■14.激突!日韓海戦!?(前)
「本日、私は自衛隊に対して、北朝鮮からの武力攻撃から日本国を守るための防衛出動と、韓国国内に留まっている邦人の救出を命令いたしました。日本政府は国民の生命と生活を守るために全力を尽くします。また韓国政府との協議に基づき、自衛隊を――」
「韓国政府とはこの俺のことだッ、なんだこの若造は!」
海上自衛隊第4護衛隊群の出港とほぼ同時刻、釜山市庁にてテレビ中継を見ていた白武栄は憤怒とともに立ち上がると、内線電話で任義求合同参謀本部議長と趙海軍参謀総長を呼びつけた。彼らを召喚した目的は明確で、韓国へ“侵攻”しようとする日本国自衛隊を撃退する作戦を練らせるためであった。
「日本政府は侵略的野心を隠そうともしなくなったな」
30分後に制服姿で現れた任合同参謀本部議長と、趙海軍参謀総長に対して、白武栄は説教じみた口調で長々と話をし始めた。
白武栄のイエスマンである任合同参謀本部議長は、相槌を打ち続けていたが、対照的に趙海軍参謀総長は無表情を貫き通していた。彼は実のところ白武栄が釜山に退がったことや、日米海軍を敵対視することに不満を抱いている。ただ彼は曲がったことが嫌いな男であり、国民が選んだ大統領の命令や、上官にあたる任合同参謀本部議長の命令に逆らうことは許されないと思って、いまここにいるのであった。
さて、白武栄はひとしきり愚痴や無責任な戦略論を言い放つと、
「というわけで、海上自衛隊の護衛艦隊を撃退する作戦を立案し、すぐさま実行に移してほしい」
と、両者に告げた。
「早速取りかかります」と任合同参謀本部議長は頭を下げたが、実際のところ彼は実戦部隊をほとんど掌握出来ていない。彼の下に集っているのは、白武栄とともに脱出した一部の制服組・背広組の高官であり、朴陸軍参謀総長は勿論、韓志龍空軍参謀総長からもそっぽを向かれてしまっている。趙海軍参謀総長を通して、海軍艦艇を動かせるくらいだ。
趙海軍参謀総長もまた「ご命令のままに」と頭を下げた。
釜山市にある海軍作戦司令部に移った彼は韓国海軍第7機戦師団をはじめ、複数の部隊をコントロール出来ている。
朝鮮人民軍海軍と対峙中の守備部隊――第1艦隊・第2艦隊・第3艦隊司令部とは連絡がつかないが、それでも韓国海軍第5戦団・同第6航空戦団・同第7機戦師団・同潜水艦隊が彼の手許にはあった。この機動部隊を使えば、海上自衛隊を攻撃することは可能である。
が、趙海軍参謀総長には勝算がなかった。
(いたずらに損害を出すだけかもしれない)
自衛隊が先制攻撃してくることはないであろうから、韓国海軍第7機戦師団は哨戒ヘリコプターを出撃させ、自由に護衛艦隊を捜索することが可能だ。タイミングが合えば、水上艦艇による対水上打撃戦を行える。
しかし、第一撃以降が続かない。
お人好しが過ぎるきらいのある日本人であっても、攻撃を受ければ反撃するであろう。
韓国空軍機の援護がない以上、航空優勢は即座に日本側が確保する形になる。そうなれば韓国海軍の哨戒機は行動できず、水上艦艇は視界が通る水平線内しか敵を捜索出来なくなる。あとは水平線の向こう側から一方的に殴られるだけだ。
(しかし、命令は命令だ――)
諦念とともに、趙海軍参謀総長は踵を返した。
釜山市の海軍作戦司令部では趙海軍参謀総長が呼び出される以前から、白武栄からのこうした命令が下ることを想定して、すでに攻撃作戦を練っていた。
作戦名は“済州王桜”。
