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■41.与那国島、陥ちず――!?(後)

「貴隊は速やかに釣魚群島南方へ進出し、与那国島占領を成し遂げるべし。作戦に遅滞は許されない。恐れず、屈せず、勇敢に戦うことを望む」


 中国人民解放軍東部戦区共同作戦司令部の催促に、航空母艦『遼寧』に詰める参謀らは色めき立った。若手の作戦参謀は「これではまるで我々が理由もなく後方へ引っ込んでいるようではないですか」と激した。政治委員の石尋春は周囲を落ち着かせたが、年長の参謀長や司令官も困惑気味であった。

 前述のとおり、彼らは潜水艦や地対艦ミサイルの脅威を避けるために釣魚群島北方に控えているのであって、怯懦きょうだのためではない。

 憤る若手の幹部らに対し、石尋春は鷹揚おうように頷きながら「ならば我ら先陣を切って戦い、与那国島を海軍陸戦隊によって瞬く間に陥とすことで、前言を撤回させようではないか」と発言した。彼は政治委員としての仕事を果たしたといっていいだろう。

 一方で、『遼寧』艦長の許洋海軍大佐は、はなはだ疑問であった。


「これは『遼寧かのじょ』と俺の仕事なのかね」


 許洋艦長はそもそも最初から『遼寧』から艦上機のJ-15を降ろし、その代わりに輸送ヘリや攻撃ヘリを積み、先島諸島攻略艦隊の移動基地とするアイデアに反発を抱いていた。それは強襲揚陸艦の仕事ではないのか、と。勿論、075型強襲揚陸艦が台湾本島とその周辺島嶼の攻略作戦に駆り出されているのは分かってはいるが――001型航空母艦『遼寧』に惚れこんだ彼としては、納得できるものではなかった。

 しかし命令は覆らない。

 いま『遼寧』は尖閣諸島南方へ、具体的には与那国島北方約100km地点を目指して航行している。

 露払いは054A型フリゲート『大慶』・『邯鄲』。旗艦『遼寧』には優れた情報処理能力と、対空レーダーを有する055型駆逐艦『南昌』がぴたりとつく。2隻の052D型駆逐艦は石垣島からの地対艦ミサイル攻撃を警戒するためか、『遼寧』の南東、東方を固めている。直援の潜水艦はない。大陸棚での活動予定だったため、敵潜水艦を警戒する役回りの味方潜水艦は彼らには付いていなかった。一応『遼寧』からはZ-18対潜ヘリが発進し、針路上に複数個のソノブイを投下してバリアを張ったが、効果のほどはわからない。


 彼らの往く先にあるのは、尖閣諸島と与那国島の間に横たわる与那国海底地溝だ。この海底地形の深さは2000メートルから3000メートルほどであり、水深の浅い大陸棚は尖閣諸島のすぐ南側で終わっている。

 そしてこの与那国海底地溝には、前述したとおり1隻の潜水艦が潜んでいた。


(もしかして、もしかすると……)


 太陽光の減衰する水中の闇、そこに紛れる黒曜の艦体。海上自衛隊第1潜水隊『じんりゅう』、である。彼女の水測員らは、複数のスクリュー音を捉えていた。フリゲートとみられるスクリュー音の後に、明らかに大型艦と思しき種々の雑音が響いてくる。


「001型航空母艦だ」


 音紋といくらかの議論の後、『じんりゅう』発令所はそう結論づけた。はっきりとそう言い切れたのは、『遼寧』に関わる音響データが充実していたからである。航空母艦『遼寧』は中国人民解放軍海軍艦上機部隊の母であり、母である故にこの数年間、南西諸島沖で訓練を複数回行ってきた。故に音紋をはじめ、様々なデータを日米側に収集されていた。

 やるぞ、と艦長の籏野はたの慎二しんじ二佐は決断した。

 発令所に詰める幹部らにとって幸運だったのは、『じんりゅう』が日中開戦の事実を知っていたことにあった。彼らは開戦前後に潜望鏡深度でマストを上げていた際、ラジオ放送を偶然受信していたのである。勿論、謀略放送やいたずらの可能性があるので、その後の判断は慎重になったが、それも与那国島周辺海域――それも領海内――にて056型コルベット4隻のスクリュー音を捉えたことで、開戦を確信した。

 潜水艦隊司令部や自衛艦隊司令部から連絡はないが、日中開戦となれば真っ先に弾道ミサイル攻撃の標的になったと考えるのが道理。『じんりゅう』幹部はみな好機がくれば、襲撃をかけようと結論を出していた。

 その好機がきた、というわけだ。

 水測員らはその後も『遼寧』のスクリュー音を追跡し続けて位置特定に励み、どうやら『じんりゅう』の東側を抜けていくコースを辿るらしい、という相手の未来位置まで割り出した。情報を取りまとめた水測員長はツキすぎている、と思ったくらいだ。このまま『遼寧』が直進してくれれば、『じんりゅう』は移動の必要もなく、ただ魚雷を構えて待っていればよかった。


「潜望鏡襲撃でいきますか、それとも――」

「聴音襲撃でいこう」


 籏野艦長は優れた水測員らの仕事に敬意を表する意味でも、また『じんりゅう』の危険に晒さないためにも、ソナーで割り出した敵の未来位置に魚雷を発射する聴音襲撃を決心した。攻撃の正確性では艦影を視認する潜望鏡襲撃の方が勝っているが、水上に潜望鏡を上げなければならないというリスクがつきまとう。敵側が哨戒機を飛ばしていた場合、センサーで潜望鏡自体や航跡波を捉えられてしまう可能性が高い。


(きたきたきた!)


