■18.黄海に弾雨、降りしきる!(前)
さて、釜山港に拠る白武栄以下の陣営の中で軋轢が生じる一方、朝鮮人民軍総参謀部作戦局は、海上自衛隊をはじめとした黄海の多国籍艦隊に対する攻撃準備を進めていた。
彼らは日本国内に多くの情報提供者を抱えており、日本近海には漁船に偽装した情報収集船を展開させている。
また人工衛星を保有する中国人民解放軍戦略支援部隊や、公海上に駆逐艦や電子情報収集艦を展開させている中国人民解放軍海軍から、秘密裏に情報提供を受けていた。そのため海上自衛隊佐世保基地から第4護衛隊群が出動したことや、日本各地の海自基地から防衛省がチャーターした高速フェリーが出航したことを、すでに察知していた。
朝鮮人民軍は朝鮮半島西海岸に投入可能な空海戦力を以て、これを迎え撃つことに決めている。
期待がかかるのは、やはり戦闘機・攻撃機部隊であった。
中国共産党から供与された輸出用戦闘機JF-17を配備する第4航空師団・第8航空師団から作戦機が集められるとともに、MiG-29やMiG-23、Su-25を有する第1航空師団や、人民解放軍空軍の退役機であるJ-7Gを多数配備する第3航空師団も、この作戦に参加することになっている。
朝鮮人民軍空軍基地はアメリカ軍の苛烈な報復攻撃の標的とされ、防空レーダーや滑走路を中心に被害が出たが、壊滅には至っていなかった。朝鮮民主主義人民共和国の海軍基地・航空基地は、地下化・要塞化されているといっていい。地上撃破された作戦機はほとんどなかった。
であるから朝鮮人民軍空軍は朝鮮半島北部に未だ700機以上の戦闘機と、100機近い攻撃機を隠し持っており、有効な航空作戦を行う能力を有している。
朝鮮人民軍海軍からは、中国製053型フリゲートや022型ミサイル艇から成る水上打撃部隊と、ロメオ級潜水艦3隻が参戦する。
これは西海艦隊の全力に近い。
朝鮮人民軍総参謀部作戦局では、多少の異論が出た。
「日帝海軍外征艦隊の目的は、おそらく南傀儡政権勢力圏西海岸に住まう資本家階級者どもの救出――黄海南道(北朝鮮南西部)に対する強襲上陸ではないことは明らかだ。確かに鼻先をうろつかれるのは癪というものだが、彼らの攻撃に割く戦力を、ソウル解放に優先して投入した方がよいのではないか」
作戦参謀の間には、不安をささやく者が少なからずいた。
韓国海軍の地域艦隊(第1・第2・第3艦隊)とは違い、海上自衛隊第4護衛隊群は強力なミサイル護衛艦を有している。もしも敵の反撃を受ければ、貴重な作戦機と艦艇を喪失することになる。
ところが朝鮮人民軍総参謀長の辛光は、「これは中央軍事委員会委員・李恵姫同志のご指示である」と反論を封じた。
確かに大損害を出す可能性はある。
しかし、ここで仕掛けなければ黄海の海上優勢は、相手が恒常的に握ることになるだろう。それにフリゲートやミサイル艇を今日温存しておいても、明日には敵航空攻撃で撃破されてしまうかもしれない。
一方、夜陰に紛れて黄海を北上する海上自衛隊第4護衛隊群の隊員らは、神経を研ぎ澄ませていた。
すでに彼らは韓国中部の群山市西方沖、仁川港まであと約180kmの海域にまで進出している。後続の護衛艦『さわぎり』『うみぎり』らに護衛された『ナッチャンWorld』を筆頭とする高速輸送船隊と、海上自衛隊第1輸送隊のおおすみ型輸送艦『おおすみ』もまた、順調に追随してきていた。
(しかし、ここからだぞ)
護衛艦『かが』の艦橋――派手な黄色いカバーがかけられた座席に腰かける第4護衛隊群司令、源大吾海将補の表情は険しい。
第4護衛隊群は、北朝鮮南西部・黄海南道沿岸部から約200kmの位置にいる。
ここからは朝鮮人民軍空軍・海軍が、いつ攻撃を仕掛けてきてもおかしくはない。あと3、4時間もすれば、黄海南道沿岸部に展開しているであろう中国製地対艦ミサイルC-201やC-802の射程に入る。
またこのとき、海上自衛隊第4護衛隊群は非常に不利な状況にいた。
「青島東方沖に新たな中国軍機が進出」
「レーダー波の特徴からY-8J偵察機とみられます」
艦隊防空の要、護衛艦『はぐろ』のCICに詰める幹部らは苛立っていた。
