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■11.なぜわれわれは、ひとつになれない?(前)

「何だ、あれは?」


 米海軍第7艦隊所属ミサイル巡洋艦『シャイロー』艦長のオスカー大佐は、艦橋から左舷方向を見やり、首を傾げた。

 角ばった巨大な艦上構造物が印象的なタイコンデロガ級ミサイル駆逐艦『シャイロー』は、いま自由の突風作戦の仕上げとして、日本国対馬島の北方にあたる朝鮮海峡(対馬西水道)を通過し、日本海に進出しようとしていた。

『シャイロー』の任務は日本海に遊弋し、多数の巡航ミサイルと艦対空ミサイルを以て、周辺空域の航空優勢を恒常的なものにすることである。日本海の航空優勢・海上優勢が確保されれば(実行に移すかは未だ決まっていないが)、航空母艦『ロナルド・レーガン』を安全に日本海入りさせることが可能になる。


 さて、北東へ艦首を向ける『シャイロー』。

 それを監視するようになぜか、2隻の水上艦艇が付きまとっていた。


「忠武公李舜臣級駆逐艦ですね」

「ああ、それはわかってる」


 滑らかな艦体を双眼鏡で眺めているオスカー大佐は、部下の言葉に対して半ば上の空で返事をした。

 彼の視界に映っているのは、忠武公李舜臣級駆逐艦『文武大王』と『王建』。双方とも韓国海軍の機動戦力にあたる第7機戦師団・第72機動艦隊に所属する水上艦艇である。その2隻がいま揃って、なぜか『シャイロー』の左側方にぴたりと付けている。


「護衛、のつもりでしょうか」

「だとすれば余計、いや……気を遣わせてしまって申し訳ないが」


 オスカー大佐は困惑気味に呟いた。

『シャイロー』は経空脅威からほぼ完全に守られている。自由の突風作戦が電子戦やB-1B戦略爆撃機によるアウトレンジ攻撃から始まったのは、敵航空攻撃に脆弱な水上艦艇が安全に日本海に進出出来るようにであったし、朝鮮海峡上空は現在も米海兵隊のF-35Bに守られている。『シャイロー』自身もSM-2を備えているため、生半可な航空攻撃は通らない。

 一方、水面下の脅威――朝鮮人民軍海軍の潜水艦はどうか。

 情報筋によると、朝鮮人民軍海軍は中国人民解放軍海軍を退役した035B型潜水艦を欲していたようだが、結局のところ潜水艦乗員を3、4年で増強する自信がなかったらしく、新規に中国製潜水艦を導入することはなかった。質的には劣弱なままである。加えて『シャイロー』の周辺海域は、P-8哨戒機によって常時監視されている。

 つまり『シャイロー』にとっての脅威は、この海域に存在しない。


(……?)


 オスカー大佐は『文武大王』・『王建』、そしてこの2隻を『シャイロー』に併走させる韓国海軍将官の意図を図りかねていた。韓国海軍第7機戦師団は、イージスシステムを備えるミサイル駆逐艦も擁している有力な機動部隊だ。こんなところで油を売っている場合ではあるまい。

 実際のところ、この2隻が『シャイロー』に付きまとっている理由は、韓国海軍作戦司令部にはない。より雲上の存在、つまり韓国大統領の白武栄が、韓国海軍駆逐艦による米第7艦隊の監視を強く望んだからであった。

 韓国大統領以下、韓国政府首脳陣の多くがソウルを脱出して釜山市庁に移動した、という噂は真実であり、白武栄は何ら恥じることなく堂々とメディアの前に姿を現した。


「事前協議なきアメリカ軍の軍事行動に、強く遺憾の意を表すものである。現在、韓国海軍第7機戦師団は、朝鮮海峡を通航するアメリカ海軍第7艦隊水上艦艇の監視任務にあたっている」


(金大学くんが言っていたとおり、開戦劈頭に2000ポンド爆弾で爆殺すべきだったな)


 地下壕の蛍光灯の下、朴陸軍参謀総長は昼食中に白大統領の声明を部下から聞いた。白大統領がWeb上にアップロードした動画に、韓国陸軍の幹部らは憤懣ふんまんを隠せない。


「此度の戦闘は韓国陸軍一部将官が企図した、朝鮮民主主義人民共和国への挑発に起因する。実質的には軍事クーデターだ。私の南北首脳会談をふいにしたばかりか、李恵姫氏の怒りを買い、今回の事態を引き起こした。私は危険を感じ、韓国海軍の信頼のおける部隊とともにいま釜山市庁にいる」


