■20.黄海に弾雨、降りしきる!(後)
「攻撃命令だ――」
黄海南道沿岸部に築かれていた陣地が、一斉に活性化した。
朝鮮人民軍の沿岸砲兵陣地やミサイル陣地、それを指揮する部隊司令部は光ファイバー等を使用した有線通信網で結ばれているため、アメリカ軍機による電子攻撃の影響を受けづらい。そのため命令の伝達には、遅滞も齟齬も発生していなかった。
森林地帯には対赤外線・レーダー偽装網を被せられた地対艦ミサイルC-201の発射機が潜み、米海兵隊第121海兵戦闘攻撃飛行隊のF-35Bを、掘削された断崖の待機壕でやり過ごした車載式地対艦ミサイルC-802は発射陣地へすでに移動を終えている。
今回の攻撃に使われるのは、後者のC-802だ。土埃色のトラック後部に積まれたミサイルコンテナは持ち上げられ、発射命令が下る瞬間を待っている。
それと同時に022型ミサイル艇を主力とする朝鮮人民軍西海艦隊の水上部隊も動き始めた。
西海艦隊の海軍基地もまた多くが地下要塞化されていることは、周知の事実である。
海岸岸壁に設けられた横穴状のコンクリート製掩体から現れた022型ミサイル艇は、約40ノット(時速74km)近い速度で射点へ駆け出した。
ミサイル艇の乗員たちは興奮こそしたが、恐怖することはない。
022型ミサイル艇は小型である上にステルス性を意識した形状をしている。少なくとも艦対艦ミサイルを発射するまで発見されることはないであろうし、前途では友軍機が激しい空戦に臨んでいることを知っていた。その間は一方的に空から見下ろされて狩られるということはないであろう、と思っていた。
しかし、海面上を往くミサイル艇を遠方から見つめる機影があった。
「こちらフラッシュ21――敵船艇だ」
『かが』の艦上機、F-35B――真津内三等空佐が駆る機である。
空戦を回避し、高空から戦場を見張って、『かが』をはじめとする第4護衛隊群への脅威を捜索することに努めていた彼は、雁行する022型ミサイル艇の群れを狙いどおりに捉えることに成功していた。
これは偶然ではない。
F-35は機首下部にEOTSというレーザー照準システムや赤外線センサーを合わせた複合索敵装置を有しており、これを使えば夜間の海上に浮かぶ船艇を撮影することも可能なのである。
(ついにくるか!)
真津内機からの通報を受け、第4護衛隊群司令の源大吾海将補と周囲の幹部らは、むしろ安堵感を覚えた。
攻撃を受けることはすでに覚悟の上。彼らの関心は「いつ相手が仕掛けてくるか」にあった。敵味方入り乱れる航空戦の中、空対艦ミサイルを装備した敵機の有無さえ確認出来ない状況は、彼らにとっては強いストレスだった。
ところがここでミサイル艇の出現だ。
(北朝鮮は空対艦ミサイルを大量に運べるような爆撃機をもたないから、空軍機だけでは限界がある。だからやるとしたら海空、あるいは陸海空協同しての同時攻撃を計画するはずだ)
源大吾海将補はそう考えていたため、022型ミサイル艇の出現を対艦攻撃の兆候とみたし、他の護衛艦の幹部も同様だった。
その一方で、朝鮮人民軍に誤算が起こった。
第4護衛隊群の北方で空中戦に参じていた第27戦闘攻撃飛行隊が接近しつつある新手――空対艦ミサイルを携えるJF-17戦闘機12機に気づいたことが、その誤算の発端であった。
「本命いただきィ――!」
ロイヤルメイセスの面々は、血まみれの戦棍を振り上げると、さらなる戦果を求めてJF-17に殴りかかった。
即座に護衛を務める直掩機がこれをブロックしようと前に出たが、1発約800kg近い空対艦ミサイルを抱えた攻撃機隊は平静ではいられず、若干早いタイミングで空対艦ミサイルの発射へ踏み切るに至った。
「ミサイル、発射された模様」
空中へ放り投げられた空対艦ミサイル24発を、護衛艦『はぐろ』は即座に捉えた。
そこからは高速の攻防。
