■67.鉄底海峡。(後)
後に台湾海峡海戦と称される戦いは、中国側が基隆市・新北市沖に接近しつつあるアメリカ海軍輸送船団を発見したことから始まった。
中国人民解放軍東部戦区共同作戦司令部は、複数の無人機を台湾海峡周辺に繰り出しており、その多くが妨害電波を受けたり、撃墜されたりしていたが、その日は“ツインテール”の名で知られる無人機、TB-001が幸運にも敵船団を捉えたのである。
尖閣諸島周辺海域から転進してきた956E型駆逐艦『杭州』に攻撃命令が下った。
「我々の本領発揮といこう」
と、駆逐艦『杭州』政治委員の鍾勤曜は周囲へ朗らかに言ったが、顔面に張りつく笑顔は緊張で引きつっている。
温州市沖に浮かぶ満載排水量約8500トンの彼女は、艦首方向に構える4連装ミサイルランチャー2基から数秒間隔でYJ-12Aを連続発射した。射程を最大限まで延伸するため、白煙を噴きながらYJ-12Aは高度を稼ぎ、そのままマッハ2という巡航速度で瞬く間に距離を詰めていく。
「対空戦闘――」
「輸送船に通報」
「どこのどいつだ、台湾北部に物資を揚げようと思った馬鹿は」
他方、輸送船の護衛に就いていたアメリカ海軍駆逐隊の一部は、即座に対空戦闘を開始した。アーレイバーク級駆逐艦『ウェイン・E・マイヤー』と『ステレット』は艦対空ミサイル16発を発射――S字の軌道を描いて防空網を掻い潜ろうとするYJ-12Aと、それに追いすがるSM-2による格闘戦。
次々と炸裂する無数の弾頭。
橙の煌めきの合間を、1発の弾体が翔け抜ける。
電撃のスプリント。最高速度マッハ4に達したYJ-12Aは、ワトソン級貨物船『ポメロイ』を庇うように船団最西端を航行していた『ウェイン・E・マイヤー』の後部煙突に突入し、左舷側に貫けたところで炸裂した。
衝撃波で揺らぐ『ウェイン・E・マイヤー』。飛散する破片が後部甲板に突き刺さり、無数の破孔が生じる。
同時刻、駆逐艦『杭州』は大きく旋回し、北東へ遁走していた。
駆逐艦『杭州』艦長の牛偉廷海軍大佐はYJ-12Aを発射後、最大速力で即座に移動すると部下に周知させていた。4連装ミサイルランチャーを連続発射すれば、所在は当然割れるに決まっている――だが諦めずにすぐに駆け出せば、1分間に1kmも動ける。敵が放った反撃の対艦ミサイルの捜索範囲から逃れることが出来るかもしれない。
その『杭州』と入れ違いに発射地点に急行していたのは、055型駆逐艦『南昌』・052D型駆逐艦『淮南』だ。
彼女らの得物は巡航速度マッハ0.9、終端速度はマッハ3となるYJ-18艦対艦ミサイルである。最大射程は約600kmだが、亜音速では目標到達まで数十分を要するため、現実的にはもっと接近しなければ使えない。
(なぜ我々が対艦攻撃に赴かねばならないのだ)
055型駆逐艦『南昌』政治委員である王飛は、内心では不満たらたらである。艦対艦攻撃よりも空対艦攻撃の方が射点への進出も、発射後も撤収も快速で実施できるではないか。
……実際、中国人民解放軍東部戦区共同作戦司令部は、航空攻撃にも踏み切っていた。
標的は敵輸送船団と基隆港をはじめとする港湾施設であり、これを阻止するために北部戦区空軍から供出された戦闘攻撃機隊を繰り出している。
最先陣は第1航空旅団のJ-20A。それにJ-16戦闘攻撃機から成る第3航空旅団や、JH-7戦闘攻撃機の第15航空旅団が続く恰好だ。彼ら全機をすり潰してでもアメリカ海軍の揚陸作戦を妨害しようという腹積もりである。
だが友軍の早期警戒機から情報を得た中国側の操縦士は思わずうめいた。
鉄翼の防衛線が、行く手――台湾北部に現れていた。
攻撃に向かう中国人民解放軍空軍機を迎え撃つのは、中華民国空軍第26戦闘機作戦隊のF-16V戦闘機、アメリカ海軍第27戦闘攻撃飛行隊ロイヤルメイセスのF/A-18E戦闘攻撃機、フランス海軍第17飛行隊ラ・グロリューズのラファールM艦上戦闘機だ。東方からはさらに航空自衛隊のF-15戦闘機隊が急接近しつつあった。
中国空軍機を支援する早期警戒管制機の面々や戦闘機隊の操縦士らが、相手方の詳しい陣容を知ることは出来ないが、それでも彼らはこの時点で作戦失敗を悟った。中国側の戦闘攻撃機はみな爆装している関係で機動が鈍重になっている。J-16戦闘攻撃機は中距離空対空ミサイルのPL-12を装備しているし、J-20Aもまた同様であったが、やはり不利は否めない。
ところが司令部は作戦中止を指示することはなかった。いずれにしても間に合わない。
互いに亜音速で翔ける両者の距離は、瞬く間に詰まる。
乱舞する中距離空対空ミサイル。超音速の白刃が吹きつける嵐の中へパイロットたちは臆することはなく飛びこんでいく。ここに現代戦ではなかなか起こりえないと考えられてきた格闘戦が生起する。
