■52.白日はいまだ天にあり。(中)
蒼穹に舞う鈍色の小型航空機は、レーダー波を捕捉すると同時に躊躇せずにその発生源へ突撃した。
ミサイル然とした円筒状の胴体に翼を備えた航空機――中華民国空軍の剣翔無人機は、厦門島南部の山腹へ奔ると、稼働していた対砲兵レーダーをその身もろとも火葬した。
続けてもう1機の剣翔が、地対空ミサイルシステムの移動式レーダーに衝突。運良く剣翔が備える弾頭は不発であったが、レーダーを起立していた車輛はバランスを崩し、悲鳴を上げながら横転――次の瞬間、遅れて弾頭が炸裂した。噴き出す火焔とともに鋼鉄の破片が撒き散らされ、傍で呆然と立っていたひとりの兵士が無残にも引き裂かれた。
反射的に伏せたことで難を逃れた兵士たちは口々に「なんで迎撃しないッ」と苛立ち紛れに怒鳴ったが、剣翔が発射される金門島と、彼らの位置関係はあまりにも近すぎる。
(中華民国陸軍金門防衛指揮部 M41戦車部隊 ※1)
中国人民解放軍の砲兵部隊が展開する厦門市一帯と、それに対峙する中華民国陸軍金門防衛指揮部の守る金門島は、開戦以降の2日間で荒廃した。
半日で陥ちると思われた金門島は、中国人民解放軍陸軍第73集団軍・第14両用合成旅団と第92軽型旅団の強襲上陸を許してもなお、激烈な地上戦を以て抵抗していた。
第73集団軍は金門島を守る金門守備大隊と烈嶼守備大隊を壊滅させようと、対岸に並べた多連装ロケット砲や155mm自走榴弾砲で執拗に砲撃したが、トーチカなどの修繕や新たな陣地構築を終えていた中華民国陸軍金門防衛指揮部の各隊はこれによく耐えた。
「神獅に殴りかかったことを後悔させてやる」
平時の兵力わずか3000の金門防衛指揮部の諸隊は、耐えるどころか暴れ回った。
金門島は前述の通り、大陸沿岸部と指呼の距離にある。つまり金門守備大隊が有する120mm重迫撃砲や金門防衛指揮部砲兵大隊の榴弾砲でも、十分“報復”が可能なのであった。
さらに金門島には中華民国が開発した新兵器、剣翔無人機が配備されている。
この剣翔は所謂、自爆型ドローンだ。民間のそれに擬装可能なコンテナ型発射機に数機から12機格納可能で、各種電波の発信源へ自律的に突進、撃破する。
昔ながらの砲弾と新型ドローンを以て、金門島の防衛部隊は大陸沿岸を荒らし回った。
電子妨害を受けて迷走する剣翔が厦門市街の高層マンションに激突し、流れ弾がオフィス街を叩き潰す。
「対岸への攻撃は中共のプロパガンダに利用されないか」と金門防衛指揮部砲兵大隊の一部幹部は、相手が自身の被害を大げさに喧伝するのではないかと心配したが、大隊長は「やってもやらなくても連中はこっちが悪だって言いふらすんだから、やった方が得だろ」と一笑に付した。
「……。……。……」
さて。台湾本島北部、台北市に隣接する新北市中部――人工の遠雷と昆虫の音が響く山中では、中華民国空軍の施京樺空軍少将が濃緑の天幕内にて戦況を確認していた。
「……。……。……」
ストレスと睡眠不足で生じた目の下の隈をさすりながら、掠れた声で二言三言、何事かつぶやいている。
彼が知る戦況は、台湾側不利のまま進展していた。
金門島が粘る一方、大陸沿岸から約10kmの位置にある馬祖列島の防衛を担任する陸軍馬祖防衛指揮部(兵力約2000)との通信は途絶した。
また台湾本島から約50km西方に浮かぶ澎湖諸島では、陸軍澎湖防衛指揮部が強襲上陸した人民解放軍と地上戦を繰り広げているが、旗色は思わしくない。それも当然か。同指揮部の兵力は約8000名と金門島や馬祖列島に比較すれば倍以上だが、主力は1個歩兵大隊、1個戦車大隊、1個砲兵大隊があるに過ぎず、それに本部管理中隊や対戦車中隊、防空中隊がつくような形だ。
空軍はといえば、開戦初日に熾烈な先制攻撃を受けたことにより、まともな航空作戦を実施出来ない状況となっている。台湾海峡周辺空域の航空優勢は現在、中国人民解放軍が有しており、このままでは台湾本島強襲上陸の日も間近であろう、と施京樺空軍少将は悲観的であった。
「閣下、入ります」
「ああ。……楽にしろ。これで汗を拭け」
天幕内に入ってきたのは、私服姿の情報参謀であった。
「台北の方は酷いですね」
施京樺空軍少将からタオルを受け取った情報参謀は、首筋や顔の汗を拭うと十数km離れた台北市内の様子を語った。
政経の中心地である台北市は開戦当初から現在に至るまで、KD-10巡航ミサイルによる断続的な攻撃を受けていた。
敵の狙いは言わずもがな、軍司令部だ。
中でも中国人民解放軍が執拗に攻撃を繰り返しているのは、台北市北部の山地にある国軍連合作戦指揮センターである。ここは戦時には中華民国総統をはじめとする首脳陣、政府機能が移転し、戦争指導を実施するとされる最重要拠点だった。勿論、開戦と同時にミサイル攻撃に晒されることは分かり切っているので、20キロトンの核攻撃に抗堪し、航空爆弾数千トンの爆撃に耐えられるよう、山中にて地下要塞化されている。
だからこそ中国人民解放軍は緒戦で空軍基地や海軍基地を潰した後は、国軍連合作戦指揮センターの破砕、また政府の戦意を削ぐべく、台北市に多くの火力を投射していた。
「国軍連合作戦指揮センターや空軍作戦指揮部を潰してそれで戦争が終わるなら、どんなによかっただろうな――“同胞”の諸君」
施京樺空軍少将は情報参謀を一瞥さえせず、また独り言をつぶやいた。
一方で情報参謀は我が意を得たり、とばかりににやりと笑った。
「ええ。閣下の仰るとおり、ナチスドイツと同じ轍を踏んでくれる――かもしれません。連中が台北に注意を向けている間に、俺たちは計画通り司令部機能の移転と部隊の再配置、部隊間連携の回復に取り組める」
「開戦と同時に司令部が攻撃されるなど誰でもわかっていることだからな」
「国軍連合作戦指揮センターに詰める閣僚と将軍たちには申し訳ありませんが、あの永久要塞には、サンドバッグになってもらいましょう」
台北市に広がる山地に身を隠す彼らは、空軍戦術管制連隊。
移動式レーダー・通信部隊を有しており、国軍連合作戦指揮センターや空軍司令部、空軍作戦指揮部が壊滅した場合には、代わって航空作戦を指揮する部隊である。
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(※1)出典:中華民国陸軍フェイスブック
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