■8.戦禍、海を渡る。
天地を真っ赤に染める夕焼けの中。
李恵姫の決断により朝鮮人民軍戦略ロケット軍の準中距離弾道ミサイル部隊が、動き出した。
彼らは韓国陸軍の玄武巡航ミサイルや、アメリカ空軍の航空攻撃等から身を守るために、そのミサイルと車輌の多くを中朝国境付近に設けられたシェルターに隠している。
そこから展開を始めたミサイルは、150発を超えていた。
高さ十数メートル、黒々とした影が起立する。
巨大な夕陽と虫の声に包まれながら、関係者はただただ、うまくいってくれ、と祈っていた。そこにあるのは敵意や害意ではなく、純粋に自身らが撃ち込んできた仕事の成功を祈る感情だった。
そして核戦争はかくや、と誰もが思う光景が現出した。濛々と立ち上る噴煙。弾体は闇が覆い始めた空へ吸い込まれていき、すぐに見えなくなった。
(護衛艦『あたご』※1)
「航空自衛隊航空総隊司令部(ADC)からです」
「合戦準備――」
即座に日本国自衛隊と在日米軍は、朝鮮人民軍戦略ロケット軍による攻撃を捉えた。
陸海空と宇宙、あらゆる空間に存在するセンサーが得た情報は、日本海を遊弋している海上自衛隊第3護衛隊のこんごう型護衛艦『みょうこう』とあたご型護衛艦『あたご』に回され、両艦は速やかに対弾道ミサイル防衛戦闘(BMD戦)へ移行した。
日本政府は平時から自衛隊法に基づく破壊措置命令を出しており、加えて半島有事が近いとみていた航空自衛隊航空総隊司令部を中心とする統合任務部隊は、周辺海域に展開するミサイル護衛艦に、弾道ミサイルを迎撃出来るSM-3を8発ずつ搭載させていた。
また在日米軍もミサイル駆逐艦を日本海や九州沖に多数展開させており、朝鮮人民軍による在日米軍基地や、グアム基地への攻撃に備えている。
同命令を根拠としてPAC3を擁する航空自衛隊の高射部隊も各所に展開していたが、こちらは射程が短いため、やはりSM-3を搭載した水上艦艇が頼みの綱であった。
「こちらでも捉えた」
「先頭アルファ1から8、高度100km、中間段階」
「DDG-177、DDG-175、DDG-52、DDG-54に目標割当」
「VLS開放確認」
BMD戦に加入したのは『みょうこう』『あたご』と在日米軍のミサイル駆逐艦『バリー』『カーティス・ウィルバー』計4隻である。果たして実戦でSM-3は弾道ミサイルを本当に撃墜出来るのか、弾頭には大量破壊兵器があるのではないか、地上のPAC3と合わせても迎撃しきれる数ではないのか――ともすれば発狂しそうな焦燥感の中でも、護衛艦のCIC要員は淡々と迎撃準備を整えていった。
「SM-3、攻撃はじめ」
夕闇を引き裂く火焔を吐き、SM-3が空中へ躍り出る。
4段ロケットブースターは設計通りに弾頭をマッハ10にまで加速させながら、超高空まで運んでいく。そして膨大な運動エネルギーを纏った弾頭は、同じく超音速で日本列島へ向かって突き進む敵弾頭へ向かっていった。
「マークインターセプト」
日米イージス艦4隻が放った約30発のSM-3は、そのほとんどが目標に直撃した。極超音速の激突。弾頭は巨大な火球となり、破片を撒き散らしながら海面へ向かって最期の飛行を始める。
だが彼らの健闘とは無関係に、後続あわせて残る約120発の弾頭は、在日米軍へ向けて再突入を開始した。
その先にあるのは在日米軍基地だが、三沢基地や横田基地のように、自衛隊基地と隣接しているところも多い。
朝鮮人民軍戦略ロケット軍が保有する準中距離弾道ミサイルは、中国からの技術供与で半数命中半径が50メートルを切るものもあれば、半数命中半径が300メートル前後となる旧型も多かった。
つまりピンポイント攻撃が成立しない。自然、在日米軍基地への攻撃は、自衛隊基地への攻撃にも繋がる上、少数は市街地にも落ちることが予想された。
攻撃の標的となったのは、5つの在日米軍基地であり、それぞれ20発前後の弾頭が降り注いだ。
まずアメリカ空軍第5空軍第35戦闘航空団と、航空自衛隊第3航空団が配されている三沢基地とその関連施設だが、滑走路や通信所、八戸市にある燃料貯蔵タンクに、多大な被害が出た。
一方で、作戦機に損害はほとんどない。米軍機は直撃しなければ破壊が難しいシェルターに格納されていたり、自衛隊機も含めれば広範囲に駐機していたりする都合で、命中精度が悪い弾道ミサイルでこれを狙うのは効率が悪い、と朝鮮人民軍戦略ロケット軍関係者は考えたのである。そのため彼らは、攻撃を脆弱な地上施設に絞ったのであった。
東京都福生市の横田基地には、在日米軍司令部・第5空軍司令部が所在することから、日米朝ともに攻防の重点をここにおいた。
朝鮮人民軍は滑走路や作戦機といった航空作戦能力ではなく、指揮系統の破壊を狙って弾頭を送り込んだし、一方の在日米軍も陸軍所属のPAC3を基地敷地内に展開して、防衛体制を整えていた。
このため日米迎撃網を掻い潜り、地表付近で炸裂した弾頭は4発に留まった。内2発は在日米軍関係者向けのレジャー施設、残る2発は敷地外の周辺市街地直上で炸裂し、甚大な被害を及ぼした。
標的となった残る在日米軍基地は、F-35Bを装備する第121海兵戦闘攻撃飛行隊・第242海兵戦闘攻撃飛行隊等、航空戦力が充実している山口県岩国市の岩国基地。
揚陸艦や掃海艦等の母港となっており、海軍最前線の補給拠点にもなる長崎県佐世保市の佐世保基地。
そしてF-15C/Dから成る2個飛行隊や航空偵察部隊、航空管制飛行隊が駐留する沖縄県嘉手納町の嘉手納基地であった。
朝鮮人民軍の狙いは直接的な脅威となる米航空戦力、その漸減。
だがしかし、実際のところ効果は限定的であり――むしろ彼らの行動は眠れる怪物を覚醒させるに至った。
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(※1)出典:海上自衛隊ホームページ
次回更新は7月31日(土)となります。