■19.黄海に弾雨、降りしきる!(中)
いずも型護衛艦『かが』艦上を、F-35Bが駆ける。
エンジンノズルが稼働して下方へ指向されると同時に、外装の一部が開放され、露出した機体上部のファンが唸りを上げて空気を吸入――そして膨大な空気流を胴体下部と両翼から吐き出した。護衛艦『かが』は全長約250メートルだが、F-35Bは150メートルも滑走することなく空中に飛び出していく。
(“浮き上がる”この感覚、まだ慣れないな――)
数年前に旧式機のF-15J・Pre-MSIPから機種転換した真津内三等空佐は、高度を稼ぎながら頭脳の片隅でそう思った。
思いつつも即座にAN/APG-81の捜索モードを起動し、180kmまで先の空中目標を探知する。20個以上の目標をわずか10秒以内で捉えるこの高性能レーダーのおかげで、真津内は即座に状況を把握した――いや、把握しきれない。把握しきれないほどに、雲霞の如く鋼鉄の猛禽たちが、この黄海上空へ進入していた。
「何がどうなっている――」
「白頭山、飛燕101。飛燕102、103被撃墜」
「ランサー、こちらオフサイド。020度より敵機急速接近」
「爆弾を投棄する――回避機動!」
「勝利211、勝利212。こちら木蘭、現在高度を維持して飛虎を援護せよ」
鈍色の翼に赤い星を煌めかせたMiG-29が、夜闇を引き裂く流星となって韓国空軍第11戦闘航空団のF-15Kに襲いかかった。彼ら朝鮮人民軍の誇る亜音速の飛燕が放ったのは、R-27セミアクティブレーダーミサイルだ。マッハ4まで急加速したこの空対空ミサイルは、亜音速のF-15Kへ急速に迫った。
一方、F-15Kが搭載するALR-56Cレーダー警報機は、MiG-29が発するレーダー波を察知し、自身の御者にこれを報せた。
一部の操縦士は反射的に翼下の航空爆弾を投棄して機体を身軽にし、高度を落とさないまま回避機動をとった。通常の判断であれば、位置エネルギーを速度エネルギーに変換できる下方へ逃れたくなるところだろう。
が、F-15Kを駆るコリアン・イーグルドライバーらは、愛機の特性をよく理解していた。
純粋なる制空戦闘機をルーツとするF-15EやF-15K戦闘攻撃機は、高度が低くなるほど運動性能が低下する。
F-15Kの自己防御装置が敵ミサイルを攪乱するチャフとフレアを発射し、白銀と赤橙で飾りつけられる夜空。光輝ばら撒いて横転するF-15Kの後方に偶然居合わせた韓国空軍第38戦闘航空戦隊のKF-16は、F-15Kを照準する敵戦闘機に向けてAIM-120を発射して、鮮やかに2機を仕留めた。
「鉄翼各機、突っこむ――!」
そこへ遅れてやってきた第8航空師団の制空戦闘機隊が、レーダー波と電子攻撃、誘導弾が飛び交う混沌へ高空から飛びこんだ。
崔中尉を先頭とするJF-17戦闘機8機は、まったく躊躇することがない。自ら敵を捕捉して攻撃するSD-10アクティブレーダーミサイルを発射すると、そのまま速度を落とさずに韓国空軍機へ遮二無二突進した。
考えられた猪突猛進である。
先の自由の突風作戦の経験から、第8航空師団戦闘機連隊の幹部らは、電子戦能力やミサイルの性能が勝敗に直結する長距離・中距離戦では勝ち目がないと考えた。JF-17は朝鮮人民軍が入手可能なジェット戦闘機の中でも最高に近い部類の機体だが、高価格高性能機か廉価機かといえば、ローにあたる。アップデートが重ねられてはいるが、どこまでも輸出用戦闘機で、中国人民解放軍空軍自体は採用していない。
JF-17の性能が悪いのではなく、アメリカ軍の電子攻撃が高度なのだ。彼らの強力な電子攻撃に晒されてしまうと、長距離・中距離の間合いでは太刀打ち出来ない。一方的に攻撃される。
