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■23.希望も、絶望も、どこにでもやってくる。(後)

 鋼鉄の奔流、朝鮮人民軍第820戦車軍団――。

 主力戦車約600輌、軽戦車約200輌、装輪・装軌装甲車約200輌、自走砲約200輌から成る大規模部隊が攻撃に転じる兆候を掴めないほど、米韓は無能ではない。

 北朝鮮側の防空網の前に使い捨てになることを承知の上で、両軍は無人偵察機を38度線上空へ飛ばしていたし、朝鮮人民軍が韓国軍後背へ狙撃旅団を送り込んだように、韓国陸軍も特殊戦司令部第3航空特殊旅団を被占領地や北朝鮮領内に浸透させて情報収集にあたらせていた。

 問題は戦車軍団が来襲するとわかっていても、それを押しとどめるに足る地上部隊と、阻止成功の確信がないということであった。

 朝鮮人民軍による第2波攻撃、その規模ははかりしれない。

 第820戦車軍団が動くとともに、当然ながら他の朝鮮人民軍地上部隊も攻撃作戦に投入されるであろう。

 たとえば第815機械化軍団だ。この機械化軍団は平時から第820戦車軍団に隣接する地域に駐屯しており、同戦車軍団を補完する役割――具体的には歩兵戦力を提供する役割を果たすと考えられている。5個歩兵旅団が主力で、配備されている主力戦車は約150輌のみだが、第820戦車軍団と合わされば相当な脅威である。


 対する朴陸軍参謀総長以下、韓国陸軍はベストを尽くしたといっていい。

 朝鮮人民軍の絶え間ない砲撃と後方攪乱の中で、戦時に動員師団を供給する役割の韓国陸軍動員司令部は、第60師団・第72師団・第73師団・第75師団の動員をほぼ完了させ、ソウル防衛戦への投入を可能にしている。これらの戦時動員師団は質的には常備師団に劣る。しかし常日頃からソウル市郊外に司令部を置いており、周辺地理には明るい。地の利を活かして粘り強く戦うだろう。

 また何よりも優先されたのは、緒戦で大打撃を被った前線部隊の再配置であった。

 幸いにも韓国兵の士気は高い。

 開戦時、韓国最北部に配置されていた韓国陸軍第5軍団を除けば、壊滅的打撃を受けたり、包囲殲滅されたりした部隊はほとんどなく、将兵は再び組織的な防衛線に復帰している。

 そして韓国陸軍第1軍団の反撃(※■13参照)、その対応に敵が拘束されている間に、防衛線が整理された。




■戦線左翼担任(ソウル市北西:高陽市周辺)

 第1軍団(第9師団・第2装甲旅団・第30装甲旅団等)

 第60師団・第72師団


■戦線中央担当(ソウル市北方:揚州市・議政府市周辺)

 第6軍団(第5師団・第28師団・第5装甲旅団)


■戦線右翼担任(ソウル市東方:東揚州市周辺)

 第73師団・第75師団


■ソウル市防衛担任(予備戦力)

 第7機動軍団(首都機械化師団)

 首都防衛司令部(第52師団・第56師団)

 首都軍団(第17師団・第51師団・第55師団)


■沿岸・後方警備担任(仁川市周辺)

 第2迅速対応師団

 海兵隊第2師団




 実情はどうであれ、師団と名のつく十数個の部隊をソウル市周辺に揃えられただけでも、韓国陸軍の参謀らは有能であったといえる。

 ただし韓国北西部一円の地上部隊を指導する韓国陸軍地上作戦司令部は、自身らの弱点に気づいていた。

 それは防衛線が破られそうになったときに、投入可能な予備戦力が少ないことである。

 確かに見かけ上は第7機動軍団首都機械化師団以下、6個師団が控えているが、実際のところ首都防衛司令部の第52師団・第56師団の一部は、ソウル市内外に浸透した敵特殊部隊軽歩兵の駆逐や重要施設の警備、交通整理などに拘束されてしまっていた。

 他方、朝鮮人民軍は圧倒的な物量で攻め寄せるであろう。好きなタイミングで、好きなだけ手持ちの予備部隊を繰り出せるというイニシアチブは、攻勢に立つ彼らの側にある。


「このソウルが連中の墓場だ。ソウル防衛戦は、韓国戦争のターニングポイントになるだろう。差し向けられるであろう北韓の最精鋭部隊、彼らを殺し尽くせばあとに残るのは根こそぎ動員で掻き集められた“人民軍”だ。第7機動軍団で轢き殺せる」


 朴陸軍参謀総長はそう言って周囲や地上作戦司令部の参謀らを鼓舞したが、同時にソウル陥落の可能性も考えていた。

 そこでまず彼がしたのは、特殊戦司令部を呼び出すことだった。

 そしてエアボーンやヘリボーンを得意とする第1航空特殊旅団に対し、釜山市庁に移った白大統領の護衛に就くように命令した。


 朝鮮人民軍による総攻撃は、その直後に始まった。

 まず戦線中央となるソウル市北方の揚州市・議政府市一帯が、激しい長距離砲撃に晒された。

 狙われたのは、西から虎鳴山・仏谷山・天宝山・龍岩山・竹葉山――400mから600m級の山々の連なりに築かれた韓国陸軍第6軍団の防御陣地である。火焔と土砂と黒煙が一緒くたになった黒々とした柱が次々と立ち上がったかと思うと、次の瞬間には土砂の雨となって地表を打つ。

 旧ソ連軍を模範とし、6個ロケット砲旅団と6個自走砲旅団から成る朝鮮人民軍第620砲兵軍団は、韓国陸軍第6軍団をこの地上から消滅させるつもりでその大火力を投射した。

 揚州市・議政府市はわずかな市街地と幹線道路を、無数の山々が取り囲んでいるようなエリアだ。韓国陸軍第6軍団はここを要塞化することで、朝鮮人民軍の精鋭部隊に出血を強い、またもしも戦線左翼が押し込まれれば、この強固な陣地から敵の側面を脅かすつもりであった。

 それを朝鮮人民軍側も理解している。

 故に、無視できない。


 朝鮮人民軍第620砲兵軍団による熾烈な砲撃とともに、朝鮮人民軍第2軍団が前進を開始した。

 先陣を切るのは軽戦車大隊である。

 砲弾の炸裂によって草木が薙ぎ倒され、地表の耕された荒野を、山岳戦に最適化された15式軽戦車が往く。

 その車体には白文字で大きく「ソウルへ! ソウルへ!」とスローガンが書きつけられており、せっかくの緑系統のデジタル迷彩を台無しにしていた。




◇◆◇




ここから休日が消滅するため、次回更新は10月6日(水)になります。

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