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■6.国境会戦。(前)

「北韓の連中は州駅のところまで来たそうじゃないか!? 阻止できるのか?」

「……我々は努力します」

「答えになっていない! いま坡州病院と坡州スタジアムは重傷者で溢れかえっている。そして見てのとおり曲陵川橋をはじめとした橋梁は、南へ逃げる市民で埋め尽くされている! 彼らが避難する時間が稼げるのかどうか!?」


 坡州市庁の駐車場で、ひとりの小隊長が市庁関係者に詰問されていた。

 駐車場には2輌のK200装甲兵員輸送車が停車しており、市議会の脇を通る舗装路を機関銃やパンツァーファウスト3を携えた隊員が走っていく。敵の斥候はすでにこの市街地に侵入しており、銃声が連続して鳴り響いている。敵機械化部隊の本隊が出現するのも時間の問題だろう。彼らはこの坡州市中心市街地で、敵に出血を強いるように命令を受けていた。


「……」

「おい、なんとか言ったらどうだ!?」


 土埃にまみれ、よれたスーツを着た市庁関係者は、感情のまま怒鳴った。

 対する20代の小隊長が、何か言葉を返すことはなかった。彼自身も――否、彼の上官にあたる中隊長も、第11歩兵旅団長も、第1師団長も、時間稼ぎに成功するという確信はもっていなかった。


 大韓民国北西部に位置するこの坡州市は、緒戦から朝鮮人民軍による激しい攻勢に直面した。朝鮮人民軍からしてみれば坡州市を突破し、南方に広がる高陽市を抜けば、そこはもうソウル市――ひとつの戦略目標達成なのである。

 それを韓国陸軍もよく理解している。故に官民にいかなる損害が生じようとも、この市街地で敵を迎え撃たなければならなかった。

 当初、坡州市全域に駐屯する韓国陸軍第1師団は、坡州市北部を流れる臨津江を以て敵の阻止を試みた。河川という地形上の有利もあるが、橋梁の爆破に成功すればかなりの時間が稼げるはずであった。が、砲撃と航空攻撃によって機動が妨害された上に、南侵トンネルによって浸透していた敵軽歩兵部隊の攻撃により、臨津江に架かる統一大橋と、白政権下で乱造された第二統一大橋、第三統一大橋の爆破に失敗。そこへ62式改軽戦車から成る偵察隊や、VT-4主力戦車“紅旗号”に率いられた機械化部隊が殺到し、阻止出来ないまま彼らの突破を許してしまった。

 韓国陸軍第1師団が防御側の有利を活かせなかったのは、前述した熾烈な砲爆撃により最初の数十分から1時間で多数の死傷者を出したことと、電子戦で通信が不安定になったことにある。第1師団の主力は第11歩兵旅団・第12歩兵旅団・第15歩兵旅団から成るが、師団司令部が掌握し、組織的な防衛戦に参加させることが出来た戦力はあまり多くなかった。

 そして臨津江で敗北した彼らは、いま坡州市庁周辺で態勢を立て直していた。

 すべては市民の避難に必要な時間を稼ぐため――ではない。今度は臨津江での失敗を繰り返さないためだ。つまり坡州市庁南方に横たわる複数の河川、そこに架かる橋梁を爆破する時間を稼ぐことが目的であった。


「敵軽戦車10輌が女子高校前から金村駅方面へ向かう」

「第12歩兵旅団は金村小学校に逃げ込んだ敵斥候の掃討を完了」

「右翼――衙洞洞の方が弱い。第7戦車大隊を布陣させよう。いまは先に報告があった軽戦車10輌だけだが……。すぐに主力戦車が雪崩れこんでくるぞ」


 坡州市最後の攻防戦は、市庁北方の住宅街で始まった。

 マンションやアパートの建ち並ぶこの街区は、ロケット弾の直撃で一角が突き崩されているものの、防御側に有利となる遮蔽を提供していた。市街地は敵火力を吸収する。さらに韓国側は集合住宅の合間から迫撃砲や対戦車ミサイルを撃ちかけ、殺到する攻撃部隊を痛めつけようという算段である。さらに緒戦の猛爆撃を生き残った第2装甲旅団のK1A2戦車も、この坡州市庁周辺に集まっていた。

 対する朝鮮人民軍第4軍団は、偵察用UAVの投入と偵察大隊の活動で韓国側の動きを捉えていた。そこで第4軍団は一挙にこの韓国陸軍第1師団の防御を破砕すべく、戦車旅団を差し向けるとともに、自走砲兵旅団・ロケット砲兵旅団の火力を一斉にこのエリアへ投じた。


 かくして火力と火力をぶつけ合う瓦礫の中の死闘が始まった。

 榴弾が飛び込んだアパートが倒壊し、マンションがロケット弾の直撃を受けてガラスと外壁の破片を飛び散らせる。

 乗り捨てられた自動車を踏み潰して姿を現したVT-4は、その身にまとう複合装甲と爆発反応装甲でパンツァーファウスト3の弾頭を弾き返すと、125mm滑腔砲と遠隔操作式重機関銃の連続射撃で、勇気ある韓国兵をバラバラに解体していった。

 一方の韓国側も一歩も退かず、頑強に抵抗を続けた。K1A2戦車が常に敵戦車旅団の前面に立ち、その衝撃力を受け止め、106mm無反動砲を搭載したK-116ジープが街路を神出鬼没、側面に回りこんで敵装甲兵員輸送車や軽戦車を討ち取っていく。韓国陸軍第1師団将兵は市街地の構造を知り尽くしている。


挿絵(By みてみん)

(106mm無反動砲搭載車両※1)


(敵が途切れない)


 先程、市庁関係者に詰め寄られていた若い小隊長もまた、最前線にいた。

 砲爆撃によって外壁が崩れ、鉄筋やコンクリートといったグロテスクな中身を曝け出したマンションに見下ろされながら、小隊は不用意に近づいてくる敵車輛や歩兵に射撃を浴びせ、少なくない戦果を挙げていた。すでに彼らが潜む廃墟の前面には、10名近いよじれた死体と、砲塔を吹き飛ばされた歩兵戦闘車の車体が転がっていた。

 にもかかわらず、新手は怯むことなくじりじりと距離を詰めてくる。

 そろそろ限界だ、と小隊長は感じた。先程まで105mm戦車砲で連続射撃を繰り返していた第1師団第7戦車大隊のK1E1戦車は、砲弾がなくなったらしく後退している。


「小隊長ッ、私たちも――」


 経験豊富な下士官が銃声に掻き消されまいと怒鳴り声を上げる。

 その頭上を無数のロケット弾が飛び越していった。


(へたくそ)


 と、小隊長が思ったのは一瞬のことである。

 彼らを飛び越していった122mmロケット弾が重力に曳かれるまま落下していくその先は、坡州病院やスタジアム、避難民でいっぱいの道々――そのど真ん中で弾頭が炸裂した。

 鋼鉄の火焔の嵐。薙ぎ倒される人々。無数の生命が、散っていく。




◇◆◇




(※1 出典:大韓民国国軍公式flickr)


次回の更新は7月24日(土)午前6時を予定しております。

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