■25.横たわる戦場へ、一歩!
本格的なソウル防衛戦が生起する中、仁川港の自衛隊にも動きがあった。
まず現時点で集結を終えていた在韓邦人の一部を乗せた高速双胴船『ナッチャンWorld』が出港。それと入れ違いにフェリー『べにりあ』、『シルバークイーン』が入港し、さらなる陸上自衛隊中央即応連隊の隊員と装備品を降ろすとともに、避難民の収容を開始した。
それを見守る暇もなく陸上自衛隊中央即応連隊の轟三佐は車両部隊を組織し、仁川港から出動した。
先導するのは岡田少佐が道案内役として用立ててくれた韓国海兵隊第8旅団第83大隊所属の赤色灯付き装輪装甲車で、それに中央即応連隊の96式装輪装甲車、車体前面とドアに増加装甲がボルト止めされた73式大型トラックが続く形だ。
目指すは、ソウル在韓日本国大使館。
直線距離で仁川港から約35km、平時であれば2時間前後で到着するであろう。非現実的な陸路警護では決してなかった。
さらに漢江南方の幹線道路に関しては韓国軍が完全に掌握している。轟三佐らは断続的に銃撃戦が起こっている金浦国際空港周辺の迂回を強いられたものの、さほど時間を要することなく、ソウル駅から南西4.5kmの位置にある漢南大橋を使って漢江を渡ることが出来た。
漢南大橋からソウル在韓日本国大使館まで、残るは直線距離にして5km――だがそこはもう、戦場となっていた。
「撃たれているッ――!?」
漢南大橋を渡り、スロバキア大使館やブルガリア大使館をはじめとした各国大使館が連なる大通りを800メートルほど北上したところで、一行は連続する銃声と風切り音を耳にした。
視界確保のために頭を出していた96式装輪装甲車の乗員は、反射的に首をすくめたが、この時点では自分たちが攻撃を受けているのか否か、まったくわからなかった。
次の瞬間、5.45mm小銃弾のシャワーが車列側面に襲いかかった。
狙いは滅茶苦茶なのか、小銃弾の多くは歩道橋に穴を空けたり、コンビニエンスストアの窓ガラスを粉砕したりするに留まったが、十数発の弾丸が96式装輪装甲車や装甲化73式大型トラックの車体側面を叩き、嫌な音を立てた。
車列前方――96式装輪装甲車の車長席から身を乗り出した轟三佐は「足を止めるな!」と怒鳴りながら、首をひねった。
その轟三佐の乗る96式装輪装甲車目がけ、1発の対戦車擲弾が発射された。
これに誰も気づいていない。
……気づいたとしても、どうしようもないのだが。
約2kgの弾頭は瞬く間に彼我の距離を詰め――轟三佐らの頭上を通過すると、道路右方にあるガソリンスタンドの洗車機に直撃してこれを粉砕した。
「左だ! 左のマンション――!」
このとき車列の中で最も状況を把握していたのは、殿を務める96式装輪装甲車の射撃手を務める信藤三等陸曹だった。
自衛隊員の前に初めて明確な姿で現れた敵は、左手に面するマンション群の周辺にひそむ軽歩兵であった。植え込みや放置された乗用車の裏に隠れた彼らの武器は、自動小銃とRPG-7のコピー版である69式対戦車ロケットランチャーだ。
必殺の一撃を外した対戦車ロケットの射手は、2発目を肩に担ごうとしているところであった。
「野郎!」
それを車上の信藤三曹は、躊躇なく撃った。
よく鍛えられた二の腕で12.7mm重機関銃をぶん回し、その銃口の延長線にあるものを容赦なく破壊する。
植え込みを粉砕し、乗用車のドアやエンジンルームをぶち抜いてその後背に潜む北朝鮮兵の上半身を破壊し、対戦車ロケットを構えた射手の右肘から先を切断。その0.3秒後には射手の右脇腹を貫き、左脇腹からズタズタに引き裂かれた腸を飛散させた。
そこへ敵の所在に気づいた他の車輛が射撃を開始したため、他の北朝鮮兵も攻撃どころではなくなった。
しかし今度は別方向、右前方に建っている小学校校舎から火線が迸る。
こちらも96式装輪装甲車の前面装甲に弾き飛ばされるに終わったが、隊員らは生きた心地がしなかった。96式装輪装甲車は小銃弾ならともかく、重機関銃に耐えられるかはわからないし、対戦車ロケットなら一撃で吹き飛ばされる。
とにかく一行は敵の攻撃を振り切るためにそのまま数百メートル走り続けると、韓国陸軍首都防衛司令部の所属部隊が機関銃座を築き、守りを固めている南山トンネルに入った。
「被害は――」
車列はトンネルを抜けてすぐの料金所前で停車した。
轟三佐が確認したところ人的被害はないらしく他の幹部も安堵したが、一部の96式装輪装甲車の正面装甲や側面装甲は抉られ、痛々しい弾痕が残っている。73式大型トラックに至っては幌がズタズタに引き裂かれ、骨組みが折れてしまっていた。
「命知らずだな」
料金所や周囲にある管理事務所、市庁舎を拠点とする陸軍部隊の幹部数名は近づいてくるなりそう言って話しかけてきた。
「路上にIED(即席爆弾)がなくて幸運だったな。こんな軽装甲車両じゃすぐに吹き飛ばされるぞ」
この物言いに轟三佐らはムッとした。
自国の首都、それどころか自身の鼻先で敵の活動を許している人間に、上から目線で語られるのは心外である。
しかしながら、確かに自部隊が幸運に恵まれたことは事実だと轟三佐も認めざるをえなかった。路上に爆発物が仕掛けられていて前方の車輛がやられれば、後続車輛の動きは鈍る。そこを無反動砲等で攻撃されればひとたまりもなかった。
「あの陸軍連中の言い草、むかつきますね」
陸軍幹部が去った後、轟三佐らの道案内に立つ海兵隊員らは舌打ちして、口々に文句を言った。
「IEDを食らってまったく無事でいられる車輛なんてそうそうあるわけねーだろ」
彼らは喫煙でボロボロになった口腔が印刷されたグロテスクなパッケージからタバコを抜き出し、一度ふかすと「あと少し。徒歩でも30分くらいの距離ですからね、頑張りましょう」と明るく言ったが、轟三佐はこのまま順調に日本国大使館まで辿り着けるとは思っていなかった。
事実、数百メートル北方の明洞駅周辺では、幾つかの建物が特殊任務を帯びた朝鮮人民軍軽歩兵旅団に占拠され、激しい銃撃戦が続いていた。
軽歩兵旅団は廃校になった女子高校の校舎に司令部を設置し、暴れに暴れた。
手始めに女子高から300メートルと離れていないソウル中部警察署を襲撃し、警察車輛や警察官の装備を入手した北朝鮮軽歩兵らは、無線を利用した通信妨害や偽情報の流布を行った。さらに十字路を望む建物を占拠し、韓国軍や警察の移動の妨害に努めた。
その北西にあるソウル市庁と乙支路入口駅でも同様に、朝鮮人民軍の軽歩兵らが官公庁街に火を放ち、ホテルや百貨店、病院に立て籠もり、反撃せんとする警察庁機動団や韓国陸軍首都防衛司令部所属部隊に痛撃を与えた。
正規軍同士の市街戦――その向こう側に、日本国大使館はある。
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次回更新は10/17(日)の6:00を予定しております。
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