に直径一メートルほどの球体が浮かんでいた。それらが、シュンのESPを数十倍に増幅しているのである。

「あああ……!」

 テアが悲鳴を上げた。強烈なESP波が彼女のシールドを圧迫している。限界まで凝縮されたシールドが、バチバチと音を立て始めた。破られる寸前であった。


「死ね! ブルー・ウィッチ!」

 シュンの全身が、超烈な閃光に包まれた。AクラスのESPが、Σナンバーを凌駕する瞬間だ。

「きゃぁー……ッ!」

 表面に大きな亀裂が入った瞬間、ガラスが粉砕されるようにシールドが砕け散った。同時に、ティアの全身が灼熱の焔に包まれた。


 ドサッ……。

 真っ黒に炭化したテアの体がクレーターの中へ落下した。

「……! やった……! <銀河系最強の魔女>を倒した!」

 巨大なクレーターの中央に空中浮遊しながら、シュンが叫んだ。限界を超えるESPを使用した為、全身から汗を流して激しく息を切らしていた。


「お見事ね。さすが<ノヴァ>のエース・パイロットだわ」

「まさか……?」

 驚愕して背後を振り返ったシュンの瞳に、美しい魔女の姿が映った。長い淡青色の髪を風に靡かせながら、ティアは微笑みを浮かべていた。


「いつの間に……?」

「まさか、ESP増幅装置が四基もあるなんて思いもしなかったわ。いくら私でも、AクラスESPが相乗効果で一万倍に増幅されたらとてもかなわないわ」

 呆然として告げたシュンの言葉に、テアが微笑みながら答えた。

「だから、それに気づいた瞬間、あなたにヴィジョンをかけさせてもらったの」

 ヴィジョンとは、他人に幻視を見させるESPであり、Bクラス以上の能力を持つ者であれば、誰にでも可能な能力であった。


「一度使用したESP増幅装置は、過負荷になってすぐには使えないわよ。増幅装置なしで私とやる?」

「くそッ!」

 シュンは腰のXM−257を抜いた。

「……! やめなさい!」

 テアのプルシアン・ブルーの瞳が光った。XM−257が暴発した。

「ぐッ……!」

 シュンは瞬時にサイコ・シールドを張って、爆風を防いだ。


「ジェイの仇敵討ちならば、相手が違うわよ」

 テアが地面に降り立ちながら言った。

「何だと?」

「彼の本当の仇敵の名は……」


 その時……。

 凄まじい轟音が上空に響きわたった。同時に暴風が吹き荒れ、周囲の粉塵と共にティアの淡青色の髪を舞い上げた。

「ヴイィーン……!」

 大気を引き裂くような摩擦音が周囲を圧倒した。テアは、空を見つめて愕然とした。


「……!」

 彼女の視線が、MDZの夜空に浮かぶ三機の機影を捉えた。見覚えがあった。

「バカなッ?」

 思わず呪詛の言葉を呟いた。

(何故こんな所に?)

 テアの視線を釘付けにしたもの。それは……。

(ディア・ハンター……?)


 正式名称、ZEX−70型高機動ヘリコプター。GPS特殊情報部にごく最近配備された最新鋭の戦闘ヘリコプターだ。最大攻撃速度マッハ七・五。最新の戦闘システム、特殊光学システムを完備し、シュミレーションでは只一機でRS−22型高機動戦闘機を五機撃破した実績を誇る怪物である。


(あれがいるって事は、<テュポーン>じゃない!)

 最悪の事態だった。

(私の敵は……、GPSって事?)

 テアは唇を噛み締めた。


「……!」

 全身に緊張感が走り抜け、呼吸音が限りなく小さくなる。

 三機のディア・ハンターが、テアたちが身を隠したビルの上空をホバリングしている。(ディア・ハンターには、確かESPトレーサーが付いてたはず……)

 ESPトレーサーとは、半径二十キロ以内で発生したESP波を検索し、その正確な場所を探知するシステムである。

(ESPを使ったら最期……。次の瞬間、あの機銃の餌食だわ!)


「どうする?」

シュンが訊ねてきた。ESPを使おうとしないところを見ると、彼もディア・ハンターの性能を熟知しているらしい。

「……」

テアはシュンの問いに答えず、ディアハンターを凝視した。

ディア・ハンターの前面下部に設置された三五ミリ機関砲が、漆黒の闇の中で黒く光った。テアの背中を冷たい汗が流れ落ちた。


(どうする、テア?)

