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28/81

■28.死は光よりもまばゆい。

 轟三佐率いる陸上自衛隊中央即応連隊の車両部隊は無事、在韓日本国大使館職員と、大使館に逃げこんだ邦人の収容に成功、ソウル中心街からの脱出に移った。

 大使館職員の中には負傷者もいたが、事前情報とは異なり、生命にかかわる重傷を負った者はいなかったことが幸いであった。

 車両部隊は姜淙于ら機動隊員を、まだ機能しているソウル赤十字病院へ送り届けてから、帰路にいた。


 一行を案内する韓国海兵隊第8旅団第83大隊の海兵隊員は、往路とは異なるルートを復路とした。

 これは敵の待ち伏せを警戒しての処置だ。

 大韓民国国防部庁舎が所在する関係で、韓国軍による警備が最も厳重となっているソウル市龍山区を経由し、漢江を渡り、一気に仁川港までの30kmを走破するというのが、彼らの選んだ道のりであった。

 その海兵隊員の判断が当たったか、銃撃戦はほとんど生起しなかった。

 指揮を執る轟三佐は、肩透かしを食らったような気持ちである。


(嵐の前の静けさ、か――?)


 と彼は思ったが、確かにこのとき韓国は“嵐の前の静けさ”にあったのだ。


 ソウル市西方に殺到した朝鮮人民軍第820戦車軍団により左翼が押しこまれた韓国陸軍は、予備戦力の投入で戦況の挽回を図った。

 分断されたとはいえ第1軍団は未だにそれぞれの判断で抵抗を続けている。

首都軍団で敵の頭を抑えこみ、第7機動軍団首都機械化師団による反撃が成功すれば、まだ希望はあると韓国陸軍地上作戦司令部は踏んでいた。


 第7機動軍団首都機械化師団は、3個機械化歩兵旅団と1個砲兵旅団から成る。

 機械化歩兵旅団に配備されている1個、ないし2個戦車大隊であり、主力は120mm滑腔砲を備えるK1A2戦車だ。砲兵旅団も旧式の牽引式火砲やK55自走榴弾砲ではなく、K9自走榴弾砲を揃えている。


「南傀儡政権軍は、ソウルに戦力を掻き集めている――この戦いで南北統一が決する」


「北韓連中の精鋭をこのソウルに沈める。俺たちは泥沼の市街戦で粘り強く戦い、連中を殺し尽くすんだ。そうすればこの馬鹿げた戦争は終わる」


 沈みゆく夕陽が、決戦に臨む地上軍を赤く染める。

 朝鮮人民軍第820戦車軍団と第815機械化軍団は1時間だけ攻撃を停止し、再進撃の号令を待った。

 一方の韓国陸軍は攻撃がんだことを不気味に思いながらも、自走榴弾砲による反撃を継続しつつ、死傷者の収容と防御の強化に努めた。


 夕陽が空から去る。

 天地の境界が焦げ、夜の訪れを告げる濃紺が上空に広がっていく。

 そして、人類史上最大規模の決戦が始まった。


 北朝鮮領内から発射された2発の弾道ミサイルは、睨み合う両軍将兵の遥か高空で扁平へんぺいな弾頭を切り離した。

 従来の弾頭とは違い、この弾頭は滑空しながら軌道を自在に変えられる。

 韓国軍は弾道ミサイルの発射炎と弾頭の存在を捉えていたが、特異な軌道を採る2発の弾頭を迎撃することまでは出来ない。

 地球の重力に曳かれつつ、揚力を得ながら超高速でソウル市上空へ突っこんでいく。


 ソウル市北西部の恩平区上空に、直径500メートルの火球が出現した。

 破壊の顕現。その直下に居合わせた物体は、みな等しく消滅した。

 純白の熱線が半径4km以内のあらゆる建造物と有機物を舐めたかと思うと、解き放たれた暴虐が地表をし潰し、薙ぎ倒していく。

 爆風は半径2.5kmまでの建物と韓国兵、浸透していた北朝鮮兵を根こそぎ吹き飛ばすと、今度は真空状態となった爆心地へ引き戻される新たな爆風を生み出し、徹底的に地表物を破壊していった。7km離れたソウル市中心部でさえも、窓ガラスという窓ガラスが破砕される被害が出た。

 韓国兵はおろか、北朝鮮兵さえも驚愕する大破壊。

 それを睥睨へいげいするように、水蒸気でできた墓標が立ち上がる。


 2発目の強化原爆は、ソウル市北方を固める議政府市上空で炸裂した。

 火球が投射する熱線は、半径3km以内の人間に皮膚表面と神経を破壊するⅢ度熱傷を、半径4km先の人間にも激しい痛みと全治数週間を擁するⅡ度熱傷を与える。

 そして熱線は防御陣地が築かれた山地と森林地帯に殺到し、韓国史上最大規模の山火事を発生させた。


 天をく柱状の雲。

 燃える住宅、燃える山。

 廃墟にそそぐ放射性降下物。


 無数の死が横たわる地獄へ朝鮮人民軍第820戦車軍団・第415機械化軍団が西方から突入し、北方からは朝鮮人民軍第425機械化軍団が迫る。

 対する韓国陸軍は防御どころではない。

 部隊を分断する無数の火災。夥しい死傷者。

 動ける者でも火傷などを負っている者は少なくない。

 それでも放射性の雨が降り始める中、機械化部隊を中心に抵抗を始めた。


(畜生、畜生、畜生――)


