■71.発動、尖閣諸島奪還作戦。(前)
台湾本島・基隆市から約200km離れた釣魚群島に駐留する、顧家正海軍少佐ら釣魚群島警備隊は強いストレスに晒され続けていた。
ヘリや漁船によって断続的に行われていた補給は、1週間前から途絶えている。顧家正海軍少佐が強く進言したため、大正島をはじめとした極端に地積の小さい島々からの撤収は認められた。が、事態は好転していない。
(どうやら我々は忘れ去られたらしい)
顧家正海軍少佐は決して口には出さなかったが、自明の理であった。
味方からだけではなく、敵からも、である。その証左として1週間以上、彼ら釣魚群島警備隊は一切、攻撃を受けていない。警備隊員達が現在悩まされているのは、未開に近い自然から湧き出る無数の羽虫による空爆であった。彼らは釣魚群島とそれを取り巻く海洋という大自然との格闘にかかりきりになっており、そのせいで不安を抱えつつも、どこかたるんでいた。
しかしながら実際には、彼ら釣魚群島は忘れられてはいなかった。
ただし中国共産党政府ではなく、日本政府に、である。
アメリカ軍が基隆港をはじめとして台湾本島北東部に地上部隊・車輌・物資の揚陸を進めるとともに、日本政府首脳陣はある可能性に気づいた。
台湾本島の防備を固めるアメリカ軍を前に中国共産党首脳部が戦意を失い、停戦交渉に移ったとする。
その場合、いま占領されている尖閣諸島はどうなるか?
米国政府が強気に出て、全てが開戦前の状態に戻る可能性もあろう。だが外交交渉の展開次第で、尖閣諸島から中国人民解放軍が立ち退かず、中国当局に実効支配される、という可能性もあるのではないか。
それを思えば、決着の前に尖閣諸島に再び日本国旗を掲げるべきであろう、という意見が内閣のみならず自由民権党内で支配的になっていた。国家安全保障局内部では「いまは限られたリソースを尖閣諸島に割くべきではない」と異論も出たが、米中政府の動向が読み切れない以上、むしろ現在しか機はないというところでまとまった。
かくして陸海空自衛隊武力攻撃事態対処統合任務部隊――JTF-防人は、尖閣諸島奪還作戦に踏み切ることとなった。
奪還作戦参加戦力の中核は海上自衛隊第1輸送隊のおおすみ型『しもきた』『くにさき』と陸上自衛隊水陸機動団。これをエスコートするのは、第1護衛隊群と掃海母艦『ぶんご』である。
尖閣諸島を占領している釣魚群島警備隊の実情を知っていれば、陸上自衛隊水陸機動団の投入は、まさに牛刀割鶏である。
勿論、“JTF-防人”司令部の幕僚達も、重装備が尖閣諸島にさして揚陸されていないことに気づいていた。
が、それでも彼らはまったく油断していなかった。
航空攻撃で根を上げて降伏を申し出てくれればいいが、相手が徹底抗戦を決めた場合は一筋縄ではいかない。
たとえば魚釣島は海岸線の大部分が岩石海岸であり、断崖に近いところもあるため、上陸出来る地点が限られている。そこを敵が機関銃や対戦車ロケット、迫撃砲を準備して固めていた場合は、空・海からの支援を受けられる上陸部隊でも損害を覚悟する必要がある。
また尖閣諸島は周知のとおり、複数の島嶼から成る。最も大きい魚釣島のみを奪還すればいいというわけではない。
尖閣諸島奪還の命令を受けた第1護衛隊群司令部の幕僚たちは政治主導の作戦で、戦局に大きく影響を与えるものではないと思ったが、同司令部主席幕僚の来島良亮一等海佐は作戦内容を知るなり、
「アメリカ軍からすれば尖閣諸島奪還作戦は、彼を攪乱する作戦になるんですかね」
と、別の見方を提示した。
実際のところ、彼の発言は事実であった。
米軍と米国政府は自衛隊による尖閣諸島奪還作戦の実施を歓迎している。尖閣諸島を巡る攻防戦で、本来ならば台湾海峡方面に投入されるはずだった中国空軍・海軍の戦闘機部隊を誘引し、漸減出来るかもしれないからである。
第1護衛隊群ら水上部隊の進出に先立って、まず航空偵察が航空自衛隊によって行われた。
沖縄本島の在日米軍基地から航空自衛隊第3飛行団第302飛行隊のF-35A戦闘機2機が飛び立ち、尖閣諸島を占領する部隊の所在を捜索した。
「敵は北小島・南小島・大正島を放棄。魚釣島と久場島に敵兵と装甲車輌を確認した」
AN/APG-81レーダーやEOTS等の高度なセンサー類を有するF-35Aは、敵の配置を容易く解明してみせた。
続けて航空自衛隊はこれまでの憂さを晴らすように、両島への航空攻撃を準備し始めた。
「久場島は東西の直径1000メートル、南北も同様の小島だ――跡形もなく吹き飛ばしてやろう」




