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■10.自由の突風作戦!

 弾道ミサイル発射の明朝――まず異変に接したのは、朝鮮人民軍空軍の人間であった。

 東海(日本海)上空を監視下におく東海岸のレーダーサイトや、漁郎基地や徳山基地をはじめとした朝鮮民主主義人民共和国北東部に点在する空軍施設が、突如として麻痺状態に追いやられたのである。


「ジャミングだ――畜生!」


 東海岸最北部・咸鏡北道の山地に設けられたレーダーサイトでは、遥か遠方に国籍不明機を捉えた途端、強力な電子妨害に晒された。

 交代して当直に就いたばかりのレーダー士は、画面に視線を落としながら、額に浮かんだ汗を袖で拭った。十中八九、アメリカ軍の電子攻撃であろう。それを理解するとともに、20代のこの若いレーダー士はこの場から逃げ出したくなった。問題は連中が電子戦だけで満足するはずがなく、これで終わりであるはずがないということであった。仮定の話だが、10秒後に航空爆弾が投下され、崩落する天井にし潰されてもおかしくない。


「無線通信は不安定です、ほぼ死んでいる」

「なんとかして迎撃機を上げさせろ!」


 東海岸に面する朝鮮人民軍空軍のあらゆる施設で、似たような会話が繰り返された。

 敵機の低空侵入に備え、空中哨戒に就いていた朝鮮人民軍空軍の中国製早期警戒管制機KJ-500は使用レーダー波の切り替えと、最新の電子センサーによって、日本海上空に出現した米空軍の電子戦機――EC-130Hコンパスコールの存在を捉えていたが、混乱に陥った地上基地との連携がうまくとれなかった。

 各地の空軍部隊は寸断され、孤立した。が、強力なジャミングに直面している以上、状況だけはわかった――アメリカ軍の報復攻撃が始まろうとしている。


「飛虎121、離陸する」


 昇る朝日に立ち向かうように、咸鏡北道・漁郎基地から第8航空師団所属のJF-17戦闘機が舞い上がった。

 ついに米帝とやり合うのか。JF-17を駆るさい空軍中尉は爆発的な推力を全身で感じながら、水色に透き通る大空へ目をった。他の機影はない。訓練通りである。僚機である飛虎122が飛び立つまで、基地上空に留まって援護に就く。その後は僚機や他の戦闘機部隊と協同し、強力な妨害電波の発信源を攻撃するのが彼の任務であった。


(電子戦の次に来るべきは当然、航空攻撃――)


 先日、アメリカ空軍機が東海に進出した時にも崔は緊急発進したのだが、その際は空振りに終わってしまった。落胆とともに貴重な燃料を無駄にした。が、今回はそうならないだろうと思っていた。彼の心中に、世界最強の空軍と対峙することに恐れはない。彼の翼には敵機とやり合えるだけの剣――アクティブレーダーで誘導される中距離空対空ミサイルSD-10がある。崔空軍中尉は過去にMiG-21を何度か飛ばした経験があるが、JF-17に比較すればブリキの玩具おもちゃみたいなものであった。


「飛虎122、離陸する」


 崔の眼下では僚機である飛虎122――同じJF-17戦闘機が滑走路を飛び立とうとしていた。地上はすべて順調か。彼は安堵して空対空モードのKLJ-7レーダーの画面に目をやった。そこには無数の光点が浮かんでいる。


「鯨、飛虎121。敵機発見――いや!」


 それは海面直上を往く、複数発の巡航ミサイルであった。


◇◆◇


 遥か遠方――約900km南方の空域では黒色の翼を有する機体が、悠々と帰路に就くところであった。

 その名はB-1Bランサー戦略爆撃機。グアム島・アンダーセン空軍基地から出撃したこの現代の槍騎兵が誇る凶器の射程は、約1000kmを誇る。今回の第一撃に参加したB-1Bは僅か4機に過ぎないが、彼らが発射した巡航ミサイルは80発にも達し、朝鮮人民軍空軍を痛打した。

 米空軍関係者による事前の想定では80発の内、40発前後は迎撃されるかもしれないと見積もられていたが、実際に朝鮮人民軍によって迎撃された巡航ミサイルは10発程度に留まった。

 その理由はEC-130Hコンパスコールの電子攻撃が想像以上に効いたこと、そして朝鮮人民軍空軍が対レーダーミサイルによる攻撃を警戒し、電子妨害に比較的強いとされる虎の子の中国製地対空ミサイルシステムの捜索レーダーを立ち上げなかったことにある。


 かくして数十発の巡航ミサイルが北朝鮮領内で炸裂するに続いて、滑走路を意地で修復させた三沢基地から第35戦闘航空団が、東海岸の工業地域と朝鮮人民軍海軍基地に殴りこみをかけた。

 第35戦闘航空団・第14戦闘飛行隊“サムライ”は、滑空誘導爆弾等で爆装した攻撃機を上げるとともに、敵地対空ミサイルによる反撃も想定して、同時に対レーダーミサイルを装備した機を敵防空網制圧機として送り出した。


 これに対して朝鮮人民軍側は日本国内の情報網から第35戦闘航空団の出撃を察知し、空軍に迎撃態勢を取らせた。

 が、東海岸の工業地域や海軍基地を守る地対空ミサイルは、半世紀前の中東戦争やベトナム戦争で活躍した旧式のS-125である。彼らの捜索レーダーは現代の電子攻撃に対してあまりにも脆弱で、何の役にも立たない。