 倒壊した電信柱を乗り越え、ひっくり返った乗用車を粉砕し、水たまりを踏んで現れる天馬号は、夜闇に潜むK1A2の連続射撃を浴びる。

 吹き飛ぶ砲塔、装薬か燃料に引火したか火焔を噴き上げる車輛、車体側面を射貫されたまま廃墟へ突っこんでいく車輛。

 死の雨中、NBC戦装備はおろか雨具さえ纏わずに突撃する北朝鮮兵。


「俺たちの生命いのちはてめえらみたいに安くねえんだよッ」


 空に星はない。

 あるのは人間を徐々にむしばみ、最後には殺す雨雲だけだ。

 次々と照明弾が上がる。浮かび上がる無数の影、影、影。そこへ韓国兵らは機関銃弾、小銃弾を浴びせかける。


「この自殺志願者どもがァ――!」


 生身の北朝鮮兵、その背後から連装重機関銃を連射しながらVTT-323が現れ、韓国兵が潜む廃墟を攻撃する。

 だが、その廃墟の中から数発の対戦車榴弾が飛び出し、VTT-323は火焔曳くスクラップとなって転がった。数名の北朝鮮兵が圧し潰され、そこへ迫撃砲弾が落着する。


(ここは人間界じゃねえ、修羅界だ)


 崩壊した市街地を駆ける先軍号の2個中隊は、お互いを敵と誤認し、同士討ちを繰り返しながらソウル中心街を目指す。そして途中、その隊列に混ざったK1A2戦車2輌に背後から攻撃されて全滅した。

 状況把握のために飛び立った韓国陸軍の観測ヘリは、20分とせずに地対空ミサイルの直撃を受け、廃墟をローターブレードで切り刻みながら墜落。

 第7機動軍団首都機械化師団第10砲兵大隊のK9自走榴弾砲は、撤退してくる韓国陸軍第9師団に砲撃を開始して、被害をもたらした。


 ソウル市北方、議政府市周辺の山岳陣地は火災に襲われ、韓国陸軍第6軍団はやむなく一部の陣地を放棄せざるをえなかった。

 死の雨に山火事を消し止めるほどの勢いはない。

 燃える山に見下ろされる市街地では、突入する朝鮮人民軍第425機械化軍団を韓国陸軍第5装甲旅団が迎え撃つ。



「畜生、アメリカの報復核攻撃があったとしても2、3発に留まるだろうと踏んで使ってきやがったな、クソ」

「ソウルを放棄するべきでは」

「冷静になれ。防御陣地に籠っていた我の直接的被害は少ないはずだ――」

「しかし3、4発目が使われる可能性も」

「その心理こそ、奴らの狙いだ」


 司令部という司令部では参謀たちが侃々諤々、議論を繰り広げていた。


 その上空をF-15K戦闘攻撃機の編隊が翔け抜け、朝鮮人民軍第425機械化軍団の先鋒へ激しい航空攻撃を加えていく。

 一方、山火事の合間を縫って南進する朝鮮人民軍第2軍団の歩兵部隊は、ほとんど抵抗を受けないままソウル市北部の道峰区まで進出した。同時に道峰山の向こう側から、ぬっと巨大な影――山々を遮蔽として利用しながら飛んできたMi-24攻撃ヘリが現れ、航空支援に就いた。


 強化原爆によって廃墟となった街に、ロケット弾が降り注ぐ。

 韓国陸軍のMLRSによる長距離砲撃だ。それを背に、先軍号の群れが手足を曲げた焼死体を踏み潰しながら、前進を続ける。

 朝鮮人民軍でも、韓国軍でも敵前逃亡を図る兵が次々と射殺され、両軍ともに誤射と攻撃を繰り返し、ソウルを死体と鋼鉄のむくろ転がる死都に変えていく。


「ひとりにさせてくれ」


 中朝国境付近の地下司令部に移動していた李恵姫は、自身が命じた核攻撃が実行された旨の報告を聞くと、わざわざ設けさせた自身の書斎に引きこもった。

 ノートPCと数冊の手帳が置かれた机につき、緊張を解く――と同時に恵姫の頬が緩んだ。


「ざまあみろ」


 彼女は小声で、そう漏らした。


 彼女は少女である。

 彼女は狂人である。

 彼女は指導者である。

 彼女は復讐鬼である。

 そして彼女は、自由を愛していた。


 ソドムは焼かれた。


 次に焼かれるのは、ゴモラである。




◇◆◇




次回更新は10月31日18:00を予定しております。

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