■44.一回裏の攻撃から、二回表中国側の攻撃へ。(前)
「えー正確な時間は申し上げられませんが、約30分前に中国沿岸部航空基地――江蘇省連雲港市にあります中国軍・白塔基地に対して、自衛隊機は敵基地反撃作戦を実施。敵基地反撃作戦は成功いたしました」
護衛艦『かが』艦上機部隊の攻撃成功から30分後、記者会見を開いた内閣官房長官の安枝貴幸の言葉に、記者たちはどよめいた。大方内容に予想がついていた今朝の記者会見とは異なり、今回は完全なる不意打ちだった。「まさか中国本土に対する攻撃に踏み切るとは」というのが、過半数の記者の感想であろう。
続けて安枝官房長官は「今後も日本政府は中国軍の武力攻撃に、敵基地反撃作戦を含めた断固たる対応をとっていく次第であります」と明言。また中国軍が利用する官民共用空港に関しては、現時刻から6時間以降に反撃対象に加えるとも発表した。
「6時間とはあまりにも猶予がないのではないですか」と記者から質問が飛んだが、安枝官房長官は「官民共用空港の那覇空港をはじめ、日本側の多くの港湾・空港は事前の予告なく攻撃を受けていました。また6時間という時間は、軍と関係のない方や航空機が避難するには十分な時間です」と切り返した。
日本政府が可及的速やかに記者会見を決行したのは、様々な思惑がある。
まず中国共産党に対して「連雲港白塔空港を攻撃したのはアメリカ軍ではなく自衛隊機である」とメッセージを発し、自衛隊には反撃能力が、そして日本政府には反撃の意志があると示すためであった。また極東大戦の推移を見守る世界各国に対しても同様である。
一方の中国側の対応だが――二転三転するようになる。
まず中華人民共和国外交部報道局は、即座に連雲港白塔空港が攻撃を受けた旨を否定した。なぜならばまだ中国人民解放軍東部戦区から報告が上がっていなかったからである。“この時点では”彼らにとって、日本政府の発表は事実無根の出鱈目だった。
「大本営発表は日本政府の伝統芸能。実際には劣弱な自衛隊は中国領土に一指も触れられない。日本政府関係者は脳みその容量が少ないとみえる。中国公民だけでなく、日本国民も騙せないのでは?」
と、戦狼外交の一環というよりも、品性下劣な投稿をSNSに続けている中国外交部関係者の張森は、例に漏れず様々なメディアにそう書き込んだ。
その投稿とほぼ同時に連雲港白塔空港を攻撃した真津内三等空佐の編隊とは別のF-35B戦闘機6機が、中国人民解放軍空軍上海崇明基地を攻撃した。上海崇明基地は別名“長江空港”とも呼ばれており、渾名のとおり長江の河口にある。周辺は人口密集地だ。その上空に出現したJSMは、そのまま約2600メートルの滑走路を有する同基地へ全弾命中――4発は地上施設上空で炸裂し、残る4発は滑走路に命中し、これを寸断する形となった。
火焔と黒煙、轟音。通学や出勤を終えて1日の営みを始めていた上海市民らは騒然となり、口々に「日本軍の攻撃じゃないか!」と言い合った。その様子を捉えた写真や動画は次々とWebにアップロードされ、中国当局は削除等に追われることとなった。
「……」
中国人民解放軍東部戦区共同作戦司令部は騒然となった。
東部戦区空軍基地が攻撃を受けたことで、中央政府の面子は丸潰れだ。中華人民共和国外交部報道局が、否定の声明を出した直後の出来事。責任の追及は、免れない。
東部戦区空軍政治委員の施諾中将は憮然とした表情を作り、政治工作部主任の朱思空軍少将は焦りの色を隠しきれていない。他軍種の幹部たちは「防空計画の見直しを図れッ――台湾・沖縄どころではないぞ」と空軍関係者に詰め寄ったが、政治委員・政治工作部主任と対になる東部戦区空軍司令官の郭雪空軍中将や同軍参謀長の唐瑞昌空軍少将は、
「我々は対台湾・沖縄方面の航空攻勢作戦を任せられています。本土防空は北部戦区空軍・中部戦区空軍の役割でしょう」
と開き直った。
このように責任の押しつけ合いが、軍種間・戦区間で始まった。東部戦区空軍の主張を聞いた北部戦区空軍や中部戦区空軍の関係者は憤然とした。東部戦区の作戦のために両戦区は、戦闘機部隊や攻撃機部隊、地対空ミサイル旅団、後方支援部隊を抽出している。にもかかわらず、日本側の反撃を受ければ「責任は東部戦区にあらず」とは――それこそ無責任な話ではないか?
