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■35.夜光虫の煌めき。

 空を満たす夜闇に溶け、空間を埋め尽くす電波の波間にまぎれ――ただ星月せいげつの下を往く巨鳥はなんら抵抗を受けることなく、尖閣諸島周辺空域にまで達している。

 鋼鉄の怪鳥――2機のJ-20Aが機体下部の兵器庫に隠しているのは、長距離空対空ミサイルPL-15だ。

 このミサイルの最大射程は200kmから300kmとされている。尖閣諸島上空からであればスペック上、約170km離れた与那国島・石垣島周辺空域まで攻撃が可能だ。発射母機であるJ-20Aが尖閣諸島東方へ少し足を伸ばせば、那覇上空まで脅かすことが出来る。


(レーダーサイトを潰された日本空軍は、必ず早期警戒機を出してくるはず)


 J-20Aを操るパイロット、衡靖巧大尉は自身の任務に納得していた。

 己の駆る最新鋭機の役割は、敵戦闘機と決闘する華々しい空中戦にあらず。レーダーを背負った敵の早期警戒機や、センサーの塊である哨戒機を前線から追い払うことだ。

 敵陣を断ち、後方を攪乱する。たとえ敵機を撃墜出来ずともよい、常に「そこにいるかもしれない」という恐怖を相手にもたらし、航空作戦の自由度を下げるのがこの隠形戦斗机ステルスの役割だった。


 しかしながら低観測性を誇る戦闘機を備えているのは、航空自衛隊もアメリカ空軍も同様だ。

 高空に占位する衡靖巧大尉は慢心することなく、頻繁に首を振ったり、俯いたりと機体周辺の監視に務めていた。

 ヘルメットのバイザーにはJ-20Aの電子の瞳が捉えた映像が張りついており、うつむく衡靖巧大尉は座席や操縦席の床ではなく、その先にある外界を“透視”することが可能であった。

 ステルス性はあくまでもJ-20Aが有する特徴のひとつでしかない。

 むしろ衡靖巧大尉はJ-20Aの優れたセンサー類と情報処理能力こそ、自身の機体が中華最強戦闘機である所以ゆえんだと思っている。


(とにもかくにも、航空優勢だ)


 中国人民解放軍東部戦区司令部は、先島諸島周辺空域にJ-20Aから成る第9航空旅団を進出させ、敵の早期警戒機・哨戒機の接近を妨害。同時に複座型のJ-20Sを繰り出し、同空域の哨戒をやらせている。

 加えて東シナ海上空には早期警戒管制機KJ-2000とその護衛機が進出し、台湾本島上空から沖縄本島一円を監視下におき、電子戦機仕様に改造された輸送機Y-8が電子妨害のために展開した。


 こうして空域の支配を固めるとともに、空対地ミサイルを装備したH-6爆撃機を擁する空軍第30航空連隊が沖縄本島を、JH-7A攻撃機から成る空軍第31航空旅団(北部戦区からの抽出)が先島諸島を攻撃した。

 特に後者、先島諸島は台湾本島に次ぐ航空制圧の標的となっている。

 宮古島、石垣島には平時から射程の長い地対空・地対艦ミサイルが配備されており、攻撃を緩めれば手痛い反撃を受ける可能性があるためだ。


 航空優勢なきところに、海上優勢なし。

 上記の空軍機の援護下で、水上艦隊が行動する。

 中国人民解放軍東部戦区がまず手をつけたのは与那国島であった。


 与那国島攻略の尖兵は、4隻の056/A型コルベットから成る中国人民解放軍海軍第13護衛支隊だ。

 滑らかな艦体を有する彼女らは特に抵抗を受けることもなく、与那国島に急接近すると、まず『聊城』・『蚌埠』・『吉安』・『宿州』は艦後部ハッチから搭載艇を出撃させた。

 乗船しているのは海軍陸戦隊の偵察部隊であり、敵守備部隊の位置の通報や支援火力の誘導を行う任務を帯びている。


 黒々と横たわる海面を疾走する4隻の搭載艇。

 彼ら偵察隊員は陸戦隊の中でも厳しい訓練を耐え抜いたエリートであり、隠密上陸成功に絶対の自信を持っていた。

 搭載艇は途中で二手に分かれ、所定の上陸地点に迫った。


 次の瞬間、偵察隊員たちは思いもよらない障害に出くわした。


(まずい)


