■13.なぜわれわれは、ひとつになれない?(後)
すべてがまるで示し合わせたように動き出した。
日本政府は朝鮮人民軍戦略ロケット軍による弾道ミサイル発射を武力攻撃事態と認定し、国家安全保障会議の答申の後、防衛出動を含めた対処基本方針を閣議決定――続けて内閣総理大臣・和泉三郎太は自衛隊に対して防衛出動命令を下した。
と、同時に防衛省は、海上自衛隊自衛艦隊司令官を指揮官とする陸海空自衛隊邦人輸送統合任務部隊――JTF-防人を組織。朝鮮半島に自衛隊を派遣し、邦人輸送に乗り出す姿勢を明確に打ち出した。
ほぼ同時刻、韓国外交部長官・金源正がメディアの前に姿を現した。
坊主頭に銀縁眼鏡、ダーク系のスーツ。平時は野党系支持者からは“悪徳坊主”と称される見た目の彼だが、今日ばかりはうさん臭い笑みを消し、真剣な面持ちをつくり、真摯な姿勢を演じて、国民に向かって語り始めた。
「自由の城塞は、釜山にあらず――このソウルです」
「我々は戦わずしてソウルを立ち退き、人々の生命と自由を明け渡すようなことはできません」
「忍び寄る夜の闇はどこまでも深く、我々の自由の輝きは消え失せようとしているようにみえます。
……しかしながら、掲げられた松明の数はひとつではありません。
いま、世界中から火が、自由の火が集まりつつある。我々はそれを拒みません――自由の火が集まれば、それは夜の闇に打ち勝つ希望の炎になることを知っているからです」
実際のところ、韓国外交部長官・金源正はそんな高尚なことは微塵も思っていない。
だがしかし、どのような形であれソウルをいま離れれば政治家生命が終わることくらい彼は理解していたし、もしも韓国軍が敗れ、朝鮮半島が朝鮮人民軍によって武力統一されるようなことがあれば、生物学的な意味でも生命が終わると分かっていた。北韓の連中が、政府高官を助命するとは到底思えないからだ。
であるから韓国外交部長官・金源正は、ソウルに踏みとどまろうとする韓国軍将官に協力することと、周辺諸国の援助を求めることを決断したのであった。
一方、朝鮮民主主義人民共和国の事実上の指導者、李恵姫は怯むことなく『朝鮮中央放送』『朝鮮の声放送』、そしてWebを通して反撃を仕掛けた。
「最前線に身を投じる韓国軍将兵の諸君。
貴方がたの勇気は認めよう。故に私は貴方がたに憐憫の情を覚えざるをえない。
なぜならその勇気が報われることはないからだ。
白武栄氏は1日とたたずソウルを脱出した。
閣僚や高級官僚も次々とソウルを棄てている。
……その理由はただひとつ、ソウル防衛が絶望的であるからだ」
「我が軍はいま1個戦車軍団・1個機械化軍団をはじめ、潤沢な予備戦力を有している。
それに対して貴方がたに残された予備戦力はあまりにも少ない。
だからこそ金源正氏は、日本という仇敵さえも受け容れることに決めたのだ。
だが、彼らの目的は貴方がたの救援ではなく――自国民を救出することだ。本当に信頼できるのか、よく考えた方がいい」
「大韓民国を名乗る南傀儡政権と、諸外国政府の関係者に告ぐ。
半島分断は“国内問題”であり、我々は諸外国の不当な内政干渉に対しては断固抗議する。そして南傀儡政権の軍事組織と、外国軍による攻撃に対しては、あらゆる手段を以て苛烈に報復する。南傀儡政権に対する軍事援助は最悪の場合、自国都市の大量破壊を招く可能性があると知れ」
「あと1月後には、わたしたちはひとつになっているだろう。
南北の統一は歴史的な必然――誰にも止められはしない」
しかし、金源正の演説も、李恵姫の言葉も、最前線の将兵には届いていない。
鈍色の雲が満ち、銀色の雨が降り始める戦場。
