■46.停戦提案!?(煽り)
アーレイバーク級駆逐艦『ダニエル・イノウエ』(※1)
「これがイージス・システムの力か」
とアーレイバーク級駆逐艦『ダニエル・イノウエ』の幹部らは、安堵しながらも自国のテクノロジーに畏敬した。
『ダニエル・イノウエ』の艦名の由来は、第二次世界大戦中にアメリカ陸軍第442連隊戦闘団の士官として奮戦、右腕を失って帰国した後に下院議員・上院議員を務めたダニエル・イノウエ氏である。この艦は2021年12月に就役、最新型の長距離艦対空ミサイルであるSM-6を搭載していた。
『ダニエル・イノウエ』、『ラファエル・ペラルタ』、『はぐろ』が備えるそのSM-6とE-2D早期警戒機の組み合わせは、200km先からの敵の攻撃を容易に退けた。
約100発近い空対艦ミサイル――数発は撃ち漏らしが出るのではないか、と『ダニエル・イノウエ』の幹部らは考えていたが、無駄な心配であった。
一方の中国人民解放軍東部戦区共同作戦司令部は、哨戒機による戦果確認と第二次攻撃を急いだ。
すでに上海市沖には空軍第28航空連隊のH-6K爆撃機や、海軍航空隊第4師団のSu-30MK2が控えており、攻撃に向かう準備は整っている。
ところがいま海上自衛隊第4護衛隊群から200km離れた五島列島南西沖は、混戦の体を成しつつあった。
鋼鉄の荒鷲、F-15J戦闘機が必殺の99式空対空誘導弾とともに遅れて戦闘加入――離脱しようとするH-6J爆撃機に襲いかかり、これを護衛役のJ-10A軽戦闘機が防ごうと立ち塞がったからである。
この乱戦空域に大重量の空対艦ミサイルを装備させたH-6KとSu-30MK2を近づけることは出来ないため、第二次攻撃隊は射点に就かないまま引き返すことになり、作戦は一応の終了となった。
結局のところ「敵空母は沈められたのか?」というお偉方――中国人民解放軍東部戦区共同作戦司令部の中将クラスの将官・政治委員の疑問に答えられるような、明確な戦果は挙げられずじまいである。電波情報等も収集可能な哨戒機が、イージス艦が備えるSPY-1のレーダー波を遠方から捉えているため、いずも型護衛艦の直掩に就くミサイル護衛艦は健在だということはわかった。
後に漁船に偽装した情報収集船がいずも型護衛艦『かが』の艦影を捉えたことで、攻撃が完全失敗に終わったことが明らかになるのだが、東部戦区共同作戦司令部を擁護するとすれば、攻撃に踏み切ったこと自体に意味があった。
第4護衛隊群は、一旦の後退を決めている。SM-6やSM-2をはじめとした艦対空ミサイルには限りがある。第二次攻撃、第三次攻撃と断続的な航空攻撃に晒されれば、いずれ危機的状況が訪れるであろう。
つまりここで護衛艦『かが』を主力とした超音速ピンポンダッシュ作戦も終了――中国人民解放軍東部戦区は、自衛隊の基地攻撃を止めるという“副目標”を達成したということになる。
「まずいことになった……!」
ところが、いずも型護衛艦を撃沈して威信回復を図る、という“主目標”の達成には成功していない。
それどころか中国人民解放軍東部戦区共同作戦司令部は、日本側から致命的な爆弾を放り込まれた。
「えー先程、先程ですね、確認いたしました情報――中国人民解放軍海軍航空母艦『ワリヤーグ』撃沈について発表いたします。数時間前、尖閣諸島南方沖にて本邦の潜水艦が中国人民解放軍海軍の航空母艦『ワリヤーグ』を魚雷により攻撃、これを撃沈いたしました」
日本政府は昼飯どきからしばらくして開かれた内閣官房長官による記者会見で、001型航空母艦『遼寧』を撃沈した旨を暴露したのである。
石垣島北西沖に逃れた潜水艦『じんりゅう』から、『遼寧』を撃沈した旨の報告があったのは1時間前のことだった。和泉内閣は早速これを利用することにしたらしい。
「人道を重んじる日本政府は――」
安枝官房長官は、言葉を続けた。
「えー、日本政府はですね、この有事においても人命を尊重する姿勢をとり、中国政府に対して『ワリヤーグ』乗組員の救助活動のための24時間の日中間休戦を提案いたします」
和泉内閣は悪辣だ。
中国側が乗組員救助のための休戦を呑むためには、中国共産党首脳陣は001型航空母艦『遼寧』の被撃破を認めなければならず――『遼寧』乗組員遺族から開戦の責任を指弾されてもおかしくない立場に立たされる。
さりとて乗組員救助のための休戦を拒めば、端的に言って『遼寧』の乗組員を見殺しにすることになる。当面は報道管制・情報規制で誤魔化すことも出来るだろうが、体制を揺るがす可能性のある時限爆弾には違いない。特に見殺しの対象とされる軍関係者がどう思うだろうか。
実際には中国人民解放軍東部戦区海軍は、すでに『遼寧』乗組員の救助を試みており、最初から見殺しにしているわけではない。
だが、順調ではなかった。自衛隊や在日米軍のF-35Bが与那国島周辺空域にまで出没し始め、航空優勢が乱されつつあることや、潜水艦が潜伏している可能性がある海域だけに、水上艦艇の投入には慎重にならざるをえないことが大きい。であるから日本政府の申し出を受ければ、確かに『遼寧』乗組員の救助はスムーズにいくだろう。
……だが、“面子”がそれを許さない。
それを見越して踏み切った記者会見である。はっきりいえば“煽り”に近い。
実際、いわゆる“まとめブログ”と呼ばれるウェブサイトには、「遼寧の乗組員を助けてやろう、遼寧撃沈を認めるならなm9(^Д^)プギャーwww」「日本に情けかけられて、ねぇいまどんな気持ち? いまどんな気持ち?」「日本政府は救助を許してやろう。だが中国共産党が許すかな?」といったコメントが多く掲載された。
結局、中国共産党首脳陣は日本政府側の発表を憤怒とともに黙殺。そして中華人民共和国国家主席の華鉄一は、日本に対する報復を強く指示した。それも同じ潜水艦による報復を、である。
それが彼らが考える“面子”の保ち方だった。
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(※1)出典:アメリカ海軍 USS Daniel Inouye DDG 118 フェイスブック
次回更新は1月16日(日)18:00を予定しております。