 搭載艇が通過した後の海面が、鮮やかに、青く、輝いている。

 直径1ミリ程度の原生生物、夜光虫の生物発光。

 想定していなかったわけではないが、偵察隊員の想像よりもそれは強い光のように思われた。

 そして彼らが接岸すると同時に、島内にわだかまる暗闇からおかの夜光虫がだいだいまたたいた。


「畜生――ッ」


 先頭の偵察隊員の右腕が千切れ、くるくると回転して白浜に落下する。

 続けて無数の大音響が彼らに襲いかかった。

 12.7mm重機関銃弾が浜辺を刈り、81mm迫撃砲弾が一帯を耕す。

 身を隠す場所などないが、走って逃げることもままならない。

 偵察隊員らは波打ち際に伏せるほかない。立ち上がれば、一瞬で五体は消し飛ぶであろう。

 しばらくすると重機関銃と迫撃砲の射撃はんだ。位置が露見することを恐れ、移動を開始したためであろう――それを引き継ぐように、今度は軽機関銃弾と小銃弾が雨霰と彼らに襲いかかった。

 砂煙と血煙。血肉が浜辺にぶちまけられ、切断された肉塊が波に浚われる。

 辺りには潮の匂いを押しのけ、血の臭いが充満した。

 2つの隠密上陸チームはともに滅多撃ちにされ、ものの数分で過半数が死傷する事態に陥った。


(そこを選んだお前らが悪いんだよ、バーカ!)


 砂浜を見下ろす雑木林の中にひそみ、ミニミ軽機関銃を掃射していた陸曹は、罪悪感を誤魔化すように心中でそう叫んだ。


 第22即応機動連隊の隊員らが隠密上陸を試みる敵に気づけたのは、夜光虫が輝き始めたのもあるが、結局のところ中国側の上陸ポイント選定のミスのせいである。

 彼らはあまりにも甘すぎた。

 与那国島観光の売りのひとつは、青い海と白い砂浜だ。

 が、実際のところ長大な砂浜海岸は少数であり、岩石海岸がほとんどだ。珊瑚礁などが上陸を阻む海岸もある。

 であるから第22即応機動連隊と与那国沿岸監視隊は、より規模の大きい強襲上陸を想定し、少数のビーチの守りと監視体制を優先的に固めていたのだ。

 そこへ隠密上陸を試みれば、いかに少人数であろうと発見されるのは道理だろう。


「このままじゃ皆殺しだ!」


 生き残っている偵察隊員は、発砲炎から自衛隊員の位置を把握し始めていたが、多勢に無勢であることを悟ったし、敵の制圧射撃の激しさに携行している火器で反撃することも出来なかった。

 であるからついに生き残りの最先任下士官は「降参する!」と怒鳴った。


「トウシャン!」

「ジューショ!」


 投降しろ、手を挙げろ、と自衛隊員が片言の中国語を口々に叫ぶと、屍山血河の中でうごめいていた偵察チームの面々は、武器を捨ててその場で棒立ちになった。


 ……洋上の中国人民解放軍海軍第13護衛支隊は、そんな状況などわからない。


「次の段階に移りましょうか」

「ええ」


『聊城』の支隊司令と政治委員は艦隊に単縦陣を組ませ、与那国空港北方10km前後まで近づくと、76mm速射砲による対地射撃を開始した。

 目標は与那国空港南方にある森林内の防御陣地だ。

 これは光学探知装置を備えるJ-20Aが事前の航空偵察によって発見していたもので、空港の占領を目論む彼らからすると、必ず潰しておきたい陣地であった。


 さらにその北方には、先島諸島を攻略するための水上艦隊が遊弋している。


 旗艦は、001型航空母艦『遼寧』。

 055型駆逐艦『南昌』、052D型駆逐艦『淮南』・『開封』、054A型フリゲート『大慶』・『邯鄲』ら駆逐支隊。

 さらに5000トン級の072A型戦車揚陸艦『天柱山』・『大青山』、903型補給艦『太湖』などを引き連れての参戦である。




◇◆◇



次回更新は1週間以内を予定しております。

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