ロケットブースターで瞬く間に加速したミサイルは、続けてターボジェットエンジンを稼働させて巡航態勢に入る。時速約1100km。必殺の凶弾は高度30mの空を、護衛艦『はぐろ』と『ちょうかい』目掛けて翔ける。
同時に護衛艦『はぐろ』が、対空戦闘を開始した。
垂直発射装置(VLS)のセルハッチと、発射炎を逃すためのアップテークハッチが開放されたかと思うと、セルに収められたSM-6の1段目ブースターに火が入った。火焔が噴射され、莫大な推力が生み出され始める。
それとともに橙の火焔は、セルの最下部を通り、U字になっている通路を通過して甲板上へ吐き出され、辺りを照らし出した。そして立ち上る白い噴煙の中、落下防止用の天幕をぶち破り、SM-6の先端が甲板上から頭を出し――そのまま増速して夜天を衝いた。
護衛艦『はぐろ』上空に控えるE-2Dとの連接により、本来ならば水上艦艇からは見通せない位置を奔る敵ミサイルを『はぐろ』は迎撃することが可能だ。
夜空に舞い上がった白い弾体――SM-6は暗い濃紺の海面を睥睨すると、低空を往く敵弾を見据えてダイブする。
闇夜に新たな星が瞬き、数秒で消えていく。
その上空に、沿岸陣地から慌てて発射された29発の地対艦ミサイルC-802が姿を現した。
こちらは敵レーダーを回避するシースキマーモードではなく、打ち上げられた後はそのまま高空を飛行する通常巡航モードが選択されている。後者を選択した理由は、射程を最大限まで延伸するとともに命中率を上げるためだ。運動・位置エネルギーを保持しやすい高空を巡航した方が射程は伸びるし、高空でレーダーを起動した方が敵艦を捕捉しやすいと一般的には考えられている。
この30発近い敵ミサイルについては、艦隊防空にあたるF-35Bと護衛艦『ちょうかい』が迎撃に回った。
白煙で虚空に龍を描いたSM-2とSM-6が敵ミサイルに襲いかかる中、星空と火焔の白橙の下で、また別の決闘が生起していた。
「『仁川』の――いや陸海空の仇、まとめて討つ」
「応ッ」
最高速度に近い約40ノット、白波蹴る一陣の疾風。
韓国海軍第2艦隊所属の尹永夏級ミサイル艇『朴東赫』『玄時学』『池徳七』『洪時旭』の4隻だ。022型ミサイル艇の出現を受けた彼らは、偽装を解いて沿岸部から躍り出た。艦対艦ミサイル4発を背負い、復讐戦に臨もうというのである。
加えて斬首型高速哨戒艇『斬首211』と『斬首216』が合流し、022型ミサイル艇目掛けて吶喊を敢行した。
機先を制したのは韓国側であった。
朝鮮人民軍側は韓国海軍第2艦隊が、まさかこのタイミングで反撃してくるとは予想していなかったため、沿岸部付近の海上捜索などろくにしていなかったし、空軍機も022型ミサイル艇も敵艦を攻撃することばかり考えていた。
そこを衝くような形で、022型ミサイル艇が艦対艦ミサイルを発射するよりも先に、尹永夏級ミサイル艇4隻がSSM-700K海星を斉射した。
撃ち出された海星は16発である。海面を這うように疾駆する海星はターボファンエンジンのトラブルか、2発が途中で脱落したものの、残りは022型ミサイル艇が航行しているであろう海域で急上昇してレーダーを起動した。
そして高速航行中の022型ミサイル艇のどてっ腹に、海星は500kgの弾頭をぶちこんだ。
閃光と衝撃が走った数秒後には、何も残らない。満載排水量約200トンのミサイル艇は、次々と木っ端微塵となり、船体の破片と乗組員の死骸を海面に漂わせた。
黄海上の激しい攻防戦は、022型ミサイル艇轟沈の30分後には終息した。
双方ともに第4世代ジェット戦闘機を中心として損害が出たが、朝鮮人民軍側は目的であった海上自衛隊第4護衛隊群に一指たりとも触れることかなわず、作戦は完全なる失敗に終わった。
こうして海自第4護衛隊群は、仁川港まで指呼の距離にまで迫った。
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次回更新は9月21日(火)を予定しております。