参加兵力はまず韓国海軍第7機戦師団第71機動艦隊の『世宗大王』、『忠武公李舜臣』、『大祚栄』、第72機動艦隊の『王建』ら水上艦艇4隻。
韓国海軍の航空戦力を担う第6航空戦団第61海上哨戒機戦隊からは、敵艦を捜索する哨戒役の2機とは別に、爆装した対潜哨戒機4機が参加する。
最後に済州島沖にて行動中の孫元一級潜水艦『金佐鎮』と連絡がとれたため、これを待ち伏せに使うことに決めた。
海軍作戦司令部の参謀らから“済州王桜”の作戦概要を伝えられた趙海軍参謀総長の最初の感想は参加兵力が少なすぎる、であった。
まず投入可能な水上艦艇は4隻しかない。第7機戦師団第71・72機動艦隊の水上艦艇は双方併せて全9隻――内3隻は海外派遣中であったり、整備中であったりしていて最初から使えない。さらにイージスシステムを搭載した世宗大王級駆逐艦『栗谷李珥』は朝鮮人民軍の基地施設を狙った弾道ミサイル攻撃に巻き込まれ、艦上構造物が損傷したため動けず、先出の米海軍第7艦隊監視任務に就いていた『文武大王』は、機関トラブルを起こして基地に戻っている。
今回の作戦で貴重な航空戦力となる第6航空戦団に関しては、そもそも固定翼機の配備数自体が少ないので仕方がない。空対艦ミサイルを4発装備出来るP-3CK対潜哨戒機は16機しかない上、その全機を対護衛艦隊戦につぎ込むのは無理な注文であった。
潜水艦隊からも待ち伏せ攻撃に回せる潜水艦はほとんどなかった。
潜水艦隊司令部は朝鮮人民軍の弾道ミサイル攻撃を回避するために、行動可能な艦はすべて出航させていた。潜航中の潜水艦は、外界との連絡が取りづらい。孫元一級潜水艦『金佐鎮』が作戦に参加出来たのは偶然だ。彼女は済州島沖にて潜望鏡深度で待機していたところ、潜水艦隊司令部からの命令を受信、そしてやり取りを繰り返すことでようやく命令が謀略通信ではなく、“真”であることを理解したのである。
勿論、他にも潜水艦隊司令部からの命令を受信出来た潜水艦はあったのだろうが、「済州島沖にて日本国海上自衛隊護衛艦隊を襲撃せよ」という指示はあまりにも荒唐無稽に過ぎる。おそらくは朝鮮人民軍サイバー部隊の謀略であろう、と片づけられたのかもしれない、と趙海軍参謀総長は思った。
実際のところ趙海軍参謀総長自身も、今回の作戦に意味があるのか、よく分かっていない。
◇◆◇
韓国海軍第7機戦師団水上艦艇の動きは、すぐに日米双方によって捕捉された。
海上自衛隊第4護衛隊群を支援するため、九州地方上空まで進出していた航空自衛隊第602飛行隊のE-767早期警戒管制機は、4隻の韓国海軍水上艦艇を釜山基地出撃直後から捉えていたし、同じく済州島沖にて哨戒にあたっていた海上自衛隊第1航空隊のP-1哨戒機もこの4隻の動向を察知していた。
防衛省統合幕僚監部では、即座に会議が開かれた。
とはいえ基本的な方針は決定済みだ。
朝鮮人民軍の航空機や艦艇に対しては、邦人の保護を優先し、こちらの武器の有効射程に入った時点で、必要に応じて武器を使用することが認められている。
ただし韓国海軍第7機戦師団に対しては、韓国国民の感情や国際世論に配慮して、先制攻撃はしないというのが、政府が防衛省統合幕僚監部・統合任務部隊に課した交戦規定であった。
では仮に韓国海軍第7機戦師団が、対艦ミサイルによる攻撃を仕掛けてきた場合はどうするか。その場合はまず敵ミサイルを艦対空装備および電子攻撃でこれを防御し、艦対艦ミサイルを発射した水上艦艇を“無力化”することになっていた。
