プロローグ
以前に<SF ROOM>というホームページで公開していた小説を加筆修正したものです。
当時は、多くのイラストやテーマソングをいただき、大変感謝しております。
絶世の美女が活躍するスペース・オペラという分野はあまり見かけませんが、よろしければ楽しんでくださると嬉しいです。
漆黒の闇を、数条の閃光が引き裂いた。
その行く先々で、紅蓮の炎が轟音とともに燃え上がる。
「逃亡者に告ぐ! 直ちに投降せよ! さもなければ直撃させる!」
宇宙船ドック内の音声拡張システムを通じて、怒鳴り声が響きわたった。
「繰り返す! こちらは、GPS地球星域機動要塞<グランド・キャニオン>所属、ガイア機動隊である。テア=スクルト少佐に告ぐ、直ちに投降せよ!」
(あと、少し……)
テアは、灼熱の炎を受けながらシルバー・メタリックに輝く愛機を目指していた。
万能型超光速宇宙艇<スピリッツ>。
銀河系監察宇宙局の象徴である不死鳥をイメージしたフォルム。百五十メートル級小型艦ながら、GPSが科学の粋を結集して建造した最新鋭恒星間宇宙艇である。その両翼には、GPS特別犯罪課特殊捜査官の艇であることを示す準星が描かれていた。
テアと<スピリッツ>との距離は、約四百メートル。DNAアンドロイド二世の彼女にとっては、二十秒足らずの距離である。
しかし、その二十秒は、彼女の運命を決める時間として一瞬なのか、永遠なのか……?
背後から、数え切れないほどの弾幕が張られた。焦点温度六万度のレーザー・ビームが、彼女の淡青色の髪を焦がす。
テアはローリングしながら全力で床を蹴った。高出力レーザーは言うに及ばず、弾幕もGPS特有の九ミリ・特殊パラペラ弾である。数発喰らっただけで、彼女の全身は肉片と化すはずだ。
逃亡を続けるテアの脳裏に、GPS特別犯罪課司令長官オクタヴィア大佐との会話がフラッシュ・バックした。
「それでは、ジェイの仇敵は永久に討てないって事ですか?」
テアはオクタヴィア大佐に喰ってかかった。プルシアン・ブルーの瞳に美しい蒼炎が燃え上がっていた。
ジェイ=マキシアンはテアにとって、最も信頼できるパートナーであり、最愛の恋人だった。約七ヶ月前、彼は、銀河系最大の麻薬ギルド<テュポーン>の本拠地である人工惑星ジオイドとともに、宇宙の塵と化したのだった。
「あなたはGPS特別犯罪課の少佐なのよ。そして、マキシアン中佐が殉職した今、実質上のSHのリーダーでもあるのよ。そのあなたが、個人的な復讐をするなんて、許される事ではないわ!」
オクタヴィアは、テアのプルシアン・ブルーの瞳を恐れげもなく、真っ直ぐに見つめ返しながら告げた。
「大佐……。私は、彼の意志を継ぎたいんです。彼が何のために、<テュポーン>と戦ったのか? 何故、命を賭けてまで、<テュポーン>の総統ジュピターを倒そうとしたのか? 彼が果たせなかった想いを、私が受け継ぎたいんです!」
テアは、激情に駆られて叫んだ。普段、冷静な彼女を知る者にとっては、驚くべき事であった。
「テア、もう一度言います。あなたは、GPS特別犯罪課特殊捜査官テア=スクルト少佐なのです。その立場を放棄する事は出来ません。もし、放棄すれば……」
オクタヴィア大佐は言葉を切った。
「……放棄すれば?」
テアが訊ねた。
「A級指名手配犯として、銀河系監察宇宙局はおろか、宇宙平和連邦、自由惑星同盟全てから、永久に追われる身になるわ」
「……!」
さすがのテアも、これには言葉を失った。
A級指名手配。銀河標準歴が採用されて以来、これを宣告された者はただ一人だけである。それは、銀河系を未曾有の混乱に陥れた第二次DNA戦争の反乱軍リーダー、ジョウ=クエーサーであった。
大戦終結後、銀河連邦政府はその首脳陣が総辞職をして解散。そして、銀河系はGPS、SHL、FPが三分するところとなった。そのことからも、A級指名手配の意味が伺えるだろう。
「何故……? たかが、SH一人の脱走にA級指名手配が該当するんですか?」
テアが愕然として訊ねた。
「ただのSHならば、たとえGPSの少佐でも、重くてC級指名手配ね。しかし、あなたは違う」
「……」
真剣さを映すオクタヴィアの碧眼を、ティアが真っ直ぐに見つめた。
「あなたはSHである前に、DNAアンドロイド二世だわ」
「……!」
「その事は、GPSマザー・コンピューターにインプットされているはず……。そして、あなたの超能力……。GPSの管轄を離れ、激情にまかせて解放させたらどうなるか?」
オクタヴィア大佐は、席を立って窓に近づくと美しい街の夜景を見下ろした。そして、額にかかったブロンズの前髪を左手でかき上げた。その彫りの深い美貌には、苦悩が浮かんでいた。
