9 盛大なる結婚式と暗澹たる私
「しくじった……」
「仕方ないわ、よく練習したのだから。少しだけ痛いのを我慢して、その後は座ってるだけよ」
お母様に、ウエディングドレス姿の私は慰められる。
ドレスは素敵だ。マダムの腕は確かで、白いレースで覆われた首から鎖骨と長い袖。袖口は広がっていて、繊細なフリルが飾られている。胸元からは硬く光沢のある練絹で、ウエストから優しく床に広がるスカート部分は紗々を何十にも重ねてある。
胸元からウエストまで、金糸で薔薇の縫い取りが施され、紗々にもどうやったのか白い糸で細かく小花柄が刺繍されている。
装飾品は、金を基調にサファイアを使った豪奢な物で、私の短い髪にも金で出来た花飾りが挿され、ふわりとしたヴェールを抑えている。
そして、白に薄水色の小花柄の入ったヒールのない靴。
私は式の3日前に、見事にハイヒールで足を挫いてしまった。
こればかりは仕方ない、とマダムにも母にも慰められたが、練習していたのにと思うと情けない。
(あの日、コンラッド様の本気を知って……私も頑張ったのだけど)
張り切りすぎもよくないようだ。
足を挫いたことはコンラッド様には内緒にしているし、痛み止めの軟膏も塗って、飲み薬も飲んだ。おかげでバージンロードを歩くことはできそうだ。
ヴェールの下に透けて見える私はプロに化粧を施され、これ以上無いほどに女の顔をしている。
中性的だと思っていたが、化粧でここまで劇的に変わるとは……。
母上がしてくれていたのは、素材を生かす化粧だが、これはまさに、化けた、と言うしかない。今の私の姿を見たら、誰も社交界の私と結びつかないのでは無いだろうか。
父上が迎えにきたので、母上はマダムと一緒に先に会場の大聖堂へと向かった。宰相閣下ともなれば、王城の大聖堂が式場になる。
女としての私は、これが社交界デビューだな、なんて思いながら、足を挫いていることを知っている父上が椅子のそばまで迎えにきてくれた。
「綺麗だな、キャロル」
「お上手ですね、父上」
「本心だ。……ずっと苦労をかけたな。幸せには、なれそうか?」
父上の問いにぐっと詰まってしまった。
愛されているのは間違いない。私のそのままを受け入れてくれているのも。ただ、その理由が分からない。
「なってみせます。……父上、私は貴方を尊敬しています。きっと立派な公爵夫人になります」
「ふ……キャロル、まるで騎士にでもなるような口振りだな。——守られる幸せを知りなさい。私が、与えてやれなかった物だ」
「? はい、……いきましょう」
立ち上がると少し痛むが、歩けない程ではない。
控室から大聖堂まではそこまで遠くなく、父上のエスコートと練習と裾の長いドレスのおかげで恥ずかしくなく歩くことができた。
しかし、大聖堂のバージンロードが長い。途中から痛み出してしまい、私は顔を歪めないように、変な歩き方にならないように気をつけた。
神父様の前には、白地に金糸の式典服を着たコンラッド様がいて、あぁ今日もなんと美しいのだろう、と思いながら、その隣に立つのが私とは、と暗い気持ちになっていた。
私は痛みを堪え、そのお陰で周辺でざわつく声に気を取られずに済んだ。
美しい、旦那様になる方がすぐそこにいる。父上の手から離れ、その方の隣に立つ。
顔から痛みで血の気が引いていくのがわかった。それでも、今は倒れるわけにはいかない。互いに誓いの言葉を述べ、書類にサインを交わし、指輪の交換をした。
その時、コンラッド様は何を思ったのか、神父の祝福あれ、という最後の言葉を聞いてすぐに、私をまた抱き上げた。
一体何度目だろう。顔を合わせるたびに、こうして彼の腕に甘えてしまっている。
「怪我をしたなら、言いなさい」
「申し訳ありません、……コンラッド様」
「よくがんばりました。あとは、私に任せて」
祝福の白い花びらが舞う中、私を抱き上げてくれたコンラッド様にしがみつきながら、私たちは披露宴へ向かう白い馬車に乗り込んだ。