であるから可能な限り損害覚悟で近接戦に持ち込もう、というのが彼らの意図だった。
また下手に距離をとっていると、海上自衛隊のミサイル護衛艦から攻撃を受ける。しかし、彼我が入り乱れる混淆状態を作れば、相手も誤射を恐れて攻撃を控えるかもしれない。
「オフサイド、ヴァルキリー31だ。指示を乞う、どちらへ逃げればいい!?」
「ロッテッ、後ろに敵機――」
「ランサーは散開しろ! 馬鹿が突っ込んでくる!」
火焔を吐くJF-17の超音速突撃を躱せず、韓国空軍機の戦列が乱れた。
天地逆転する格闘戦。赤外線誘導ミサイルを抱き、相手の懐に飛び込む決闘の連続。
崔中尉らに続かんと、さらに第3航空師団のJ-7G複数機が高空から躍りかかろうとしていた。
J-7GはMiG-21戦闘機の改良型であり、2002年に初飛行した中国製ジェット戦闘機だ。弱点は機体規模が小さいため搭載可能な電子機器に限りがあり、レーダー捜索範囲が約70km程度と短いことである。武装も射程が十数kmの赤外線誘導ミサイルが主であるので、格闘戦に持ち込まなければ、空戦で活躍することは難しい。
しかしこのJ-7Gは思わぬ横槍を受けた。
「メイセス91、FOX3――!」
南方から突っ込んできたAIM-120に側面を衝かれ、瞬く間に5機のJ-7Gが爆散する。
「おい、俺たちもいくぜ」
「カートマン、北西から接近するMiGに気をつけろよ」
尾翼に掲げた戦棍――鋼鉄の雀蜂が、必殺の毒針携えて乱入する。第27戦闘攻撃飛行隊ロイヤルメイセスのF/A-18Eは、J-7Gを射殺するとそのままの勢いで獰猛にJF-17へ食らいついた。
(レーダーは役に立たんッ)
JF-17を操る崔中尉は狭い操縦席の中で上体と首を捻り、敵機と接近するミサイルを探す。
この空域はアメリカ軍の電子攻撃に晒されており、それと同時に決戦に臨む各戦闘機がレーダー妨害装置やチャフディスペンサーを起動させているため、レーダーの捜索モードはほとんど機能していない。
「ケニーが死んじゃった!」
「カイル、ケニーの脱出を確認した」
「やりぃ、3機目ェ!」
米海軍第27戦闘攻撃飛行隊は、崔中尉の想像以上に勇敢であった。
手こずるJF-17操縦士は離脱のタイミングを図れないまま、赤外線誘導ミサイルPL-9と23mm機関砲で格闘を続けた。勿論、無意味ではない。こうして敵戦闘機を引きつけておければ、遅れて進入してくる対艦攻撃役のJF-17が守られる。
「木蘭、こちら飛虎901。所定の攻撃を実施する」
黄海上で乱戦が続く中、第8航空師団の攻撃隊が黄海南道沖に出現した。
翼下に空対艦ミサイル2発を抱えたJF-17戦闘機が先鋒で、その背後には第3航空師団所属のMiG-21bisが控えている。後者は空対艦ミサイルを備えていないが、その代わりに57mmロケット弾16発を収めたロケットランチャーを携えていた。
中国人民解放軍からの情報提供で、護衛艦『はぐろ』、『ちょうかい』、それからアメリカ海軍のイージス艦の所在は分かっている。
まずJF-17の空対艦ミサイルを防空の要となるイージス艦へ集中投射し、これを撃破。そうして強力な艦対空ミサイルの傘が消滅した敵艦隊をMiG-21bisが襲撃し、戦果拡大を図るというのが彼らの作戦だった。
ただし対艦ミサイル攻撃を実施するのはJF-17戦闘機12機なので、イージス艦に差し向けられるミサイルは24発に過ぎない。
だが第8航空師団司令部の参謀たちは楽観的で、ミサイル艇や地対艦ミサイルが同時に攻撃を仕掛ければ、必ず敵艦隊防空網を突き崩せるだろうと考えていた。
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次回更新は9月14日(火)を予定しております。