「私には想像出来ないけれど……。GPSマザー・コンピューターのシュミレートでは、惑星国家一つ破壊することも可能と出ているわ」
「バカな……? いくら私でも、惑星を破壊するなんて不可能です!」
「ジェイは破壊したわよ。人工惑星ジオイドを丸ごとね……」
「……」
テアは黙り込んだ。ジェイの最期が、彼女の脳裏に甦ったのだ。
「どちらにしても、バカなことは考えないでね。ジェイも悲しむわよ」
テアは機動要塞<グランド・キャニオン>の宇宙船ドックを駆け抜けながら、左手首につけた小型通信システムに向かって叫んだ。
「<スピリッツ>へ! 重力ゲート・オープン!」
愛機<スピリッツ>のバイオ・コンピューター・システムが、彼女の声紋に即座に反応した。<スピリッツ>の腹部から重力慣性エレベーターがゆっくりと下りて来る。それに向かって、ティアは全速力で駆け出した。
その時……。
「……!」
左肩に凄まじい激痛が走った。高出力レーザーが直撃したのだ。
淡青色の髪を舞い上げながら、テアは衝撃で右前方に倒れ込んだ。
「アウッ……!」
彼女の左腕は肩から消滅してした。左肩からは凄まじい勢いで鮮血が噴出していた。
「そこまでだ、スクルト少佐!」
重機動スーツを着用した数人の男が、テアを取り囲んだ。GPS制式採用レイガンXM−757マークⅡの銃口が彼女に向けられた。
「……!」
激痛で言葉も出なかったが、テアは男たちに凄まじい視線を放った。
「たった一人、超能力もなしでよくここまで来れたものだ。さすが、<銀河系最強の魔女>と呼ばれるだけのことはあるな!」
リーダー格の男がニヤリと笑みを浮かべながら、ティアに告げた。
「あなたは……?」
テアは激痛を強烈な意志で押さえ込むと、凄まじい視線で男を睨んだ。
「俺は、ガイア機動隊隊長アレン=クラフト大尉だ。A級指名手配を受けている身でありながら、GPSのマザー・コンピューターを狙うなんて……。たとえ、あんたが上官でも容赦しないぜ!」
「くッ……!」
アレンがXM−757マークⅡの銃口をテアに向けながら、彼女の淡青色の髪を鷲掴みにした。
テアが激しい怒りを込めて彼を睨み付けながら言った。
「クラフト大尉、さっき、私の事を何て呼んだかしら……?」
激痛が治まったわけではない。その証拠に、彼女の左肩からは鮮血が迸り、全身から脂汗を噴き出していた。
「何ッ……?」
アレンは彼女を見つめた。
「見せてあげるわ……」
テアがプルシアン・ブルーの瞳をゆっくりと閉じた。淡青色の長い髪が風もないのに靡くように舞い上がった。同時に、彼女の全身が蒼い炎に包まれていった。
「……?」
「そ、そんな……!」
「……!」
「ま、まさか……? ESPが……?」
アレンたちガイア機動隊は、思わず後ずさりした。
「青い魔女……」
テアが呟くように告げた。
「人が何故、私をそう呼ぶのか……」
その瞬間……!
テアの全身から、凄まじいESPの奔流が噴出した。
「……!」
彼女のプルシアン・ブルーの瞳がカッと開き、強烈な意志を映し出した。
いったい、誰が知ろう? その瞬間、遥か二十キロメートル離れたネオ・ESPジャマー・システムが破壊されたとは……?
GPSテラ星域機動要塞<グランド・キャニオン>には、Aクラス・エスパーのESPさえ完全に無力化する最新式のESPジャマーが完備されていた。
ESPジャマーの有効レンジ内でESPを使用すれば、そのESPはマイナスESPに変換され、使用した本人を直撃する。例えば、強力なサイコキネシスでESPジャマーを破壊しようとすると、そのパワーはそのまま本人を攻撃してしまうのだ。理論的に、ESPジャマーを破壊できるエスパーなど存在しないはずであった。
しかし、今、テアはそのESPジャマーをさえ無力化したのだ。
「う、撃てッ……!」
凄まじい恐怖に駆られ、アレンは部下に命じた。十五人の部下たちの銃口が、一斉に火を噴いた。凄まじいエネルギー波がテアを直撃した。
「バ、バカな……?」
アレンが呆然と呟いた。高出力レーザーは、宇宙船ドックの床を溶解しただけであった。
「き、消えた……? ESPジャマーを無効にし、テレポートしただと……? あんな重傷を負って……?」
「隊長ッ!」
アレンの呟きは、部下の悲鳴にかき消された。
「どうしたッ?」
「ス、<スピリッツ>が……!」
アレンは言葉を忘れて、呆然と立ち竦んだ。
<銀河系最強の魔女>ブルー・ウィッチ。
彼女は左腕を失いながらも、GPS最新式ESPジャマーを破壊し、二百トンもある超光速万能型宇宙艇<スピリッツ>ごとテレポートしたのだった……。