155mm榴弾砲の砲声が連続し、天地を震わせる。高陽市内に複数あるゴルフ場は全て砲兵陣地となっており、韓国陸軍第9師団砲兵旅団のK55A1自走砲(韓国仕様のM109A2自走榴弾砲)が、ソウル突入を敢行せんとする朝鮮人民軍目掛けて連続射撃を実施していた。
そして降り注ぐ雨粒に叩かれながら、120mm滑腔砲を備えるK1A2戦車が前進する。路上に倒れたままの自転車を踏み潰し、瓦礫を乗り越えながら突き進む。それに付き従っていくのは、車体側面に赤いハートマークのような部隊章をあしらったK200装甲兵員輸送車だ。
韓国陸軍第1軍団・第30装甲旅団。
彼らはいまソウル市北西の防衛線を押し上げるため、反撃の陣頭に立っていた。
さらに坡州市から後退してきた第1軍団の第2装甲旅団が、この逆襲に加わっている。
両装甲旅団のK1A2戦車は長大な戦車砲を振り回すと、市街地に浸透していた敵の軽歩兵部隊を建物ごと粉砕して叩き出し、猛然と追撃を加えた。
その頭上には、鋼鉄の羽虫が控えている。
(これは博打だ)
装甲部隊の航空支援に就く韓国陸軍第1軍団・第109航空大隊AH-1攻撃ヘリの操縦士は、頭脳の片隅でそう思った。
第1軍団が掌握している機動打撃部隊すべてを投じての攻撃。
もしもこの攻撃が失敗して大損害を被れば、中国製主力戦車を確実に撃破可能な120mm戦車砲を備えるK1A1/A2戦車は、最前線から姿を消すことになる。
結果、この方面の防衛線は敵戦車の攻撃に対して、酷く脆弱になってしまうだろう。
……その危険性を知ってもなお防衛線を押し上げなければならない、ということだ。
敵の漢江渡河を許せば、金浦国際空港や仁川港といった重要施設が朝鮮人民軍の手中に陥ち、ソウル市に拠る防衛部隊は半包囲されてしまう。
そのため韓国陸軍第1軍団は「希望の火を熾す」「陸軍最強・天下第1軍団が負ければ後はない」を合言葉に、攻勢に打って出たというわけだ。
(勝ったと思ったら大間違いだぜ――!)
朝鮮人民軍の近距離地対空ミサイルや迫撃砲が進出していた徳耳近隣公園や雲井小中学校に対するK55A1自走砲の砲撃が止むとともに、第30装甲旅団のK1A2戦車が、駅前の十字路やロータリーへの攻撃を開始した。
敵車輛を狙ってK1A2戦車が放った一発目の砲弾は、大きく上方に逸れてセブンイレブンの庇に命中した。砲弾とガラスの破片が弾け、近傍の北朝鮮兵がぎょっとした表情を見せる。その2秒後には別のK1A2が放った砲弾が停車していたVT-4戦車の車体側面を穿った。
「話が違う、早くないか!?」
顕忠公園やタクシー乗り場にて待ち伏せの態勢をとっていた朝鮮人民軍側の対戦車班は、接近してくるK1A2戦車を見るや、すぐに三脚で立てた中国製対戦車ロケットにかじりついた。この全長約120cmの98式120mm対戦車ロケットランチャーは見た目が重厚で、対戦車兵からは全幅の信頼を置かれていた。
「目標、敵先頭車ァ――!」
「背後よし、HEAT装填よし」
「撃て!」
バックブラストが虚空の雨粒を吹き飛ばし、500mm以上の装甲板をぶち破るロケット弾が撃ち出される。
が、無誘導の120mm対戦車ロケットは、走行間射撃中のK1A2を捉えることは出来ず、その背後にあるマンションの壁面を直撃して突き崩すのみに終わった。
それどころか派手なバックブラストは、容易にその所在を暴露させてしまう。
「次弾装填ッ」
K1A2の砲口と目があってもなお逃げなかった北朝鮮兵らは、次の瞬間にはその圧倒的な火力に吹き飛ばされていた。
「突撃しろッ、突撃!」
K200装甲兵員輸送車が銃塔を巡らしながら前進し、周囲を制圧。
そしてK1A2は敵の火点という火点に、遠慮なく砲弾を叩きこんでいく。
120mm滑腔砲が火を吐く度にその巨体は震え、衝撃波が路上を駆け抜けた。
