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■53.白日はいまだ天にあり。(後)

 中華民国首脳陣は物理的に離散している。

 行政院長(首相)の侯愛嵐は国軍連合作戦指揮センターに、内政部長の彭志宏は国家政軍指揮センターに、外交部長の洪承軒は地球の反対側――英国にいた。他の行政院(内閣)のメンバーも台湾本島内に散っている。

 これは中国人民解放軍の斬首作戦をかわすための機略であった。

 開戦初日、禿頭はげあたまから“太陽能板”という渾名をつけられている70歳の長老、侯愛嵐は「かっかっ」と笑い、「開明獣の9つの頭、潰せるもんなら潰してみー!」と豪語した。彼の言うとおり、中国共産党側が外科手術によって中華民国首脳陣を取り除こうと思えば、台湾本島中を吹き飛ばし、あるいは駆け巡らなければならないだろう。

 そして中華民国総統の劉巧欣はいま、中華民国海軍の主力とともに太平洋上にてアメリカ海軍第7艦隊と合流を果たしていた。


「侯愛嵐先生たちは大丈夫でしょうか」


 艦内にて国民を鼓舞する動画を撮り終えた劉巧欣は、秘書の質問に無表情で答えた。


「自由が脅かされているこの瞬間に、安全な場所はない。例外も。玉山ここも同様よ」


 政治家の常として、行政院も一枚岩ではない。

 しかしながら“現状じゆう”を守るという一点では、全面的に協力し合える――と劉巧欣は思っていた。その証明として、なにがしかの政治的意図があったとしても、開戦すれば猛爆に晒されるであろう台北市内の逃げも隠れも出来ない地下要塞に籠ることは、覚悟が要ることに違いない。


 現在、中華民国国軍の大部分は3万㎢弱――豊かな自然を擁する台湾本島にって、中国人民解放軍に対して反撃を続けていた。

 空軍機を飛ばせないまま打撃され続ける中華民国空軍ではあったが、それでも彼らの手許てもとには未だ得物が握られている。それも、ともすれば折れそうな貧弱な槍ではない。有効射程数百kmの破城鎚――雄風2E型巡航ミサイルであった。

 雄風2E型巡航ミサイルはれっきとした地対地巡航ミサイルだが、運用は陸軍ではなく空軍防空ミサイル司令部がしている。彼らは中国人民解放軍の先制攻撃によって全軍が混乱状態に陥った場合でも、独自判断で大陸沿岸部の敵基地を焼き払えるように訓練されていた。

 10年代の時点で約250発完成、さらに現在まで生産が続けられてきた鋼鉄の凶器は、地下シェルターから次々と引き出され、断続的に中国人民解放軍の軍事基地目掛けて発射された。

 ただし戦果を挙げたとは言い難かった。

 雄風2E型巡航ミサイルの配備先のいくつかは、中国人民解放軍によって事前にマークされていたし、発射されてもマッハ0.9に満たない速度で敵の監視下にある台湾海峡を横切らなければならないため、中途で撃破される弾頭が多かった。


 外洋航行可能な主力艦を太平洋上へ避退させた中華民国海軍は、潜水艦と快速艦艇による神出鬼没の襲撃作戦を計画していた。

 敵航空戦力が優勢な状況下で、相手の海上優勢を揺るがすにはまず究極のステルス兵器ともいえる潜水艦が一番だが、中華民国海軍は潜水艦を4隻しか有していない。しかも内2隻は練習用潜水艦であり、両艦とも1944年進水の『カットラス』、1945年進水の『タスク』の老兵――到底、実戦に供せるものではなかった。

 そのため残るオランダ製剣龍型潜水艦『海龍』・『海虎』のみが頼みの綱だ。


 中国人民解放軍の水上艦艇に痛撃を与えられる可能性がある快速の小艦艇については、潜水艦に比すれば充実している。

 艦対艦ミサイルを4発装備可能である光華六号ミサイル艇(排水量約200トン)は、00年代から10年代にかけて30隻以上就役しているし、満載排水量1000トン未満の重武装コルベットも10隻以上が運用されている。

 しかしながらこれら快速艦艇を指揮する第131艦隊の関係者は、ミサイル艇やコルベットがどれだけの戦果を挙げられるか疑問視していた。第131艦隊の小艦艇は自力で遠方の敵艦を捜索する術をもたないし、敵の航空優勢下で航空機によるターゲティングは難しい。

 それは地対艦ミサイルを装備する海軍海鋒大隊も同様である。


 しかし好機はすぐに巡ってきた――前述の通り、台湾本島からわずか50kmしか離れていない澎湖諸島に、中国人民解放軍は強襲上陸を敢行した。

 つまり周辺には“好餌”が遊弋している、というわけだ。

 猛威を振るったのは地上発射型の雄風3型対艦ミサイルであった。

 台湾本島に配備されていた海軍海鋒大隊・機動中隊は、海岸線から60km以上離れた内陸部から雄風3型対艦ミサイルを連続発射――撃ち出された雄風3型対艦ミサイルは瞬く間に彼我の距離を詰めると、超音速まで加速して澎湖諸島周辺海域に浮かぶ中国人民解放軍海軍水上艦艇に襲いかかった。


「間に合わない」と艦隊防空に割り当てられていた052D型駆逐艦のCIC要員はつぶやいた。

 彼女は澎湖諸島西方沖に配されており、標的となった揚陸艦や前衛のフリゲートを超音速ミサイルから守るための対処時間はほとんど得られなかった。052D型駆逐艦の一同はただ、味方艦がほふられる一瞬を見守ることしか出来ない。

 エアクッション揚陸艇を搭載する072A型戦車揚陸艦を沈めたのを皮切りに、続いて054A型フリゲート、081型掃海艇といった最前線に立つ艦艇に超音速の弾頭は飛びこんでいった。

 当然のごとく、爆沈である。


 実際のところ中華民国国軍の反撃は、相手の大火力に比較すればはるかに劣弱で、雄風3型対艦ミサイルによる戦果もようやく一矢報いた程度に過ぎない。

 だがしかし、確実に彼らの奮戦は中国人民解放軍東部戦区共同作戦司令部の将官や参謀たちを苛立たせていた。




◇◆◇



次回更新は1週間以内を予定しております。

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