 またB-1B戦略爆撃機によるミサイル攻撃を受けなかった西部の航空基地からは、迎撃のために戦闘機部隊が離陸した。10年前までは朝鮮人民軍空軍において最精鋭として知られていた第1航空師団所属のMiG-29戦闘機4機であり、翼下にはセミアクティブレーダー誘導方式の中距離空対空ミサイルを4発吊り下げている。

 中国製ジェット戦闘機の導入が進んだ今日こんにちでも、MiG-29を装備する第1航空師団のエリート意識は高い。今回出撃したMiG-29戦闘機4機から成る編隊の最先任、道博士大尉は「アメリカ軍機は鈍重、速やかに叩き落してみせよう」と広言したほどであった。

 その彼らは、東海(日本海)上空に進出した瞬間に爆散した。


(他愛もない――)


 日本海の空は、先端技術で身を固めた猛禽に支配されている。

 金色こんじきに輝くキャノピー。胴体の兵器庫には驚異的な命中率を誇る中距離空対空ミサイルAIM-120を収め、鈍色の翼を広げて戦場を睥睨へいげいする“世界最強”。

 第35戦闘航空団・第14戦闘飛行隊“サムライ”を護るのは、アラスカ州エルメンドルフ空軍基地から駆けつけた怪物――第3航空団・第525戦闘飛行隊のF-22Aである。

 遥か彼方までを見通す電子の瞳を有するF-22Aは、接近する敵機が放つレーダー波を逆探知して容易にこれを撃墜してみせた。


「アベンジャー、こちらマザーシップ。敵後続機はなし。引き続き現空域にて哨戒を継続せよ。ブリーフィングを思い出せ、油断はするな」


 戦いにすらならない、とF-22Aの操縦士アベンジャーらは安堵と嘲りの入り混じった表情を僅かに作っていたが、早期警戒管制機から釘を刺されて気持ちを引き締め直した。

 西方から先程接近してきた敵機はレーダー波の特徴からMiG-29、つまり平壌周辺の防空にあたる第1航空師団機だということはわかっている。80年代・90年代に導入された朝鮮人民軍空軍のMiG-29は、この数年においても特に改修がなされていないため、さしたる脅威ではない。

 むしろ警戒すべきは、北朝鮮北東部に駐屯する朝鮮人民軍空軍第8航空師団の中国製ジェット戦闘機が、北方から殴りかかってくることだった。中国製JF-17とF-22Aの間には圧倒的なまでの性能差があるが、第8航空師団が数頼みでF-16Cに突撃すれば阻止しきれるかはわからない。

 F-22Aの御者たちは、攻撃目標目掛けて突進する戦隼せんじゅんをディスプレイ上で一瞥すると、再び大空へ目を走らせた。


挿絵(By みてみん)

韓国空軍所属F-16C(※1)


「よし来たッ――」


 米軍の一大航空作戦の発動に、空中戦闘司令部の金大学空軍少将は膝を叩いた。

 韓国軍内に北韓の内通者が存在することを恐れてか、米軍関係者から作戦の概要は教えられていなかったが、おそらくいま朝鮮人民軍空軍は米空軍による執拗な電子攻撃と、断続的な航空攻撃に晒されており、混乱状態に陥っていることであろう。

 金大学空軍少将は、これに便乗することに決めた。

 すでに大邱国際空港は周囲に潜むゲリラコマンドの排除に成功し、第11戦闘航空団のF-15K戦闘攻撃機の出動態勢を整えていた。在韓米軍と同居する烏山空軍基地や、F-35Aから成る第17戦闘航空団が駐屯する清州空軍基地は、断続的な航空攻撃・ミサイル攻撃・後方破壊に悩まされているものの、一方でKF-16を主力とする中原空軍基地の第19戦闘航空団や、瑞山空軍基地の第20戦闘航空団は、航空作戦を再開可能な状態を取り戻していた。


「70年前にはなかった韓国の空軍力ってもんを教えてやるよ……」


 その空軍力が振るわれる先は、ソウルに迫る敵地上部隊に対してである。

 可能であればアメリカ空軍のように北韓の空軍基地を直接叩きたいところだが、中国の支援以前から北韓の対空火器密度は世界最高レベルだと称されてきた。そこに中国製の地対空ミサイルシステムが多数供与されたため、韓国空軍の実力でそこを抜くにはかなりの損害を覚悟しなければならない。

 東海(日本海)上空に朝鮮人民軍空軍の意識が向いた瞬間を衝き、韓国空軍第11戦闘航空団はクラスター爆弾を携えたF-15Kを出撃させた。

 韓国空軍の航空作戦が厳しいところは、韓国領上空さえも朝鮮人民軍空軍の地対空ミサイルの射程内にあることだ。

 大型制空戦闘機として設計されたF-15を原型とするF-15Kは低空飛行をあまり得意としないが、操縦士らは慎重に高度数十メートルを進み、ソウル市周辺に歩を進めた朝鮮人民軍地上部隊の目前で急上昇すると、各機数トンの航空爆弾を放り投げた。


 しかしこうしたアメリカ軍・韓国軍の大規模航空作戦にもかかわらず、肝心の地上戦の旗色は良くなる気配がなかった。

 それどころか前線将兵の間では、とある噂が流れていた。


――どうやら大統領は開戦直後にソウルを脱出し、大統領以下首脳陣はみな釜山に移ったらしいぞ。






◇◆◇


(※1)出典:大韓民国国軍公式flicker


次回更新は8月7日(土)になります。

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