びーだま→まじょ 題:ワルプルギスの夜
「っあー、やっぱ仕事終わりの酒は美味いわー」
私は赤ワインで濡れた唇を指でぬぐいながら、手に持ったワイングラスを眺めた。
オフィスレディ(OL)としての仕事は私の本業と同じくらい地味だけれど、ストレスは溜まるものだ。
明日に休日を控えた金曜日の夜は、いつも居酒屋やバーに繰り出して酒でストレス発散するのが日課だった。
しかし、ウイルスとやらの流行によりなじみの店は休業し、友達と飲みに行くことができない。そんな私の今の日課は、猫を撫でながらの晩酌だった。
キューブ型のチーズをつまみつつ、膝上の猫を撫でながら酒を飲む。
うん。至福の時間だ。
もう一つとチーズに手を伸ばせば、その隙に猫が膝から飛び降りた。
どうやら、今は撫でられる気分ではなかったらしい。艶めく黒い尻尾を振りつつどこかへ行ってしまった。
「あるじの晩酌くらい付き合ってくれたっていいじゃないのよ」
ワイングラスを傾かせつつ呟いた。
手持無沙汰になった私は何となくテレビを点けてみた。
画面には、固いスーツに身を包んだアナウンサーたちが固い表情でウイルスに関するニュースを読み上げている。
どこもかしこも、ウイルス。ウイルス。ウイルス。
ゲシュタルト崩壊してしまいそうだ。
結局私はすぐにテレビを消し、後ろのソファに体重を預けた。柔らかなソファが少し沈んだ。
まだ1年だけという期間しか経っていないのに、やたら長く感じる。やっぱり私も年を取ったんだなあと嫌な実感が湧く。
息を吐きつつ瞼を閉じれば、かさりと膝の上に何かが触った。
見れば、膝上には郵便物。そして、隣にはどうだと言わんばかりに姿勢よく座る黒猫のステラがいる。
「ありがと」
ステラの頭をポンポン撫でつつ、郵便物を確認する。
ジュエリーショップや脱毛器のDM、今月の光熱費の支払いのお知らせなど至って普通の郵便物ばかりだ。
しかし、最後の一つを見た途端、私は思わずにやついてしまった。
それは私の推しアイドルのチケット当選を知らせる封筒ではなく、現代社会に似合わない赤いシーリングスタンプを押された手紙であった。
この時期に届くこの手紙。内容に見当はついている。私は期待しながら封を開け、金インクで書かれた文章へと目を通す。
「……は?」
手紙を読み終えた瞬間、思っていた内容と違う手紙に驚きワイングラスを落としてしまった。
ステラが慌てたように風呂場へと走り出した。
きっとタオルを取りに行くのだろう。本当に優秀な子だ。ウン百年前にステラと契約した私によくやったと言いたい。
手紙の内容はというと、
『ワルプルギスの夜のサバト中止のお知らせ
現在世界的に大規模な感染症の流行が発生しており、様々な行事の中止や外出自粛が続いております。
我々魔女をはじめとした魔力を持つ種族は感染症にかかることはありません。しかし、現代社会に溶け込んで生活しているものが大半です。そのため、人間が宴等を自粛している現時点では目撃された場合などを考慮し大勢で集まることが困難だと判断しました。
よって今回は、各自でワルプルギスの夜をお過ごし下さい。
半年後のサバトでは皆さまと会うことができるのを楽しみにしております。
サバト実行委員会』
というものだった。
「まじかー」
私はもう一度手紙を読み直し、額に手を置きつつ天井を仰いだ。
約1年、好きなアイドルのライブや握手会の中止や延期が続いていてウイルスに影響されない魔女や人外だけの集会であるサバトなら皆で長年の友人たちとわいわい騒げると思ったのに。すでに新品の魔女服も用意してたのに。
「まあ、そういう判断になりますよね」
ステラがワインを拭きつつ、淡々とそう言ってくる。
猫の姿のままだと不便だと思ったのか、人型に変身してため息をつきつつ拭いている。
「いや、でもさあ」
「あの、あなたがうだうだしてる間にもワインがシミになってるんですよ?だから、さっさと着替えてきてください。誰が染み抜きすると思ってるんですか」
ステラに言葉を遮られたあげく、腕を引っ張られ風呂場へ向かえと指示される。
サバトの中止は大分ショックだったが、たった半年など私からすればごく短い時間だ。ま瞬く間に過ぎ去ってしまう。
まあ仕方がない。
「はいはい」
ステラに適当に返事をしてチーズを一つ口に放り込んだ。
そして、始まったばかりの休日の長い夜を過ごすため、風呂場へと酔った足で向かった。
あんまり必要のない情報
魔女の使い魔の黒猫ステラは、自分とウン百歳と年の離れた若いアイドルに熱狂する魔女に呆れ、某有名宅配会社への転職を考えている。あと、雄猫。