飛び交うAIM-9XとPL-10。唸りを上げる機関砲。
機関砲を装備していないJ-20Aが、ラファールの30mmリボルバーカノンに捉えられる。左カナード翼が弾けたかと思うと左主翼が千切れ、そしてエンジンを射抜かれた黒い機影は炎を曳きながら海面に叩きつけられた。
その脇ではJ-16の放ったPL-10に右主翼をもぎ取られたF-16Vから操縦士が緊急脱出。
兵器庫を開いて投棄と同様に誘導爆弾を投弾し、高空から高速で襲いかかるJ-20AをF-16Vが迎え撃つ。交錯する銀翼。一瞬遅れてF-16Vが発射したAIM-9Xは、U字を描きながら横合いを翔けるJ-20Aを追跡していく。
「ケニーがやられたッ」
「カートマン、6時方向――」
「チャイニーズのふにゃち■野郎に負けるかよぉおおおお――お゛っ、緊急脱出ォ!」
大空の馬上槍試合の最中を黒煙が一条伸びていく。
エンジンノズルに突入した短距離空対空ミサイルが炸裂し、機体後部が滅茶苦茶に破壊されたF/A-18Eが火を曳きながら緩降下していった。
その乱戦空域にまた1機、荒鷲が接近しつつあった。
必殺の99式空対空誘導弾と04式空対空誘導弾を引っ提げた完全武装の猛禽は、増槽を投棄して急加速。そのまま焔翔ける戦場を突っ切った。その航跡に、新しくふたつの爆発が生じる。
「敵機が1機突っ込んできた!」
「俺に任せろ」とその新手に食らいつこうと機首を翻したJ-20Aの操縦士は次の瞬間、真正面にF-15Jを見た。そして胴部右側に備えられた20mmバルカン砲の昏い砲口が、火焔を吐き出した。回避機動を試みる暇もない。
すれ違っていく航空自衛隊第5航空団所属のF-15J。
空中にばら撒かれた弾丸に突っこむ形になったJ-20Aは、機首と風防と操縦席がズタズタに破壊された状態で飛んでいく。
「動きが読まれているッ」
僅かな翼の動きはおろか、風防越しに見る操縦士の動きまで捉える超能ともいえる動体視力――“昼間でも星が見える” 相川暁二等空尉は、無感動にきょうも複数機を叩き落とした。
結局、中国人民解放軍空軍はこの日40機以上の被撃墜機を出した。
肝心の空爆は失敗している。連合空軍の抵抗が比較的少なかった緒戦に、ステルス性能を活かして基隆港から数十kmの距離まで進出できたJ-20Aが投弾した誘導爆弾が、港湾に臨む火号山や砲台遺跡を直撃した程度に終わった。
逆に中国人民解放軍空軍は台湾本島北方沖の航空優勢を一時的に喪失――。
そして055型駆逐艦『南昌』・052D型駆逐艦『淮南』は、F/A-18Fから成るアメリカ海軍第102戦闘攻撃飛行隊ダイアモンドバックスによる熾烈な航空攻撃の標的となった。使用されたのは射程数百kmのAGM-158Cであり、『南昌』・『淮南』は高空に控えるF/A-18Fを捉えたものの、ステルス性を意識した鋭角的な弾体をなかなか捕捉出来なかった。
彼らは自艦に攻撃が迫っているかさえわからなかったのだ。
「まずい――」と、冷静沈着で知られる『南昌』政治委員・王飛が思わず漏らした。055型駆逐艦の戦闘指揮所に詰める幹部や下士官らもまた、迫る空対艦ミサイルを検出出来ずにいるのでは、と思っていた。
「映った!」
20発近い光点が真南の方向に出現――滑空翼を広げた凶弾は亜音速で数十kmの距離まで両艦に迫っていた。
そこからは自己の生存を望む艦艇側と、直撃という最期を望む弾頭側との決闘。駆逐艦『南昌』・『淮南』の垂直発射装置が次々と中距離艦対空ミサイルを宙に放り出し、艦対空ミサイルは空中で炎を吐き出してAGM-158Cの弾頭へ向かう。
そう時間はかからずに、決着はついた。両艦の迎撃を潜り抜けた3発の弾頭は、『南昌』・『淮南』前部甲板をぶち破り内部で炸裂した。
「我々の艦はまだ沈んでいませんが」
駆逐艦『南昌』政治委員・王飛ら幹部の下には、すぐに死傷者やダメージコントロールに関する情報が上がってきた。2発の直撃を受けた『淮南』は艦首の損傷が激しく、前進すると浸水が進行する恐れがあり、後進しか出来ない状況だという。
だが、浮かんでいる。浮かんでいる以上はこの場に留まり、YJ-18艦対艦ミサイルによる攻撃を試みることも出来なくはない――が、彼らは任務続行を諦めた。駆逐艦『淮南』は後進で母港を目指し、『南昌』はその後を付いていく。
055型駆逐艦『南昌』が損傷を受けた頃、台湾本島西方での戦闘が激化しつつあった。
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次回更新は5月12日(木)を予定しております。