 自問した。

(ESPなしであの化け物と闘えるの?)

 腰のホルスターから愛用のXM−997型レイガンを抜き、エネルギーゲージを確認する。

(残り三五パーセント……)

 出力を最大にセットした。

(フル・パワーで五発……)


『A級指名手配犯(リスター)テア=スクルト少佐! 抵抗をやめて出て来なさい!』

 ホバリングしているディア・ハンターの外部マイクから低い男の声が響き渡った。

『警告を無視すれば実力を行使する! 五カウント以内に姿を現しなさい!』

(どうする? レイガンだけで闘うの?)

 緊張がピークに達する。鼓動が烈しく波打つ。


『ファイブ!』

 ディア・ハンターのパイロットがカウントを開始した。

『フォー!』

 周囲を見廻す。三機のディア・ハンターの巻き起こす疾風が、砂塵を舞い上げていた。

(やるしかないわッ!)


『スリー!』

「ここに凝っとしていて!」

「待て、テアッ!」

 シュンの叫びを後に、テアはフルパワー・スプリントをかけた。瓦礫と砂塵の中を凄まじい勢いで疾駆する。

 DNAアンドロイド二世のテアは、百メートルを五秒フラットで走り抜ける。その上、反射速度と運動能力は通常の人間の数倍だ。彼女はそれに賭けた。


『トゥー!』

 走りながらXM−997を構える。狙いはテール・ローターの回転軸だ。他の部分に直撃しても、ディア・ハンターの装甲を貫通することは出来ない。テアは完璧とも言えるライディング・フォームでトリガーを絞った。

 凄まじい衝撃波がディア・ハンターのテール・ローターを粉砕した。


『ワン……な、何だッ? ウワア……!』 

 テール・ローターを失ったディア・ハンターは、メイン・ローターが発生する強烈な回転エネルギーを制御できずに、左方向に回転しながら落下していく。

 ズド……ンッ!

 大地を震撼させる強烈な轟音とともに、ディア・ハンターが墜落炎上した。壮絶な衝撃波が、凄まじい灼熱の炎を伴って周囲を席巻した。


(まず、一機ッ!)

 テアは瓦礫のかげで爆風の衝撃をやり過ごすと、再び戦闘行動に入った。

 残った二機のディア・ハンターが放つ強力なサーチライトを避けながら疾走する。

 ディア・ハンターのパイロットたちは、テアの圧倒的な戦闘スピードについてゆけず、彼女の正確な位置さえ掴んでいない。その証拠に、三五ミリ機関砲の連射は無差別に周囲のビルを廃墟と化しているだけだった。


(折角の最新鋭ヘリも、パイロットの技術が未熟じゃ宝の持ち腐れね!)

 フルパワー・スプリントをかけながら、再びライディング・フォームをとる。躊躇わずトリガーを絞った。

 二機目のディア・ハンターのテール・ローターが粉砕され、機が左回転しながら錐揉み状態で墜落した。

 大地が再び鳴動する。


(あと一機!)

「……!」

 残ったディア・ハンターから、戦慄とも言えるプレッシャーを実感した。

(何ッ?)

 ディア・ハンターの下部から何かが発射された。

(グレネード・ランチャーッ?)


 ドッカーンッ!


 鼓膜を引き裂く爆音とともに、超烈な破壊力を持った衝撃波が襲いかかってきた。

「ハッ……!」

 間一髪テレポートする。


「逃げるわよッ!」

 テアはシュン=カイザ−ドの所へテレポート・アウトすると同時に叫んだ。

「何が……?」

 状況を把握しきれないシュンが訊ねる。

「何でもいい! 私に掴まってッ!」

「……!」

 テアがシュンの腕を掴んで、再びテレポートしようとした。

 彼女の淡青色の髪が舞い上がり、ESPの奔流が全身から噴出する。


 その瞬間……!


「キャアア……ッ!」

 テアが頭を抱えて倒れ込んだ。苦痛に地面をのたうち廻る。

(ESPジャマー……?)

 激痛のあまり全身から脂汗が噴出する。美しい顔が苦悶に歪み、長い淡青色の髪が振り乱れる。

 テアは知らなかった。ディア・ハンターには、ESPジャマー・タイプΣが設置されていたのだ。この新型は、従来のジャマーをさらに強化し、ΣナンバーのESPにも対応出来るようにしたものであった。


「逃げ……てッ!」

 テアが絶叫した。

「……!」

 シュンがテアの手からXM−997を奪い取った。

「……! 私を殺すのなら、後にして……! それより、早く……、逃げてッ!」

 テアは激痛を抑制して叫んだ。

「バカ野郎ッ!」

 シュンは短く叫ぶと、廃墟を飛び出した。


「何ッ……?」

(こいつは……?)