第4護衛隊群が済州島北西沖に達したあたりから、約150km西方の空域に中国人民解放軍海軍の所属と思しき偵察機が、張りつくようになったからである。
現れた中国軍機はY-8Jだった。このY-8Jは中型輸送機を改造した洋上監視機であり、黒々と塗られた機首は“鼻”を連想させるように膨らんでいる。これは英国製スカイマスター・レーダーを搭載しているからであり、約200km先の水上艦艇を捜索する能力を備えている。
つまり中国人民解放軍海軍は、第4護衛隊群の所在や陣容を捉えている可能性が高かった。
ここで第4護衛隊群の人間が懸念することはただひとつだ。
このY-8Jが得た情報が、朝鮮人民軍に流れているのではないか、ということである。
「北朝鮮軍が中国軍と協力関係を築いているのはわかってることだし、このY-8Jが俺たちの現在地を北朝鮮に教えていてもまったくおかしくないな……」
「さすがにデータリンクが構築されているかはわからないけど、大まかな位置情報が伝わるだけでも地対艦ミサイルをどんどん撃ちこめるわけだからなあ」
さすがに中国人民解放軍海軍機を撃墜することはできない。
これを退去させるために韓国空軍が、群山基地から第38戦闘航空戦隊所属のKF-16戦闘機2機を緊急発進させてくれたが、Y-8Jは韓国空軍機の警告を知らぬ存ぜぬ、悠々と飛び続けている。
その後、黄海空域に米海軍第5空母航空団・第141電子攻撃飛行隊のEA-18Gが飛来し、AN/ALQ-99戦術妨害装置を起動させた。
この電子戦機が搭載するAN/ALQ-99は、敵レーダーの妨害から通信妨害までこなせる強力なジャミング装置である。うまくいけばY-8Jのスカイマスター・レーダーを無力化するとともに、通信を邪魔することが出来るはずだった。
ただ第4護衛隊群の面々からは、効果が出ているのかはわからない。
黄海における激しい攻防戦は朝鮮人民軍の側ではなく、北朝鮮の地対艦ミサイル陣地を制圧するための米韓航空攻撃から始まった。
まず米海兵隊第121海兵戦闘攻撃飛行隊のF-35Bが黄海南道沿岸部に忍び寄って情報収集を実施した。F-35が備えるAN/APG-81レーダーは高度な空対地モードを有している。地表面を瞬く間に画像化、さらに複数の移動目標を追跡可能であり、それが軍事的目標であるか非軍事的目標であるかまで見分けることが出来る。
続いて同隊に所属する4機のF-35Bが夜闇に潜む敵目標を、統合打撃ミサイル(JSM)で攻撃した。F-35Bが翼下に抱えるJSMは1機あたり2発に過ぎないが、狙い澄ました一撃は偽装・防護の甘い朝鮮人民軍の対艦ミサイル発射台や、防空ミサイルシステムの構成車輛を確実に仕留めた。
爆炎が噴き上がり、夜空を煌々照らすとともに、ようやく朝鮮人民軍空軍は敵機が“どこかに”存在していることに気づいた。
「ステルス機――!」
しかし黄海南道上空を哨戒中であったMiG-29は、ついぞF-35Bを捉えることが出来なかった。
MiG-29を駆る操縦士らはレーダーに期待をかけず、敵ステルス戦闘機が放射するであろう赤外線を捕まえる赤外線捜索追跡装置(IRST)を起動させた。
確かに過去にはIRSTがステルス戦闘機を捉えた例がある――が、IRSTの捜索可能距離は十数km程度とあまりにも短い。沿岸部から南に200km以上離れた空域から統合打撃ミサイルを発射し、即座に離脱を開始したF-35Bを見つけられる可能性はほとんどなかった。
だがMiG-29を駆る第1航空師団の操縦士らが、落胆している暇はなかった。
すぐに黄海上空に現れた非ステルス機――韓国空軍第11戦闘航空団のF-15K戦闘攻撃機複数が、誘導爆弾を引っ提げて高速突撃を仕掛けてきたからである。
そこへほぼ同時に姿を現したのは、空対艦ミサイルを装備した朝鮮人民軍空軍第8航空師団のJF-17戦闘機隊。
「空が狭いッ――」
かくして黄海にて超高速の応酬戦が始まった。
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次回更新は9月11日(土)を予定しております。