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■4.西海奇襲。

 朝鮮人民軍の猛烈な砲爆撃により韓国北部にて死傷者が増大し、後方の基地においても短距離弾道ミサイルの命中や特殊部隊の襲撃によって混乱が広がる中、朴陸軍参謀総長はソウルにて状況の把握と、防戦の指導を始めていた。

 ところが、いきなり壁にぶちあたった。


「白大統領閣下はどちらにいらっしゃるのだ」


 朴陸軍参謀総長は、白武栄大統領はおろか李善夏国防部長官とさえも連絡を取ることが出来ていない。空襲警報が鳴り響く中、命がけで登庁してきた背広組の人間に尋ねても、その所在は明らかにはならなかった。


「やられましたかね」


 そう口走った部下を、朴陸軍参謀総長は「滅多なことを言わないようにしなさい」と注意した。根拠なき流言というものさえある。ましてやこの状況、白大統領が殉職したという噂が立てば、今後に響く。


「北韓の連中は砲爆撃のみならず、電子戦も仕掛けてきている。一時的に連絡が取れなくなているだけだ」


 と言いながらも、朴陸軍参謀総長は


(死んでもらっていた方が幸いかもしれない)


 とも思った。


 とにかく国防部の人間はこの状況下におけるベストを尽くし始めた。

 任義求合同参謀本部議長をはじめ、白大統領とコンタクトが取れない状態で部隊を動かすことに抵抗を示す関係者もいたが、朴陸軍参謀総長や他の憂国派将官は押し切った。


「1950年とは違う。57mm対戦車砲と火焔瓶でT-34と立ち向かった時代とは違うのだ。我々には敵と同等以上の戦車があり、強力な火砲がある。平壌を破壊できるミサイルもある。空軍もある。人々を守る力が、我々にはある。あとは勇気とともにこの力を振るうだけだ」


「我々にある選択肢はふたつ。朝鮮人民軍の大量虐殺を許し、大韓民国が死んでいくのをただ傍観するか。それとも人々の生命と未来を守るために戦うか、だ」


 激しい砲爆撃と後方破壊工作の中でも、韓国軍は態勢を整えようとしていた。

 だがしかし、朝鮮人民軍はそれを見越している。彼らに息をつかせる時間など与えない。このときすでに15個師団を主力とする朝鮮人民軍第4軍団・第2軍団・第5軍団が38度線を突破、遮二無二ソウルへ突進していた。


 これにまず立ち向かったのは、38度線左翼を担う韓国陸軍第1師団と、中央を守る第5師団、第28師団等の数個師団である。

 こう書くと兵力差は決定的のように思えるが、実際にはこの最前線の3個師団とソウルの間には、さらに7個師団が控えている。それだけではなく、ここには第1師団に協同する第2装甲旅団といった機甲旅団が加わる。


 韓国陸軍の防衛線は、決して軟くはない。

 そこを朝鮮人民軍は貫かなければならない。

 勝機はただひとつ。韓国陸軍は政治的な制約によって大規模動員や陣地構築が出来ておらず、効果的な防衛戦闘にすぐさま移ることが難しいということだ。

 つまり朝鮮人民軍の最大の敵は、時間であった。

 速やかに韓国陸軍の防衛線を抜けなければどうなるか。10個前後の常備師団がソウルの守りを固めた上、そこへ韓国陸軍5個動員/郷土師団が参戦することになる。


 朝鮮人民軍にとって幸運だったのは、前線上空の航空優勢を確固たるものに出来たことと、黄海の海上優勢を得ることに成功――つまりソウル北方に布陣する軍団の側面を脅かせたことだ。


 時間は遡る。夜明け間際、黄海の守りに就く韓国海軍第2艦隊は、沿岸部・島嶼部に姿を隠して忍び寄ってきた朝鮮人民軍海軍西海艦隊による痛烈な水上打撃の標的となった。


「飛翔体認む――高速で本艦に近づく!」

「対空戦闘用意!」

「対空戦闘用意!」


 朝鮮人民軍海軍西海艦隊の攻撃を察知出来たのは、同海域を哨戒中であった仁川級フリゲート『仁川』のみだった。

 彼女の三次元レーダーが捉えたのは右舷側に急接近する4発の対艦ミサイルであり、CICの人間がその存在を認識したときにはすでに彼我、約30kmの距離にあった。迫る対艦ミサイルの速度はマッハ0.9。もはや猶予はほとんどない。


『仁川』前部に備えられた127mm速射砲が急旋回して空中に弾幕を張ったが、その弾片と煙の中を敵ミサイルは亜音速で翔け抜けた。続けて『仁川』の艦体中央に備えられた21連装の近距離艦対空ミサイルランチャーが火を噴き、2発を撃破――残る2発に対しては20mmバルカンファランクスが最後まで射撃を続け、撃墜を試みた。

