■77.前進、前進、前進!
根岸色の海面。
浜から50m離れた地点に点在する波消しブロックの合間を縫い、青・水・緑の迷彩を纏った05式水陸両用歩兵戦闘車が時速約30kmで陸目掛けて突進する。このウォータージェット推進の鉄の塊に拠る兵士たちは、平静ではいられなかった。車体後部に搭乗する陸戦隊員たちは、訓練されていてもなお船酔いに悩まされ、嘔吐する者が続出していた。
勇敢にも砲塔から上半身を乗り出し、周囲の状況を確かめている車長は、「揚がれるのかよ――」とつぶやいた。
洋上に朦々と焚かれる煙幕を抜けたその先は、ノルマンディーの再来。先を往く05式水陸両用戦車は洋上行進間射撃を開始し、105mm砲弾を敵火点へ叩き込んでいたが突如として爆発し、その砲塔を空中へ噴き上げた。
陸から海へ、海から陸へ、曳光弾がほとばしり、切断された人体が浮く海面を泳ぎ終えた05式水陸両用歩兵戦闘車は、砂浜を蹴り上げて咆哮する。砂浜を見下ろす建造物の群れ――そのすべてに30mm機関砲弾を浴びせかけるが、一方で無数の銃弾が歩兵戦闘車に殺到した。
「1時方向、敵戦車! 火鍋の看板の下ッ!」射撃に身を竦ませながら、周囲に目線を遣っていた車長は、赤地・青地に白文字で“火鍋”と大書された丸い看板の下に、丸みを帯びたフォルムを視た。
「確認した」砲手用ペリスコープで戦車を確認した砲手はその1秒後、その砲口がこちらを向いていることを目撃した。「――畜生」
発射された105mm砲弾はアルミ合金製の車体を容易に貫き、一撃でブルーの歩兵戦闘車を炎曳く残骸に変えてしまった。
「敵車両撃破」
「よし、移動する」
半壊した産業廃棄物処理場のガレージから後進し、海岸とは反対側の道路へ姿を現したのは、重量50トンを超える虎――CM11勇虎式戦車であった。
この勇虎式戦車は、M60戦車を輸入出来なかった台湾当局がM48戦車砲塔とM60戦車車体を以て開発した主力戦車だ。主砲は105mmライフル砲、砲塔正面の装甲板は110mm程度であるから、人民解放軍陸軍の主力戦車には歯が立たない。それどころか05式水陸両用歩兵戦闘車の機関砲弾でも撃破されてしまう可能性がある代物だ。
他方、勇虎式戦車の105mmライフル砲は、確実に人民解放軍の水陸両用装甲車輌を撃破出来る。
つまり先に当てた方が勝つというわけだ。
それに後年輸入されたM60A3主力戦車やM1A2Tエイブラムス主力戦車と比較して劣るといっても、戦車は戦車である。
中華民国陸軍・第564装甲旅団の参謀は、高雄市内に空挺降下が行われたと聞くとともに「轢き殺せ」と戦車大隊に命令を下した。
先に触れた中国人民解放軍・空降兵第133旅団は精鋭であったが、空挺部隊というのは地に足を着けてしまえばあとは軽歩兵である。勇虎式戦車は空降兵第133旅団が降下した田園地帯を見下ろせる土堤から、重機関銃と105mm砲弾を浴びせかけ、農作物を踏み荒らしながら逃げる彼らを散々に叩いた。
情報収集のために高雄市周辺空域に急接近した2機のJ-35艦上戦闘機目掛け、台湾本島上空に控える不可視の猛禽、F-22A戦闘機の放った空対空ミサイルが翔けていく。その数本の白煙に紛れて、海岸線から約40km以上離れた内陸部から発射された雄風2型ミサイルが南西へ向かっていた。
その先にあるのは、海岸に乗り上げて揚陸作業を開始している074A型揚陸艇だ。水陸両用部隊が確保したエリアに、主力戦車や100名以上の歩兵を降ろそうとしていたこの揚陸艇に、次々と雄風2型ミサイルがダイブしていく。
「揚陸艇は動けないんだ――空軍連中は何をやっている!」と揚陸艇の乗組員らは怒声を上げた。ビーチングした揚陸艇は身動きがとれない。が、空軍も手抜き仕事をしているわけではなかった。ただ臨海部であればともかく、内陸部に潜む地対艦ミサイル部隊をすべて特定して叩くのは不可能というものだ。
実際、中国人民解放軍空軍機・海軍機はかなりの活躍をみせていた。
台湾本島の海岸線より直接観測出来ない沖合で、水陸両用部隊を発進させている揚陸艦が攻撃されていないのは、002型航空母艦『山東』のJ-15艦上戦闘機が守っているからであるし、J-16やJ-10のような非ステルス機も果敢に近接航空支援を実施していた。
大炎上する074A型揚陸艇を背に、辛うじて難を逃れた96A式戦車が前進を開始した。125mm滑腔砲に楔形の増加装甲を備えたこの戦車は、前線で苦戦する陸戦隊の支援を命じられていた。低い砂丘を登り、柵を踏み潰して海岸沿いを走る幹線道路に至った96A式戦車はそこで黒煙を噴く市街地に直面した。
砲塔から顔を覗かせていた車長は、慄然とした。市街戦だ。
その96A式戦車の西方約2km先では、中国人民解放軍海軍・強襲揚陸艦から発進したヘリボーン部隊や水陸両用装甲部隊と、台湾側の守備部隊が台南航空基地周辺で攻防戦を繰り広げていた。
台南航空基地は巡航ミサイルの乱打で滑走路や管制施設が破壊されているが、輸送ヘリの発着場や補給の拠点を欲する中国人民解放軍にとってすれば、未だ大きい価値がある重要施設であり、絶対に奪取したいところであり――それを台湾側もよく理解していた。
攻略に取りかかった中国人民解放軍上陸部隊は、ほぼ一方的にやられた。
台南航空基地の周辺地理は、一言で言い表せない。密集する市街地や雑木林があるかと思えば、急に見通しが利く空き地や畑地が現れる。その地形を活かして中華民国陸軍・第203歩兵旅団は、防御を固めていた。
こうした混沌を避けるため、中国人民解放軍は水陸両用装甲部隊に海岸線から台南航空基地まで伸びる大通りを前進させた。
が、彼らは突如として出現したアメリカ陸軍第1騎兵師団・第227航空連隊第1大隊の攻撃ヘリによって打撃された上、待ち伏せていた勇虎式戦車の恰好の餌食となった。
かくして上陸部隊はやむをえず、96式戦車をはじめとする重装備の助けを借りながら、じりじりと建築物や敵陣地をひとつずつ攻略していくことを決めた。
また各部隊の司令部からは、損害が出てもなりふり構わず前進するように命令が下っていた。
これは無理に押し切ろうという思考からきたものではなく、想定外にも台湾本島の砲兵部隊を捕捉出来ておらず、打撃も出来ていないためであった。
中国人民解放軍空軍は強力であったが、それでも自走化が推し進められたロケット砲や榴弾砲をすべて捕捉出来なかった。
増援を待つために臨海部に留まっても、前述のように多連装ロケット砲で滅多打ちにされるだけである。
客観的にみれば、中国人民解放軍という組織はいま、台湾本島という巨大な肉挽き器に健康な男女を突っ込ませているだけだ。が、末恐ろしいことに彼らは突っ込むことが可能な肉が手許にある間は、いまの行いをやめるつもりはなかった。




