■68.海軍の墓標、台湾。(前)
米華連合作戦司令部の指導の下、再編された中華民国空軍防空ミサイル司令部は台湾本島の防空網を速やかに再生させている。中華民国空軍が有する地対空ミサイルシステムはMIM-104パトリオット(PAC-2/PAC-3)、中距離地対空ミサイルシステムである天弓3型、そしてMIM-23ホークだ。
台湾海峡海戦が勃発したその日、MIM-104を運用する中華民国空軍第794防空ミサイル旅団は、澎湖諸島上空からさらに東進せんとするJ-10C戦闘機を4機撃墜した。中国人民解放軍に占領された澎湖諸島周辺空域は、偽装された防空陣地に潜むPAC-2や、天弓3型の射程圏内に入っている。
台湾本島とその周辺空域のほとんどは、回復した数個の防空ミサイル旅団が睨みをきかせていた。
それを承知の上で中国人民解放軍東部戦区共同作戦司令部は、台湾本島西海岸に対する航空作戦を敢行した。
狙いは台湾本島西部にある復旧を終えた航空基地。
中国人民解放軍空軍第25航空旅団は、澎湖諸島の東方にある嘉義空軍基地を攻撃するために、200kg級のクラスター爆弾で武装したJ-10C戦闘機を繰り出した。夕陽を背負って迫る影。航空爆弾の射程を稼ぐために、彼らは高空の爆撃コースをとった。
結果は、先に述べたとおりである。
J-10CはMIM-104に狙い撃ちにされ、また1機、また1機と撃墜されていった。
地上の対空レーダーを沈黙させるために第7航空旅団所属のJ-16戦闘攻撃機数機も控えていたが、台湾空軍の防空ミサイル旅団はレーダー装置を捜索目的で連続使用することを避けていた。台湾本島上空を往くアメリカ空軍の早期警戒管制機が、J-10Cの東進と予想針路を報せたからだ。
連続してSu-30MKK戦闘攻撃機を擁する第85航空旅団が、嘉義空軍基地や防空陣地を狙った航空攻撃を実施したが、これは台湾東部の花蓮空軍基地から緊急発進していたF-16V戦闘機に迎撃され、被撃墜機を2機出して終わった。
一方の台湾空軍もまた夕闇迫るこのタイミングで、薄暮攻撃を実施。
台湾南東部の志航空軍基地を発した4つの機影は、台湾本島の地形に沿って這うように翔け、一気に澎湖諸島――中国人民解放軍の手に落ちた澎湖空港に突進した。
「馬鹿げている」というのが彼ら攻撃参加者の共通見解。全長約14.5メートル、翼幅約8メートル。ふたつのエンジンの間に操縦席を載せ、主翼と尾翼を付けたような軽戦闘機――F-5Eによる殴りこみ。
澎湖諸島には未だ中距離地対空ミサイルシステムが揚陸されていなかったため、洋上に出たところで急上昇し始めたF-5Eを阻止する術は、中国人民解放軍にはなかった。F-5Eの翼下からAGM-65Gマーベリックが次々と発射され、澎湖空港の滑走路中央部や誘導路、地上設備に襲いかかった。
夜の帳が下りると、中国人民解放軍はKD-10巡航ミサイルによる攻撃を実施し、嘉義空軍基地や清泉崗空軍基地といった台湾本島東部の空軍基地を制圧した。
しかしながら同時に、台湾西部の空軍基地はほとんど無傷であった。KD-10巡航ミサイルの巡航速度はマッハ0.6程度であるから、ほとんどが台湾本島上空で撃墜されてしまったのである。
中国人民解放軍東部戦区共同作戦司令部は、本来ならば台湾本島の防空網を圧倒できるだけの巡航ミサイル攻撃を実施したかったが、ここにきてさしものの軍備にも限界がきていた。
東部戦区空軍参謀長の唐瑞昌空軍少将は一目もはばからずに舌打ちした。
(対日攻撃などするからだ)
唐瑞昌空軍少将はロケット軍の台所事情には明るくないが、KD-10巡航ミサイルの配備数は3000発前後だと知っていた。
一見すれば使い切れない数量にも思えるが、広大な空軍基地や港湾などを1箇所潰すだけでも複数発が必要になるし、復旧を遅らせるためにも断続的な消費が必要だ。巡航速度は音速に満たないため、迎撃も当然受ける。
台湾本島だけであれば、戦闘機部隊が配備されている空軍基地は8~10箇所に限定されるし、大規模な港湾も限られている。
が、中国人民解放軍ロケット軍は日本列島の自衛隊、在日米軍基地とあまりにも手を広げすぎた。
アメリカ政府の牽制で弾道ミサイルが使えなくなった現在、巡航ミサイルの備蓄が底をつくのは時間の問題だといえた。
中国人民解放軍東部戦区共同作戦司令部は、台湾海峡の航空優勢を得るために、台湾本島の航空基地を叩きつつ、澎湖諸島の強化を図ろうと考え、澎湖島に自走地対空ミサイルHQ-17を揚陸していた。
HQ-17はロシア製9K331地対空ミサイルの複製であり、レーダーやミサイルをひとつの車輛に搭載している優秀な対空兵器である。
ただし野戦防空を主とする地対空ミサイルであり、最大射程は20km程度に過ぎないため、周辺海域に“傘”を提供できるほどではない。
そこで白羽の矢が立ったのは、またもや052D型駆逐艦であった。
052D型駆逐艦の有する艦対空ミサイルで澎湖諸島を、ひいては台湾海峡の防空網を構築しようというのである。2022年のウクライナ侵攻の折、ロシア海軍が防空の傘として艦対空ミサイルシステムを備える水上艦艇を供したのと同様の戦術だ。
強襲上陸作戦の際には上陸部隊の防空に就いていた中国人民解放軍東部戦区海軍第6駆逐支隊の052D型駆逐艦『厦門』と『南京』が、澎湖島北西沖・南西沖に舞い戻った。この位置ならば、台湾本島西海岸上空をも射程圏内に収めることが可能であり、両艦は艦対空レーダーを常時稼働させ、連合空軍の攻撃に備えた。
「私はここにいますよ、と叫んでいるようなものだ」
それを米華連合作戦司令部の面々はせせら笑った。
052D型駆逐艦『厦門』と『南京』が発するレーダー波を逆探知すれば、容易にその所在を割ることが可能だ。台湾本島に拠る戦闘攻撃機や地対艦ミサイル部隊は、この2隻を叩き潰すために動き始めた。
他方、台湾本島の遥か南方からも強力な水上艦隊が接近しつつあった。
003型航空母艦『河北』とはまた異なる――002型航空母艦『山東』から成る空母機動部隊である。彼らは002型航空母艦『山東』を中核とし、第2駆逐支隊を護衛につけた有力な部隊であり、さらに093型攻撃型原子力潜水艦『410号』が露払いとして、水上艦隊の前方を潜航していた。この『山東』もまたJ-15艦上機を以て、台湾海峡の防空網を強化するために、北上していた。
ところがバシー海峡の西方に差しかかったところで、先鋒の093型攻撃型原子力潜水艦『410号』が撃沈の憂き目に遭った。
驚くべきことに、『410号』潜水艦乗組員のほぼ全員が水圧によって圧し潰されたとき、海面上の誰もがそれに気づかなかった。