 外に出た途端、シュンが愕然として立ち竦んだ。

 ディア・ハンターが圧倒的なプレッシャーを放ちながら、彼の前面でホバリングしていた。距離は二十メートルも無い。

 砂塵を巻き上げながら、ディア・ハンターの三五ミリ機関砲の照準がシュンを捉えた。強力なサーチライトの奥で、パイロットがニヤリと嗤ったのが分かった。


「くそったれがッ!」

 シュンがXM−997の銃口をパイロットに向けた。躊躇わずトリガーを引く。強烈なエネルギー波が、ディア・ハンターのフロント・シールドを直撃した。

「……!」

 しかし、ディア・ハンターの防弾シールドの前に、XM−997のエネルギー波は虚しく飛散するだけだった。

「くそッ!」

 シュンがたて続けにトリガーを絞る。三発目でエネルギー・マガジンが空になった。

「畜生ッ!」

 ディア・ハンターのフロント・シールドには、傷ひとつ付いていない。


『テア=スクルト! この坊やを殺されたくなければ、出て来いッ!』

 パイロットが外部マイクで叫んだ。

『今度はカウント無しだ! すぐに出て来るんだ!』

 ディア・ハンターのサーチライトが、廃墟と化したビルの入口を照らす。対峙している二人の視線が交錯した。


 細いシルエットがゆっくりと現れた。足取りがふらついている。

 シルエットが徐々に実体を伴ってゆく。

 長い淡青色の髪が、戦闘ヘリの巻き起こす風塵に勢いよく舞い上がる。プルシアン・ブルーの瞳が烈しい怒りと屈辱に燃え上がっている。

 一六五センチの小柄な体から、周囲を圧倒する程のプレッシャーが放たれた。

「その坊やは、単なる通行人よ。私の相棒でも何でもないわ。安全を保証しなさい!」

 美しいメゾ・ソプラノが、ディア・ハンターが放つ轟音の中で凛と響き渡った。


『我々の目的はスクルト少佐、貴様だ! 貴様が武器を捨て、これを嵌めて同行するならば約束しよう!』

 パイロットがスライド・ウィンドウを開けて、シルバー・メタリックに輝く物をテアに向かって投げつけた。

「……!」

 テアは足元に投げ捨てられた物を見て唇を噛んだ。

(ESP抑制リング?)

 ESP抑制リングには、総てのESPを十万分の一にする制御システムが組み込まれている。例え、テアがどんなに優れたESPでも、これを付けさせられたら普通の人間と何ら変わりがなくなってしまう。


「必ず、約束は守ってもらうわよ!」

 テアはリングを拾うと、それを額に嵌めながら言った。

「テア、何故……?」

 シュンが呆然として呟いた。

「俺はあんたの生命を……」

 テアが視線でシュンの言葉を遮った。


『そこの小僧! これをスクルト少佐に嵌めろ!』

 パイロットがシュンに電磁手錠を投げ寄こした。

「……」

 シュンが電磁手錠を拾い、テアを見つめる。

「……」

 テアが頷いた。

『早くしろ!』

 パイロットの怒声に、テアは両手をシュンの前に差し出す。

「……?」

 シュンは驚いてテアを見つめた。


(これは……?)

 彼女の右手の指先に、MICチップ(マイクロ集積回路ディスク)が挟み込まれていたのだ。

「ジェシカ=アンドロメダっていうSHに渡して……」

 テアが小声で囁いた。

「……」

 シュンは小さく頷くと、テアに電磁手錠をかけながらMICチップを受け取った。


 ディア・ハンターが砂塵を巻き上げながら降下して来て、二人の前に着陸した。

 テアの淡青色の長い髪が烈しく靡く。

『よし、乗れ!』

 パイロットが怒鳴った。テアが着陸したディア・ハンターにゆっくりと乗り込む。

「……!」

 ディア・ハンターが、凄まじい砂塵を巻き上げながら再び上昇した。


(テア=スクルト……)

 シュンはMICチップを握り締めながら、漆黒の夜空に消えてゆくディア・ハンターを見つめ続けた。


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