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■34.打ち上がる紅星。

 開戦の瞬間は、平穏そのものの小夜さよであった。

 人々の多くは明日がもっといい日になると信じて眠るような静かな夜。

 頭上を見やればアルクトゥルス・スピカ・デネボラから成る春の大三角と、デネブ・アルタイル・ベガの夏の大三角が浮かび、目を凝らせばヘラクレス座が広がっている。

 そんな夏空の下、南西諸島一帯の波もまた穏やかだった。


 そこから西方――中華人民共和国の安徽あんき省では、より幻想的な光景が現出した。

 夜闇に塗り潰された地表から、輝く銀星へ向け、白い龍が立ち昇る。

 ひとつ、ふたつ、じゅう、にじゅう、ごじゅう――次々と白煙は天地貫き、そして高高度でその鎌首をもたげた。

 鋼鉄の頭部が睥睨へいげいする。

 その先にあるのは、無数のミサイル陣地から成る自由の要塞線と、太平洋の片隅に浮かぶ不沈空母――台湾本島から日本列島に至る鋼鉄の封鎖線ラインであった。


 開戦の号砲代わりに超音速の弾道弾が、極東の静寂しじまを破る。

 中国人民解放軍ロケット軍参謀長の黎燃は「最初の1時間で勝敗は決する」と周囲にげきを飛ばしていたが、その覚悟を示すように彼らは惜しげもなく持てる戦力の多くをぎこんだ。

 台湾本島および南西諸島を奇襲したのは、中華人民共和国東部の中国人民解放軍ロケット軍第61基地(安徽省)が指揮する5個ミサイル旅団だ。加えて中華人民共和国北東部に所在する第65基地(遼寧省)の3個ミサイル旅団は、本州および九州地方の日米基地を標的に弾道弾による攻撃を敢行していた。


 中国人民解放軍ロケット軍司令部が立案した作戦計画は、2段階に分かれている。

 第1段階は敵重要施設と通信網の破壊だ。中華民国国軍および自衛隊、在日米軍の軍事施設を叩き、開戦かいせん劈頭へきとうの航空優勢・海上優勢を得る。

 続く第2段階は断続的な攻撃による敵基地施設の復旧阻止である。

 初撃で敵の空軍基地やレーダーサイト、通信施設に甚大な被害をもたらすことに成功しても、相手は半日前後でその機能を復旧させてくるであろう。

 それを妨害する。弾道弾や巡航弾による不規則的な攻撃を実施し、復旧を可能な限り遅らせるのだ。


「始まった――!」


 与那国島に、石垣島に、宮古島に、久米島に、沖縄本島に、奄美大島に、福江島に、下甑島に、九州島に――日本全国の空に紅星こうせいが弾け、爆風と火焔が地上に襲いかかった。

 日本国自衛隊がその身にたたえる専守防衛の力とはどこまでも対照的な、中国人民解放軍が練ってきたを通すための力――地球上において五指の中に入る暴虐は圧倒的にみえる。

 しかしながら、実際はどうなのか。2016年の中国共産党の公式発表では、中国人民解放軍ロケット軍が備える近距離・中距離弾道ミサイルは“たったの”約1500発、巡航ミサイルは約3000発である。

 数千発のミサイルは確かに脅威ではあるが、ちまたで言われるように台湾本島から日本列島に至る無数の大都市やインフラ、軍事施設を無制限に攻撃し、その後の復旧も妨害し、すべてを破壊し尽くせるわけではない。


「連中は必ず息切れする」


 陸上自衛隊宮古島駐屯地の通信設備や航空自衛隊宮古島分屯基地のレーダーが攻撃を受ける中、陸上自衛隊宮古警備隊の面々は、むしろ士気を高めていた。

 宮古警備隊をはじめ、与那国島に派遣された陸上自衛隊第22即応機動連隊もそうだが、南西諸島に配備された陸自部隊はその主力を攻撃の目標になりやすい駐屯地の施設から、島内に構築した陣地に移している。無抵抗のまま打ち負かされることはない。


 南西諸島の陸自部隊が息を潜める一方、中国人民解放軍は攻撃の手を緩めず、次の手を繰り出していく。

 作戦を主導する中国人民解放軍東部戦区司令部が最重視しているのは当然ながら台湾本島と、それに付随する周辺島嶼だ。

 ロケット軍の第一撃で台湾本島の空軍基地を破壊した後、東部戦区司令部はロシア製Su-30MKKを主力とする中国人民解放軍空軍第85航空旅団を繰り出した。

 彼らに与えられた任務は台湾陸軍・空軍の地対空ミサイルの制圧である。敵の移動式対空レーダーが起動するや否や、即座に対レーダーミサイルを撃ちこみ、台湾本島周辺の防空網の再起を妨害してやろうという狙いだった。

 それがわかっているため、台湾側も生き残った移動式の対空レーダーを起動させる愚は避けているが、これでは反撃のチャンスは掴みがたい。

 こうして第85航空旅団が敵防空網を制圧しているうちに、J-10Cから成る第25航空旅団やJH-7A攻撃機を擁する第83航空旅団が台湾側の沿岸防御を突き崩そうと、対地攻撃を開始した。


 台湾攻撃の尖兵となるのは、中国人民解放軍海軍陸戦隊の第1陸戦旅団・第2陸戦旅団・第3陸戦旅団であり(第1・第2陸戦旅団は南部戦区からの抽出)、まずは金門県をはじめとする離島部の占領を目指す。

 この陸戦旅団は3個両用合成大隊と空中突撃大隊、砲兵大隊から成り、05式水陸両用戦車・05式水陸両用歩兵戦闘車や、水上航行が可能な07式122mm自走榴弾砲を擁する強力な機械化部隊で、ロケット軍の攻撃前後から偵察部隊を隠密上陸させていた。

 さらに東部戦区司令部は上記の3個旅団に加えて陸軍第72集団軍の第5両用合成旅団、第124両用合成旅団の投入準備を終えている。彼らが橋頭堡を築き次第、続いて中型・重型合成旅団を上陸させることになるだろう(“合成”とは諸兵科連合のこと)。


 そして日本政府の予想通り、東部戦区司令部は台湾本島への来援を遮断するため、南西諸島への攻撃を計画していた。

 その先陣を切るのは、ステルス戦闘機J-20Aを擁する空軍第9航空旅団である。




◇◆◇



次回更新は12月1日(水)となります。

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