■38.迫る、地上戦。
「第5世代戦闘機が潜む空域での航空作戦に、JH-7Aはどこまでも不適である」
第31航空旅団の司令官と政治委員は、JH-7Aから成る攻撃隊を襲撃したのは、アメリカ空軍のF-22Aか自衛隊のF-35だろうと確信を得ていた。
そこで彼らは攻撃隊が全滅した旨を、連名で上級司令部へ即座に報告すると同時に、自部隊では南西諸島周辺空域の航空作戦には堪えない、と意見した。
優勢の状況下で失点を認め、消極的な意見を述べれば、経歴に傷がつくかもしれないが、それよりも操縦士の生命が大事だと考えた末の行動だ。
攻撃隊全滅といっても、たったJH-7A攻撃機4機の損失ではないか、と思う者もいるだろうが、同機は複座式攻撃機である。
4機被撃墜で8名行方不明――第31航空旅団が擁する20機以上のJH-7Aが次々と作戦に投じられて同様に撃墜されていけば、40名以上が空中に散華し、波間に消え失せることになろう。
しかしながら、中国人民解放軍東部戦区共同作戦司令部等の上級司令部は一定の理解を示しつつも、JH-7Aから成る前線部隊を引き揚げるつもりはさらさらなかった。
配備数の多いJH-7Aは、中国人民解放軍東部戦区空軍の作戦計画の一翼を担っているため、これを外すことは出来ないのである。
その代わりに3つの対策を講じることにした。
まずセンサー類が強力かつ生残性が高い第5世代戦闘機のJ-20A/Sを護衛に就けることで、敵機を積極的に捜索すること。
次に第3世代機・第4世代機による航空作戦は可能な限り数を揃えること。
ステルス戦闘機は機内に空対空ミサイルを収納する都合上、あまり多くの中距離・長距離空対空ミサイルを携行出来ないという特徴がある。
そのため第3、4世代機でも機数を揃えれば、攻撃を受けても全滅することはない。
ステルス戦闘機も彼我の距離が詰まれば、まったくレーダーに映らないということはないと彼らは考えているため、攻撃を受けてもなお生き残った作戦機を前進させれば、反撃が可能かもしれないというわけだ。
最後に敵の第5世代戦闘機が離発着する“根本”を叩くことである。
ただ肝心の航空基地がわからない。敵機がF-35Bだった場合、弾道ミサイルによる攻撃が成功した航空基地からも離発着が可能であり、候補が広がってしまう。
空軍関係者は電子偵察により、沖縄本島東方沖に強力な妨害電波源が存在していること、ときおりSPY-1――イージス艦のレーダー波をキャッチすることから、同周辺海域にF-35Bを擁する有力な機動艦隊が行動しているのではないか、と推測していた。
が、未だに確証はない。
ただ中国人民解放軍東部戦区の将官らは、現時点ではかなり楽観的に構えていた。
理由は最も重要視する台湾本島への攻撃が順調だったからだ。
台湾本島とその周辺島嶼には、激烈な鋼鉄の嵐が吹き荒れ、中華民国国軍の司令部機能や航空基地、海軍基地は根こそぎ薙ぎ倒されてしまった。
そのため台湾側の守備部隊は全体の戦況もよくわからず、友軍との連携も取れないまま、個々の判断で目前の敵に立ち向かわざるをえない状況に追いこまれていた。
「概ねシミュレーションどおりだ!」
001型航空母艦『遼寧』に設けられた司令部に張り詰めている緊張をほぐすように、政治委員の石尋春は破顔一笑――自ら眠気覚ましのコーヒーを周囲に勧め、「ここからが山場だぞ、気張れ」と声をかけた。
しかし、周囲の参謀らは表情を強張らせたままである。
確かに石尋春の発言は正しい。
001型航空母艦『遼寧』率いる攻略部隊は未だいっさいの反撃に遭遇しておらず、つまりそれは台湾本島から先島諸島にかけての制圧に成功しているということを意味している。
そして中国人民解放軍東部戦区は予定通り、台湾本島を猛打、制圧している間に台湾本島・沖縄本島間を切断するように指示してきた。
「与那国島への隠密上陸は失敗したとみられます」
作戦参謀のひとりが落胆を隠しながらそう言ったが、石尋春は取り合わなかった。
「確かに隠密上陸は失敗した。だが我々には無人偵察機がある。それでいいじゃないか」
彼の発言のとおり、与那国島周辺空域には無人偵察機・翼竜Ⅱが飛来していた。
この翼竜Ⅱは全長10メートル前後、全幅20メートル級の無人機で、滞空時間は翼竜Ⅰの20時間から延長されて32時間に達している。
最も得意とするところは、合成開口レーダーや電子光学・赤外線センサーを使用した偵察だ。目標の情報や地上映像等をリアルタイムに近い速度で共有可能であり、また他の翼竜Ⅱが中継することで長距離であっても情報を伝達することが出来る。
翼竜Ⅰの時点では約200kgまでだった外部ペイロードは、翼竜Ⅱでは倍以上。
複数の空対地ミサイルを装備し、本格的な航空攻撃も可能になっているが、中国人民解放軍東部戦区は翼竜Ⅱに対してはもっぱら航空偵察を優先させている。
巡航速度は時速200km、最高速度でも時速370kmに過ぎないから、こちらから攻撃を仕掛けて存在に感づかれれば、携帯式地対空ミサイルで簡単に撃墜される恐れがあった。
「……」
しかし作戦参謀は無人偵察機の性能に懐疑的だった。
20年代に入ってからの武力紛争では無人機が活躍する局面が多かったが、それは概ね擬装が甘く、電子戦能力が不足している相手に対してである。
が、中国人民解放軍東部戦区がデザインした陸海空統合作戦を、彼ら『遼寧』のスタッフが遅らせることなどもとより出来ない。
曙光とともに『遼寧』航空甲板に並べられていた漆黒の機体が浮き上がる。
Z-10攻撃ヘリコプターだ。勿論、目指す先は日本国最西端――。
与那国島に夜明けと、Z-10攻撃ヘリ、Z-8C輸送ヘリ、そして空降兵を満載したY-9輸送機が迫ろうとしていた。
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