 馬鹿げている。

 彼の主張は自己弁護どころか、この戦争勃発の全責任を韓国陸軍に擦りつけようとするものであった。

 が、彼は特に反応することなく、表情筋を1ミリも動かさずにレーションを加熱調理し、完成した脂ぎったチャーハンに、別のパックを開いて赤いキムチをかけた。カロリー重視のためか全体的に脂っこく、デザートも見た目がぼそぼそしたパウンドケーキで、あまり朴の好みではない。

 しかしながらいまはレーションの味や食感など、白大統領の低次元な主張同様にどうでもよかった。


(負ける)


 すでに朝鮮人民軍第2軍団は揚州市(ソウル市庁から約30km北方)、同軍第4軍団は高陽市北西部――ソウル市庁までわずか20kmの地点まで迫っており、血を血で洗う激烈な地上戦が続いている。山地の合間を縫って南進しようとする朝鮮人民軍第2軍団よりも、この後者、第4軍団が脅威であった。

 朝鮮人民軍第4軍団に対しては、韓国陸軍第1軍団の第9師団・第30装甲旅団が徹底抗戦に臨んでいる。そのおかげで西海岸を突き進んできた朝鮮人民軍第4軍団の進撃速度は鈍り始めているものの、彼らがソウル西方の漢江下流にまで達するのは時間の問題だといえた。

 それはつまり、どういうことか。


(第4軍団はソウルの側方を脅かしながらも漢江を渡河し、南下するかもしれない。そうなればソウルを守備する地上部隊は半包囲される。最悪の場合、退路が断たれる)


 首都圏の守りは固い。

 ソウルでは韓国陸軍首都軍団所属第17師団が手ぐすね引いて朝鮮人民軍を待ち構えているし、ソウル市内の軍事防衛・治安維持・防空を任務とする首都防衛司令部は、第52師団・第56師団の動員を済ませ、抗戦の準備を終えていた。さらに南方に目をやれば、韓国陸軍最強の第7機動軍団の首都機械化歩兵師団が控えている。

 これらの前線部隊を指揮する韓国陸軍地上作戦司令部は、敵が仁川市周辺の西海岸に隠密上陸・強襲上陸を仕掛けてくるのではないか、と心配しているようだが、それに対する備えは韓国陸軍第2迅速対応師団と海兵隊の第2海兵師団で済むと、朴陸軍参謀総長は踏んでいた。


 だが韓国軍がこうした予備部隊を握っているのと同様に、朝鮮人民軍も有力な部隊をまだ最前線に投入してはいない。


(第820戦車軍団と第815機械化軍団が第2梯団として出現すれば、防衛線は瓦解するかもしれない)


 イニシアチブは完全に敵側にある。前進配備されていた韓国陸軍第7機動軍団の第8機動師団と第11機動師団が、緒戦で壊滅的打撃を被ったのが痛すぎた。

 その後、朴陸軍参謀総長は幾つかの会議に出席し、またソウル市外の軍高官とも連絡を取り合った。


「任閣下――なぜ大統領閣下のソウル脱出と、韓国海軍第7機戦師団の朝鮮海峡展開を認めたのですか」


 朴陸軍参謀総長が自身のデスクにある飾りげのない受話器で会話する相手は、白大統領とともに釜山市庁へ移った任義求合同参謀本部議長である。


「首脳陣が全滅すればこの国が立ち行かなくなるのはわかります。しかし、緒戦から後方へ退けば、それは“韓国政府はソウルを放棄する”、そう国民と諸外国に誤ったメッセージを伝えることになります。それに白大統領閣下の避退は、計画的とは言い難い。官僚や閣僚ら政府機能は中途半端にソウルに残っている。国務委員の趙漢九先生や、金源正先生もいらっしゃるのですよ。政府機能の移転は整然と行われるべきではありませんか」


 朴陸軍参謀総長の声色は冷静であったが、流石に苛立ちは隠しきれていなかった。

 一方の任合同参謀本部議長は、「いや……」と、しどろもどろであった。そもそも周囲に迎合して政治的にうまく立ち回っていたところ、白大統領に気に入られ、たまたま玉突きで昇任した彼に明確な意思はない。

 朴陸軍参謀総長は内心で溜息をつくと、早口で言った。


「任閣下、小官にはさしたる能はございません。勇もなければ、決断力もない。ですから、ソウル大都市圏に住む1000万の国民と、韓国を訪問してくれた外国人たちを見棄てるという決断はできません。最後まであらゆる手段を用いて抵抗を続けるつもりです。それを認めていただきたい」


「ああ、それは勿論だ」


「ありがとうございます」


 口早に礼を言うとともに、朴陸軍参謀総長は受話器を持ったまま、電話機のスイッチを人差し指で押さえて通話を切った。

 続けて彼は金源正外交部長官や韓志龍空軍参謀総長以下、韓国空軍の信頼のおける幹部らに連絡を取り始めた。




◇◆◇




次回更新は8月10日(火)となります。

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