■55.センカクの価値はどれくらい?(中)
尖閣諸島の軍事拠点化――防衛省関係者もまたこれを一笑に付そうとしたが、護衛艦『いずも』から発艦したF-35Bや沖縄本島周辺空域のE-767早期警戒管制機による航空偵察の結果、思いのほか中国人民解放軍の戦力が尖閣諸島周辺に集結していることに驚いた。
実際、中国人民解放軍東部戦区共同作戦司令部は、第14護衛支隊の056A型フリゲート『六安』・『朔州』を派遣し、搭載艇により陸戦隊員を釣魚群島に上陸させるとともに、072A型戦車揚陸艦『五台山』も送り込んでいた。
満載排水量約5000トン、水陸両用戦車なら10輌を格納出来るこの『五台山』は、05式水陸両用歩兵戦闘車の砲塔を取り払い、通信設備を増強した水陸両用指揮車を輸送。南小島のような平地のある島嶼には、輸送ヘリを使って物資を空輸している。これにより先に釣魚島に上陸していた顧家正海軍少佐の手許にも携帯式地対空ミサイルや、重機関銃が届けられた。
さらに敵の反撃に備えて052D型駆逐艦『紹興』と『太原』、956E型駆逐艦『福州』と『杭州』が釣魚群島の北方に進出した。
防空能力に長けた052D型駆逐艦2隻の登場は、釣魚群島に地対空ミサイル陣地が発生したに等しい。
また956E型駆逐艦は満載排水量約8000トンを超える旧ソ連製ソヴレメンヌイ級駆逐艦の近代化改修タイプであり、強力な艦対艦能力を有する。巨大な四連装艦対艦ミサイルランチャーを2基抱えるその威容は誰をも圧倒するが、決してこけおどしではない。彼女が備えるYJ-12A艦対艦ミサイルは釣魚群島北方から発射した場合、宮古島北端まで届き、石垣島、西表島、与那国島全域を射程内に収めてしまう。
彼女たち精鋭水上艦隊の出現によって、釣魚群島周辺海域はまさしくミサイル陣地となったのである(逆説的にいえばミサイル駆逐艦の進出が可能であれば、釣魚群島に苦労してミサイルシステムを揚陸する必要などこれっぽっちもないということになるのだが……)。
勿論、陸海空自衛隊武力攻撃事態対処統合任務部隊――JTF-防人側には、尖閣諸島周辺海域に現れた敵の陣容、その詳細まではわからない。だが複数の水上艦艇が進出してきたことや、揚陸艦の出現については察知出来ていたため、「すわ、本気か」という話になった。
中国人民解放軍東部戦区共同作戦司令部は、海軍力だけではなく空軍力をもこの方面に差し向けている。釣魚群島に上陸した警備隊を守るためには、先島諸島や沖縄本島の敵基地と機動部隊を制圧しなければならない。彼らは海空軍機を掻き集め、琉球弧に叩きつけた。
(畜生――)
復旧した新田原基地・空自第5航空団所属のイーグルドライバー、相川暁二等空尉は沖縄本島周辺空域の空中哨戒中に、中国人民解放軍空軍の最先鋒と遭遇した。
始まったのは、交戦というよりも逃走である。
中国人民解放軍空軍第9航空旅団所属のJ-20Aによる長駆攻撃の場に、偶然居合わせた相川二尉とその僚機――2機のF-15Jは警報装置に追い立てられるまま、超音速で迫るアクティブレーダーミサイルを最適の運動で回避する。
(痛みは所詮、電気信号にすぎない)
急激な加速で千切れていく毛細血管と身体にかかる強烈な負担を無視し、相川二尉は無機の殺戮者が想定する未来位置を裏切り続けた。
(問題は痛みではなく、感覚器官の停止だけ)
彼女は常人ではない。血流不足により眼球や脳が機能を停止する“際”と、F-15Jの機体限界を知悉している。超常的な機動で敵の空対空ミサイルを振り切ると、強力な双発エンジンで上昇に転じた。
銀翼は、瞬く間に蒼穹を衝く。
空頂君臨する荒鷲。
そして鋼鉄の怪物を乗りこなす道産子の騎士は、超能的な視力で遥か遠方に影と炎を見た。
(発射炎と発射母機――)
すでに僚機の曽野三尉は緊急脱出し、決闘から離脱している。
にもかかわらず相川二尉は躊躇せず、現状ではレーダーに映っていない敵機へ突進した。完全武装の翼下には04式空対空誘導弾4発と、99式空対空誘導弾が4発――相川二尉は「4機撃墜」と皮算用した。
「あ?」
J-20Aの操縦士は何が起きたか、理解できなかっただろう。即死の数秒前に彼が体験したのは、自衛隊機が発射したミサイルを回避した先に、別のミサイルが待ち構えていた、である。
「こいつ、アクティブレーダーミサイルと赤外線誘導ミサイルを組み合わせて――!」
僚機の撃墜に驚いている間もなく、もう1機のJ-20Aも同様に食われた。
迫る99式空対空誘導弾を回避しようと横転したその先に、04式空対空誘導弾が“置いてある”。
04式空対空誘導弾は発射後に目標指定が出来る。つまり相川二尉は、自身が予知した敵機の回避運動先へ事前に04式空対空誘導弾を発射しておくことが可能であり、敵が回避のために動いた後にロックオンして撃墜することが出来たのだった。
弾頭が機体背部に直撃、くの字に破砕したかと思うとその0.3秒後に爆発するJ-20A。
火球と黒煙――その脇を銀の軌跡が往く。
最前衛のJ-20Aを破壊した有翼騎兵は未だ4本の戦槍を有しており、輪乗りして周辺を索敵すると、後方へ控えていた4機のJ-16戦闘攻撃機に襲いかかった。
彼らにとって不運だったのは、相川二尉の新年の抱負が“有言実行”だったことである。そして相川二尉は少々くるっている。そうでなければ彼女は数的不利もあり退いていたかもしれないが、現実にはその新年の抱負のために彼らは虐殺された。
「友軍機か?」
自衛隊機が単機で突っこんでくる、と思っていないJ-16――第40航空旅団の操縦士らは、音速の衝撃に蹴散らされた。近距離で発射された99式空対空誘導弾と04式空対空誘導弾は、J-16の機首を叩き潰し、潰しながら炸裂した。
この相川二尉が作り出した空白地帯に、日中米仏の航空部隊が一気に殺到する。
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次回更新は3月2日(水)を予定しております。