 魚雷員の曹士らは気持ちをたかぶらせながらも、冷静に仕事を果たした。『じんりゅう』の魚雷発射管は6門。その1番管から6番管までのすべてに18式魚雷を装填、注水を完了させた。

 敵が接近する中での作業。装填に伴う音響が相手に伝わるのではないか、と魚雷員は思ったが、水雷長の梶原一尉は「非連続性の騒音を相手が捉える可能性は低いらしい。それよりも……変なところに気を使うんじゃなくて、ミスをしないように、訓練通りやろう」と周囲に声をかけた。

 前述のとおり、『じんりゅう』はほぼ不動だ。まずくるりと一回転し、死角となる背後に敵潜水艦等の脅威が迫っていないかを確認。その後、東側に発射管のある艦首を向けた程度である。

 そしてそのまま、『遼寧』の接近を待った。


 航空母艦『遼寧』に先立ち、海龍の餌食となったのは054A型フリゲート『大慶』・『邯鄲』であった。

 この姉妹は艦首のソナーをより広範囲まで索敵可能なアクティブモードで捜索していたが、潜水艦『じんりゅう』は水中吸音材に加えて、音響を別方向へ逸らしてしまう音響反射材の双方を纏っている。そのため彼女らは前途の脅威に気づかぬまま、与那国海底地溝直上を渡り始めた。

 長魚雷は両艦からみれば西側――右舷後方から突っ込んだ。054A型フリゲートの満載排水量約4000トンの艦影を捉えた18式魚雷は、艦尾でも艦首でもなく、艦体中央へ向かうとその直下で炸裂した。


「『邯鄲』がッ――いや、『大慶』まで!」


 後方を往く『遼寧』の見張りが悲鳴を上げた。太陽光を浴びてきらきらと輝く純白の飛沫しぶき。それは両艦の墓標であった。重力に逆らって持ち上がった純白の墓標は、数秒もしないうちに崩壊した。同じく真下から暴力的な衝撃に突き上げられた『大慶』・『邯鄲』は、艦体が浮き上がったかと思うと破断――水柱の崩壊からもなく轟沈した。


「やつら釣魚群島と与那国島の間を機雷原としていたのか!?」


 航空母艦『遼寧』を監督する政治委員の大佐は自らの思考を声に出した。彼は2隻が機雷に触雷したと勘違いしていた。まさか潜水艦がいるとは、夢想もしなかったのである。なぜなら6時間以上前から、『聊城』・『蚌埠』・『吉安』・『宿州』ら第13護衛支隊が活動していた海域であった。だから無意識の内に、潜水艦は存在しない安全な海域だと思いこんでいたのである。

 だが『遼寧』艦長の許洋大佐にとってはどうでもよかった。同階級の政治委員と議論するつもりはなく、ただ必要な命令を下そうとした。面舵による回避運動だ。

 ところが054A型フリゲート『大慶』・『邯鄲』轟沈から数分と経たず、『遼寧』は破局的な危機に晒された。

 必殺の18式魚雷が4本、彼女の艦底に殺到していた。しかも一方向からではなく『遼寧』の巨体を半包囲するように、真西から2本、北西方向から1本、南西方向から1本が時間差をつけて襲いかかった。これは絶対に『遼寧』を逃さない、という『じんりゅう』乗組員の策だった。18式魚雷を途中まで有線誘導することで、『遼寧』を半包囲するようにそれぞれに中継点を設け、そこから『遼寧』目掛けて驀進ばくしんさせたのである。

 18式魚雷の弾頭はどこまでも賢い。『遼寧』の舷側付近で炸裂したり、直撃したりするのではなく、自身が内包する破壊力を最大まで発揮するために艦底まで潜りこむ。

 054A型フリゲートと同様のことが起きた。艦底直下で炸裂した1発目は『遼寧』を凄まじい圧力で突き上げ、艦体後部直下に達した2発目はスクリューを破壊。3発目、4発目もまた艦底の直下に達した。

 結果、何が起きるか。

 さすが満載排水量約6万トンの怪物。即死こそ免れたものの無数の破孔はこうが生じ、排水しきれない膨大な海水が激流となって艦内に流れこみ始めた。


「――4発か?」


 頭部を強く打ち昏倒した政治委員を抱えながら、許洋大佐はふねを襲った衝撃の回数を数えていた。間違いなく潜水艦の襲撃である。現代戦で魚雷を4発――『遼寧』であっても耐えられるダメージではない、と彼は思いながらも、ダメージコントロールの指示を下した。

 しかしながら、数分で事態は悪化した。『遼寧』はむしろよく耐えていた方だったが――4発の18式魚雷によるバブルジェットのダメージは、艦底構造体の大破壊という形で結実した。つまり“底が抜けた”。

「何が起きた――」と呆けていたのは、『遼寧』に座する前線司令部の高級参謀・高級政治委員である。許洋大佐ら『遼寧』を動かすスタッフは事態を把握して動き出していたが、政治委員の石尋春らは何が起きているのかよくわかっていなかった。艦内にある司令部に詰めている関係で、前衛のフリゲート2隻が沈んだことさえ知らない。だから彼らは最初、事故か何かが起きたのだと思った。

 許洋大佐は自身の直感から即座に総員退艦を決意したが、『遼寧』はついに3000メートル下に横たわる海底へ沈降を始めていた。作戦参謀と督戦役の政治委員らは「何が起きている」と周囲に問うばかりで、そのまま押し寄せる闇と海水に呑まれた。


 かくして001型航空母艦『遼寧』は1500名を超える乗組員と、連隊規模の海軍陸戦隊員、数機のJ-15艦上戦闘機、20機以上の攻撃・輸送ヘリコプターを抱いたまま、与那国海底地溝に引きずりこまれていった。




◇◆◇




面白い作品に触れてモチベーションが上がりました。

今後も頑張ります。

次回更新は1週間以内を予定しております。

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