 朝日を待つ暁の空に、閃いた火線は1発の対艦ミサイルを捉えた。

 爆散する弾頭。炎を曳く一部の破片が、『仁川』の左舷側に突き刺さる。

 そしてその2秒後。僅かに遅れて突っ込んできた最後の1発、中国製艦対艦ミサイルYJ-83は『仁川』のどてっ腹に直撃した。遅延信管を有する約150kgの弾頭は艦体の中央部まで食い込んでから炸裂し、『仁川』を一撃で海の藻屑に変えてしまった。


 中国製YJ-83を発射したのは、朝鮮人民軍海軍西海艦隊の022型ミサイル艇であった。

 この鋭角的なフォルムをした中国製船艇は排水量200トン弱に過ぎないが、強力なYJ-83艦対艦ミサイルを8発装備し、さらに30mmガトリング砲を1基載せている。

 もともとこの022型ミサイル艇は00年代から、中国人民解放軍海軍に少なくとも50隻以上が配備されたミサイルキャリアーであったが、20年代に入るとその価値をあまり評価されなくなっていた(ミサイル艇という兵器である以上、航行能力に限界があり、対艦ミサイルによる攻撃も攻撃機や爆撃機で実施した方が効率もいいためだ)。

 そこで中国共産党は、この022型ミサイル艇を朝鮮人民軍海軍の西海艦隊へ供与したのであった。

 さらに朝鮮人民軍海軍西海艦隊は、中国人民解放軍海軍で不要となった051B型駆逐艦1隻と053型フリゲート複数隻の供与を受け、増強されている。


 対する韓国海軍第2艦隊の戦力は、この数年で低下の一途を辿っていた。

 これは白大統領の意向と、趙海軍参謀総長以下の将官・佐官に日本国海上自衛隊を主敵とした艦隊整備に邁進する者が多く、そしてこの数年で彼らが海軍内での主流派になっていたからである。

 そのため強力な水上艦艇は、黄海に張りつく第2艦隊ではなく、後方に控える機動艦隊へ。新鋭フリゲートやコルベットもまた東海(日本海)防衛を担当する第1艦隊へ廻されていた。


 他方、ソウル西方の海を守る韓国海軍第2艦隊の司令部要員は、超軍種的グループの憂国派幹部が多くを占めている。

 故に朴陸軍参謀総長からの警告を受けて、朝鮮人民軍海軍潜水艦の浸透を阻止するために『仁川』等のフリゲートやコルベットを前線に出し、有事の際の備えとしていた。

 が、戦略的不利を覆すのは難しい。


「白の大馬鹿者がっ」


 韓国海軍第2艦隊司令部の若手幹部はそう怒鳴ったが、今となってはどうしようもない。海上自衛隊よりも、卑劣な砲撃や雷撃で韓国軍将兵や国民を殺傷してきた朝鮮人民軍にこそ備えるべき、という至極当然の思考を、白大統領や海軍主流派の人間は持ち合わせていなかった。


 彼ら第2艦隊の不利は決定的で、黄海上空は朝鮮人民軍空軍が押さえており、韓国海軍水上艦はその位置をすべて捕捉されていた。

 故に022型ミサイル艇のような索敵手段に乏しい船艇であっても、空軍機からの通報をもとにして数十km離れた地点から対艦ミサイルを発射、命中させられたのである。


 それどころか朝鮮人民軍空軍は海軍のみに華を持たせることをよしとせず、ロケット弾や誘導爆弾を装備したJ-7Gなど攻撃機を出撃させ、韓国側の哨戒艇などへ積極的な攻撃を仕掛けた。

 韓国空軍機が地上の航空基地で身動きが取れなくなっている現状では、韓国海軍第2艦隊は独力でこれを防御、撃退するほかないのだが、先に触れたとおり韓国海軍第2艦隊はさしたる戦力を持たない。

 第2艦隊における唯一の駆逐艦である広開土大王級駆逐艦でさえ、装備する艦対空ミサイルは有効射程十数kmのシースパローである。有効な艦隊防空など望むべくもない。


 結果、韓国海軍第2艦隊は惨敗を喫し、黄海の海上優勢は朝鮮人民軍の側に渡った。

 イージスシステムを搭載し、高度な防空能力を有している世宗大王級ミサイル駆逐艦の所属する機動艦隊が黄海に進出すれば、また状況は一変するだろう。

 が、それまで朝鮮人民軍海軍は韓国の西海岸を脅かすことが出来る。韓国軍の地上部隊は、敵の隠密上陸、強襲上陸に備えて、貴重な戦力を西海岸の防備に振り向けなければならない。


 そうして首都ソウル前面、西部戦線を固める、固めざるをえない韓国陸軍をせせら笑うように、朝鮮半島東部に布陣する朝鮮人民軍第1軍団が東部戦線へ一挙来襲。

 対して東海岸に布陣する韓国陸軍の前線部隊は、韓国陸軍第22師団と第102装甲旅団のみであった。




◇◆◇




次の更新は7月17日(土)6:00を予定しております。

未曾有の事態に、日本政府・和泉内閣は対応を迫られることになりますが……。

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