政治委員も含めた軍関係者の間で激論が戦わされる前に、中国共産党首脳陣からの檄が飛んだ。檄というよりは、悲鳴に近い。なんとかしろ、というわけだ。日本国内に組織した情報網から、アメリカ軍機が今回の攻撃にどうやら関係していないことはわかっていた。幹部のひとりは「美国にやられるならともかく、小日本にやられては面子が立たない!」と悔しがったほどである。
かくして中国人民解放軍北部戦区や東部戦区は自衛隊の反撃を断つべく、敵機のホームベース――この時点でいずも型護衛艦がそれであろうとあたりをつけていた――の捜索を、哨戒機や早期警戒機から貨物船等に偽装した情報収集船まで駆り出して開始した。
対する第4護衛隊群の源大吾海将補は「敵の反撃はある」と左右に語っていた。断言口調である。長射程のJSMを使用しているとはいえ、敵基地と護衛艦『かが』は、戦闘行動半径約800kmから900kmのF-35Bの攻撃が届く位置関係――当然、敵基地に配備されている陸上機からの攻撃も届くのは道理だ。雲霞の如き数の敵陸上機が襲撃してきてもおかしくはない。
ただし第4護衛隊群には地の利がある。
有事においてもこの対馬海峡周辺は、様々な国籍の大小船舶が航行している。第4護衛隊群の護衛艦がその中に紛れているわけではないが、それでも識別はなかなか骨が折れる仕事のはずだ。
また航空自衛隊の援護も期待できる。五島列島――長崎県五島市には、北部航空方面隊から抽出されたPAC-2装備の高射部隊が展開済みであるし、戦闘機部隊が駐屯する航空自衛隊築城基地・新田原基地は滑走路の復旧を終えていた。
加えて第4護衛隊群の近傍には、在日米軍のミサイル艦が遊弋している。
中国側が海上自衛隊第4護衛隊群を捕捉したのは、正午前後になってからだ。中国人民解放軍東部戦区共同作戦司令部は即座にJ-16戦闘攻撃機を装備する空軍第7航空旅団とH-6J爆撃機を有する海軍航空隊第6師団に対し、稼働状態にある全作戦機を投入しての対艦攻撃を命じた。
H-6爆撃機(※1)
「16機――」
第7航空旅団では整備中や他方面の作戦に出動している機体を除く全作戦機――J-16戦闘攻撃機16機に爆装が施された。翼下に装備されたのはYJ-83空対艦ミサイル4発である。海軍航空隊第6師団は8機のH-6Jを用立てたらしい。これで一度に投射される空対艦ミサイルは96発――中小国の海軍を一瞬で消し飛ばせるだけの火力だ。
だが第7航空旅団の参謀らは「足りない」と思った。いずも型護衛艦の守りには、2隻以上のイージス・システムを備えたミサイル護衛艦が就いているであろう。さらにアメリカ海軍のミサイル駆逐艦・巡洋艦が、その脇を固めているかもしれない。そうなれば100発近い空対艦ミサイルであっても、敵の防空網を1発も突破出来ない可能性がある。
しかし現実的に、これがいま東部戦区の準備出来る最大火力に近かった。
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(※1)出典:防衛省統合幕僚監部公式Twitter
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