海上自衛隊自衛艦隊司令官にして、陸海空自衛隊邦人輸送統合任務部隊の磯部昭海将は「責任は定年間近の私がとりますから、必要な武器使用を躊躇わないようにお願いします」と陸海空の高級幕僚に告げたが、作戦・染井吉野が立案され、防衛相・首相の裁可を得る過程で、政治サイドに対しての武器使用に関する根回しはすでに終わっている。反撃を躊躇する必要はないというわけだ。
どちらかというと、この統合幕僚監部での会議は何かを決定するというものではなく、参加する防衛大臣政務官や官邸関係者を通して、状況を閣僚に説明するような趣があった。
自衛隊を指揮する制服組(武官)の他にも、防衛省防衛政策局関係者などの背広組(文官)も参加しているが、彼らが邪魔をすることはない。むしろ彼ら背広組は、武力行使・武器使用に肯定的であった。防衛政策局長などは「背広組だからと舐められてたまるか。こっちだって30年以上、防衛省に勤めてるんだ。一生を振るだけの甲斐のある一世一代の仕事がいよいよやってきた」と張り切っている。
――武器使用に対して、一片の躊躇もなし。
その雰囲気に、国会議員で防衛大臣政務官を務める納田理一は呑まれた。
髪をオールバックに固め、国会議員というよりは暴力団の若頭を彷彿とさせる男であり、過去の不良じみた武勇伝を語るそんな彼でも、空気中に滲み出る“沈黙の殺意”に驚愕した。
「アメリカ海軍第7艦隊に対して“監視”を実施したように、この水上艦艇4隻の行動も“監視”ならばいいのですが……可能な限り韓国海軍第7機戦師団に対する攻撃は避けたいものです。自制を忘れないでいただきたい」
と、納田政務官が会議の途中で思わずそう言うと、航空総隊司令部から来ている幕僚や海上自衛隊関係者は、ぎょろりと瞳を動かして冷たい視線を彼に向けた。
北朝鮮の弾道ミサイル攻撃によって、在日米軍と同居する自衛隊基地施設の一部にも損害が出ている。
当然、人的被害もだ。航空自衛隊横田基地の幕僚の中には、知己の在日米軍関係者が戦死した者もいれば、友人やご近所づきあいのある知人が攻撃に巻き込まれて重体となった者もいた。
その彼らは“釜山”に無言の怒りを抱えている。北朝鮮が攻撃を仕掛けてきたこの緊急事態に何をふざけたことを、さっさと釜山港を開けばいいのに。これ以上、邪魔するのならば許さない――というのが彼らの正直な感想だ。
「韓国海軍第7機戦師団からの攻撃がないに越したことはありません」
緊張した会議の雰囲気を和らげるために、磯部海将は静かに、そして穏やかに言った。
「しかしながらイージス艦を含めた4隻の駆逐艦という有力なる水上部隊に加えて、数十分前には韓国海軍のP-3CK哨戒機4機が出撃。済州島の上空にて待機しています。水上部隊とタイミングを合わせ、東西から挟み撃つ形でミサイル攻撃を仕掛けてくる可能性は十分あります」
磯部海将からしても、自衛隊は十分自制している。
世宗大王級駆逐艦は片舷で8発の艦対艦ミサイル、李舜臣級駆逐艦は片舷で4発の艦対艦ミサイルを発射可能であるから、一度に24発から20発程度の艦対艦ミサイルを撃てることになる。そこに4機のP-3CKが一斉に空対艦ミサイルを撃ってくれば、16発が加わる計算だ。
すなわち最悪の場合、海上自衛隊第4護衛隊群は40発前後のミサイルによる先制攻撃を“受けてやる”必要があるというわけだ。
実際、その通りになった。
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次回更新は8月21日(土)になります。