その頭上を、AH-1攻撃ヘリ4機から成る攻撃部隊が翔けていく。
彼らは高陽市西部の市街地や坡州市南西部の新興住宅街を盾にしながら北進し、恭陵川以北――朝鮮人民軍によって占領された坡州市庁周辺を目指す。機体側面に装備されているのは、70mmロケット弾38発を収めた円筒状の発射機である。
(生きた心地がしねえ)
前席の射撃手は視線を滑らせ、見張りに余念がない。
朝鮮人民軍は9K310イグラ携行型地対空ミサイルを装備しているし、装甲車輛には対空重機関銃を積んでいることが多い。
韓国陸軍のAH-1は赤外線抑制型排気口を採用したり、23mm機関砲弾を想定した防護力の強化がなされていたりするが、地対空ミサイルの直撃には耐えられない。実際のところ23mm機関砲弾のワンクラス下である14.5mm機関銃弾であっても、キャノピーが耐えられるわけではないし、十分すぎる脅威である。
雨天の下、度重なる両軍の砲撃で荒廃した市街地の上を、AH-1は進んでいく。
AH-1を操る彼らは出撃前に上官からかけられた「敵の防空レーダーは、米韓の対レーダーミサイルに捕捉されることを防ぐために、ほとんど稼動していない」という言葉を信じるしかなかった。
……果たしてその通りであったのか、AH-1攻撃ヘリは特に攻撃を受けることもなく、占領された坡州市庁から1.5kmの金陵駅上空にまで接近することが出来た。
「キング、こちらスピア! 攻撃成功!」
AH-1は駅前に建ち並ぶ集合住宅の影から急上昇すると、一気に眼下――数百メートル離れた第2近隣公園や小中学校に向けて70mmロケット弾を斉射した。吐き出されたロケット弾は、敵の補給物資や集結していた車輛に命中。全てを灰にした。
ここでようやく地上からの反撃が始まり、操縦士たちは機体を小銃弾や機関銃弾が叩く嫌な音を聞きながら機首を巡らせる。
ところが次の瞬間には、敵の銃撃も止んだ。
韓国陸軍地上作戦司令部・火力旅団が有する天武多連装ロケット砲が、坡州市内の敵物資集積所や転用された重要施設を次々に焼き払い始めたからである。
(※1)
さて、韓国軍が懸命に前線を押し上げにかかる中、ついに陸海空自衛隊も動き出した。
星空の下に、見送る者はいない。
夜陰に紛れて排水量1万トンの威容――まや型護衛艦『はぐろ』が、静かに佐世保沖へと滑り出た。
僚艦であるむらさめ型護衛艦『きりさめ』と、あきづき型護衛艦『すずつき』はすでに先行しており、これに『はぐろ』、そしてこんごう型護衛艦『ちょうかい』もまた続くことになっていた。
イージスシステムを備えたミサイル護衛艦を2隻擁する強力なこの海上自衛隊第8護衛隊であるが、これも今回の作戦に海上自衛隊が投じる部隊全体から見れば、氷山の一角に過ぎない。
第8護衛隊に、第4護衛隊――F-35Bを搭載したいずも型護衛艦『かが』と、たかなみ型護衛艦『さざなみ』が後を追うことになっている。
彼ら第4護衛隊群(第4護衛隊・第8護衛隊)は、黄海上の航空優勢・海上優勢を確保するための尖兵だ。朝鮮人民軍海軍・空軍の攻撃を『はぐろ』『ちょうかい』が防ぎ、『かが』のF-35Bや韓国空軍・米軍機が反撃し、敵の妨害を粉砕しようというのである。
それからヘリコプター搭載護衛艦『いせ』を筆頭とする第2護衛隊や、『さわぎり』『うみぎり』に護衛された高速フェリーが仁川港へ突入し、邦人を救出しようというのが今回の作戦――作戦“染井吉野”であった。
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(※1)出典:大韓民国国軍公式flicker
次回更新は8月17日(火)を予定しております。